72 / 236
幸せの部屋
12
しおりを挟む
山賀さんはバッグからスマートフォンを取り出すと、写真アプリを操作する。そして、思い切ったように画面を見せた。
「えっ、これって」
「土屋さんのあとをつけて、撮りました」
一組の男女がホテルに入っていく写真だ。遠くからの撮影だが、拡大すれば土屋さんと店長であるのが、はっきり確認できる。
「店長と同じシフトの夜に、彼女、デートしてました。私、土屋さんが本当に不倫してるのかどうか、確かめたかったんです」
「わかった。山賀さん、土屋さんとはもう……」
「ええ、バイトを辞めたら、縁を切ります」
山賀さんのまっすぐな意思に感動するとともに、理不尽な思いに駆られる。なぜこの子が辞めなければならないのか。
だけど、引き留めたとしても決意を変えないだろう。山賀さんは、私と似たところがある。
「私、そろそろ失礼します。長々とおじゃましてしまって、すみませんでした」
「そんな、わざわざ来てくれてありがとう。こちらこそ助かりました」
山賀さんを見送ろうとして椅子を立つと、スマートフォンが鳴った。智哉さんからの電話だ。
「あ、ごめん。ちょっと待ってて」
「彼氏さんですか?」
冷やかす彼女に頷き、少し照れながら応答した。
「もしもし」
『僕だ。予定より早く会議が終わって、本町駅に戻ってきたところだよ。ハルもそろそろ退勤時刻だろ? ちょうどいい時間だし、今夜は外で食べないか』
電話の背後から駅のざわめきが聞こえる。夕方のラッシュの時間だ。
「実は今、城田町のアパートにいるの。今日はいろいろあって、早退することになってね」
『そうなのか?』
詳しいことは会ってから話そう。私は彼の提案に賛成すると、本町駅で待ち合わせる約束をした。
「うん、わかった。じゃあ、またあとで」
電話を切ると、山賀さんがじっと見つめてくる。興味津々の顔つきだ。
「これからデートですか? そういえば、ずいぶんお洒落してますね」
水色のワンピースを指差す彼女に、私は手をひらひらと振った。
「違う、違う。出張から早く帰ってきたから、ついでにご飯を食べようって話になっただけ。別にそんな、デートだなんて」
「いいなあ。私も彼氏がほしいです~」
何を言っても冷やかしの種だ。私は言いわけをやめて話を変えた。
「山賀さんの家って、ここから近いんだよね?」
「歩いて七分くらいです。ていうか、私も駅に戻りますよ。友達と約束があって、本町の駅前広場で待ち合わせなんです」
「なんだ。それなら一緒に行きましょうか」
私と山賀さんは連れ立ってアパートを出た。
智哉さんと外食するので、スーパーに寄るのはナシ。荷物を運ぶのもやめておいた。ぱんぱんにふくらんだバッグを持ち歩くのは、ちょっとかっこ悪い。
何のかんの言っても、彼と二人で食事するのは、やっぱりデートだから。
この時間、電車は通勤客や学生でこみ合っている。私達はドアの横に立ち、外を眺めた。太陽が建物の向こうに沈み、車窓の景色がみるみるうちに暗くなっていく。
「お引っ越しはいつですか」
「まだ決めてないけど、できるだけ早めにと思ってる」
「そうですか。せっかく家が近くなのに、寂しいですね」
素直にがっかりするところが可愛い。まだ学生なんだなあと、山賀さんのすべすべの肌を見ながら思った。
「本町だって近いわよ。いつでも会えるって!」
「そっか、たったの三駅ですもんね」
世間話をするうちに、本町駅に着いた。開く扉から一斉に降りる人々の流れに乗り、私と山賀さんも改札口へと歩く。
「あっ、智哉さん」
改札を出てすぐの場所に、スーツ姿の智哉さんがいた。柱の前に立ち、私に気付くと片手を上げて合図する。
「えっ、あの人が彼氏さんですか!?」
「うん」
山賀さんが小さく「きゃー」と叫んだ。
「めちゃくちゃイケメンじゃないですか。ますます羨ましい~」
「そ、そう?」
彼女の弾んだ声が、耳に心地よい。智哉さんが恋人であることに、誇らしさを感じる。と同時に、浮き足立ってしまうけれど。
「では、私はここで失礼します。デート、楽しんでくださいね」
「えっ、待って。今、智哉さんに紹介を……」
私が引き留めると、山賀さんはぷるぷると顔を振り、
「デートのおじゃまはいたしません。それに、紹介なんてされたら、イケメンすぎて緊張しちゃいますよ。また今度、おノロケを聞かせてくださいね」
「あ、ちょっと」
小走りで先に行ってしまった。智哉さんの横を通りすぎる時に頭を下げたので、彼も会釈を返す。
「もう、気を遣わなくていいのに」
私は苦笑して、山賀さんのことを不思議そうに見送る智哉さんに近付いた。
「お帰りなさい。お仕事、お疲れ様でした」
「ああ、ハルもお疲れ」
こちらを向いて、にこりと微笑む。確かに、この人はイケメンだ。
「えっ、これって」
「土屋さんのあとをつけて、撮りました」
一組の男女がホテルに入っていく写真だ。遠くからの撮影だが、拡大すれば土屋さんと店長であるのが、はっきり確認できる。
「店長と同じシフトの夜に、彼女、デートしてました。私、土屋さんが本当に不倫してるのかどうか、確かめたかったんです」
「わかった。山賀さん、土屋さんとはもう……」
「ええ、バイトを辞めたら、縁を切ります」
山賀さんのまっすぐな意思に感動するとともに、理不尽な思いに駆られる。なぜこの子が辞めなければならないのか。
だけど、引き留めたとしても決意を変えないだろう。山賀さんは、私と似たところがある。
「私、そろそろ失礼します。長々とおじゃましてしまって、すみませんでした」
「そんな、わざわざ来てくれてありがとう。こちらこそ助かりました」
山賀さんを見送ろうとして椅子を立つと、スマートフォンが鳴った。智哉さんからの電話だ。
「あ、ごめん。ちょっと待ってて」
「彼氏さんですか?」
冷やかす彼女に頷き、少し照れながら応答した。
「もしもし」
『僕だ。予定より早く会議が終わって、本町駅に戻ってきたところだよ。ハルもそろそろ退勤時刻だろ? ちょうどいい時間だし、今夜は外で食べないか』
電話の背後から駅のざわめきが聞こえる。夕方のラッシュの時間だ。
「実は今、城田町のアパートにいるの。今日はいろいろあって、早退することになってね」
『そうなのか?』
詳しいことは会ってから話そう。私は彼の提案に賛成すると、本町駅で待ち合わせる約束をした。
「うん、わかった。じゃあ、またあとで」
電話を切ると、山賀さんがじっと見つめてくる。興味津々の顔つきだ。
「これからデートですか? そういえば、ずいぶんお洒落してますね」
水色のワンピースを指差す彼女に、私は手をひらひらと振った。
「違う、違う。出張から早く帰ってきたから、ついでにご飯を食べようって話になっただけ。別にそんな、デートだなんて」
「いいなあ。私も彼氏がほしいです~」
何を言っても冷やかしの種だ。私は言いわけをやめて話を変えた。
「山賀さんの家って、ここから近いんだよね?」
「歩いて七分くらいです。ていうか、私も駅に戻りますよ。友達と約束があって、本町の駅前広場で待ち合わせなんです」
「なんだ。それなら一緒に行きましょうか」
私と山賀さんは連れ立ってアパートを出た。
智哉さんと外食するので、スーパーに寄るのはナシ。荷物を運ぶのもやめておいた。ぱんぱんにふくらんだバッグを持ち歩くのは、ちょっとかっこ悪い。
何のかんの言っても、彼と二人で食事するのは、やっぱりデートだから。
この時間、電車は通勤客や学生でこみ合っている。私達はドアの横に立ち、外を眺めた。太陽が建物の向こうに沈み、車窓の景色がみるみるうちに暗くなっていく。
「お引っ越しはいつですか」
「まだ決めてないけど、できるだけ早めにと思ってる」
「そうですか。せっかく家が近くなのに、寂しいですね」
素直にがっかりするところが可愛い。まだ学生なんだなあと、山賀さんのすべすべの肌を見ながら思った。
「本町だって近いわよ。いつでも会えるって!」
「そっか、たったの三駅ですもんね」
世間話をするうちに、本町駅に着いた。開く扉から一斉に降りる人々の流れに乗り、私と山賀さんも改札口へと歩く。
「あっ、智哉さん」
改札を出てすぐの場所に、スーツ姿の智哉さんがいた。柱の前に立ち、私に気付くと片手を上げて合図する。
「えっ、あの人が彼氏さんですか!?」
「うん」
山賀さんが小さく「きゃー」と叫んだ。
「めちゃくちゃイケメンじゃないですか。ますます羨ましい~」
「そ、そう?」
彼女の弾んだ声が、耳に心地よい。智哉さんが恋人であることに、誇らしさを感じる。と同時に、浮き足立ってしまうけれど。
「では、私はここで失礼します。デート、楽しんでくださいね」
「えっ、待って。今、智哉さんに紹介を……」
私が引き留めると、山賀さんはぷるぷると顔を振り、
「デートのおじゃまはいたしません。それに、紹介なんてされたら、イケメンすぎて緊張しちゃいますよ。また今度、おノロケを聞かせてくださいね」
「あ、ちょっと」
小走りで先に行ってしまった。智哉さんの横を通りすぎる時に頭を下げたので、彼も会釈を返す。
「もう、気を遣わなくていいのに」
私は苦笑して、山賀さんのことを不思議そうに見送る智哉さんに近付いた。
「お帰りなさい。お仕事、お疲れ様でした」
「ああ、ハルもお疲れ」
こちらを向いて、にこりと微笑む。確かに、この人はイケメンだ。
0
お気に入りに追加
132
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
失った記憶が戻り、失ってからの記憶を失った私の話
本見りん
ミステリー
交通事故に遭った沙良が目を覚ますと、そこには婚約者の拓人が居た。
一年前の交通事故で沙良は記憶を失い、今は彼と結婚しているという。
しかし今の沙良にはこの一年の記憶がない。
そして、彼女が記憶を失う交通事故の前に見たものは……。
『○曜○イド劇場』風、ミステリーとサスペンスです。
最後のやり取りはお約束の断崖絶壁の海に行きたかったのですが、海の公園辺りになっています。
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
〖完結〗私はあなたのせいで死ぬのです。
藍川みいな
恋愛
「シュリル嬢、俺と結婚してくれませんか?」
憧れのレナード・ドリスト侯爵からのプロポーズ。
彼は美しいだけでなく、とても紳士的で頼りがいがあって、何より私を愛してくれていました。
すごく幸せでした……あの日までは。
結婚して1年が過ぎた頃、旦那様は愛人を連れて来ました。次々に愛人を連れて来て、愛人に子供まで出来た。
それでも愛しているのは君だけだと、離婚さえしてくれません。
そして、妹のダリアが旦那様の子を授かった……
もう耐える事は出来ません。
旦那様、私はあなたのせいで死にます。
だから、後悔しながら生きてください。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全15話で完結になります。
この物語は、主人公が8話で登場しなくなります。
感想の返信が出来なくて、申し訳ありません。
たくさんの感想ありがとうございます。
次作の『もう二度とあなたの妻にはなりません!』は、このお話の続編になっております。
このお話はバッドエンドでしたが、次作はただただシュリルが幸せになるお話です。
良かったら読んでください。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」
そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。
彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・
産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。
----
初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。
終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。
お読みいただきありがとうございます。
パパー!紳士服売り場にいた家族の男性は夫だった…子供を抱きかかえて幸せそう…なら、こちらも幸せになりましょう
白崎アイド
大衆娯楽
夫のシャツを買いに紳士服売り場で買い物をしていた私。
ネクタイも揃えてあげようと売り場へと向かえば、仲良く買い物をする男女の姿があった。
微笑ましく思うその姿を見ていると、振り向いた男性は夫だった…
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる