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幸せの部屋
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私は衝撃を受けた。土屋さんと店長が不倫関係にあるという事実よりも、それを山賀さんが知っていたことに。知っていて、土屋さんと仲良くしていたのだ。
私なら、まず考えられない『友情』である。
(でも、こうして私に相談するということは……)
今、彼女は我慢の限界と言った。耐えられなくなったのだ。土屋さんとの、秘密の共有に。
「信じられませんよね。でも、本当なんです」
「ううん。私も、もしかしてと疑ってた。土屋さんの言動は普通じゃないし、店長も……」
私の反応に山賀さんは目を丸くするが、やがて安堵の表情になる。それほど、彼女にとって重大な告白だったのだ。人に打ち明け、緊張が解けたという態度は、彼女が秘密の共有に苦しめられていた証左である。
「私、もう土屋さんと仕事するの、無理です。だけど、バイトをやめる前に一条さんには言っておかなくちゃと思って」
「えっ……ちょ、ちょっと待って。バイトをやめる?」
「はい」
私を見返す瞳には、強い決意があった。よくよく考えて結論を出したのだとわかり、何も言えなくなる。
「そう、なんだ」
「すみません。こんなこと、一条さんにしか相談できなくて。店長が、あんな人だから」
「確かに……」
私は、山賀さんの眼差しをきちんと受け止めた。誰にも相談できずにいた彼女の辛い気持ちに、寄り添わなければ。
だけど、彼女がバイトをやめる前に聞いておきたい。
「あの二人は、どうやって不倫関係になったの?」
土屋さんもだが、古池店長を許せないと思った。
不倫は個人の問題とはいえ、会社のモラルに関るし、現に業務に支障が出ている。ましてや、店長が関係解消のために人事を行うなど、とんでもない暴挙だ。
副店長として不義の実態を掴み、本部に報告しなければならない。
「古池店長が本町駅店に異動してきたのは、四年前です。その時は、土屋さんはまだ学生アルバイトで、店長のことは男性として意識してなかったそうです。そもそも既婚者だし」
「そうよね」
しかも店長は四十を過ぎている。若い子には、ただのおじさんに見えたはずだ。
「だけど、当時、土屋さんが仕事でライバル視する社員さんがいて、その人が実は店長と付き合っているのがわかった瞬間、火がついたそうです」
「はい?」
山賀さんが何を言ったのか、すぐに理解できなかった。
「えっ、古池店長……あの人、前にも不倫してたの?」
「ええ。かなり上手くやってたみたいで、土屋さんが気付いたのも偶然だったって……」
なんてことだ。店長のすました顔を思い出し、ムカムカしてくる。
「その社員さんに対抗して、土屋さんは店長にアプローチしたそうです。店長もまんざらでもなく、互いに本気になっていったとか……じきに関係を持ったと、自慢げに語ってました」
あまりにも短絡的かつ異様な展開に、めまいがしてくる。
それまで意識してなかったオジサンと、社員へのライバル心から不倫するなんて、まったく理解不能だ。
しかし、山賀さんの口調は真剣である。土屋さんが多少盛って語ったとしても、大筋は間違いなさそうだ。
「それで、その社員さんというのは?」
まさか、今も同じ職場にいるとか……おっかなびっくり訊ねると、山賀さんは首を横に振る。
「今は、もういません。土屋さんに店長を奪われた上、急に転勤の辞令が出たのを機に、辞めたそうです」
「転勤の辞令ですって?」
不倫相手と破局して、転勤を命じられる――まるで、今の土屋さんと同じ状況ではないか。
「土屋さんは、店長が人事に手を回したんじゃないかって。店長は否定したそうですけど」
「嘘でしょ……」
古池店長という人は、不倫相手をいらなくなった玩具のように捨てるのだ。そして、新しいおもちゃを手に入れる。
「許せないわ!」
私が怒るのを見て、山賀さんは頷きながらも、複雑な表情になった。
「もちろん、部下に手を出す店長に問題があります。でも、土屋さんも悪いですよ。人のものを欲しがったり、マウントしたり。負けん気が強すぎるんです。いくら仕事のライバルでも、男を奪いますか?」
「山賀さん……」
山賀さんは、パッと見は今時の若い女性だが、土屋さんのように擦れてはいない。土屋さんのモラルを逸脱した行為に嫌悪を感じるのだ。
「最初は、明るくて楽しい女の子だと思って、つっちーと友達になれて嬉しかった。でも、だんだん……特に、半年前に不倫話を打ち明けられてからは、違和感だらけになって、一緒にいるのが辛かったです。不倫の片棒担いでるみたいな」
感情が高ぶってきたのか、声が震えている。
ずっと悩んでいたのだろう。
「そうだったの。私はてっきり、あなた達は仲良しだとばかり……若い女の子同士、休憩時間になると楽しそうにお喋りしてたし。そうだ、ランチバッグまでお揃いでしょ」
「あれは違います!」
鋭い声に遮られ、ビクッとした。
「私の気に入ったブランドをつっちーが真似して、同じものを買ったんです。いつもそうなんですよ」
「えっ、二人で揃えたんじゃないの?」
「あの子は、人が気に入ってるものが欲しいんですよ。ランチバッグに限らず、洋服とか、靴とかバッグとか。ううん、それだけじゃない。仕事も、男までも、自分のものにしなくちゃ気が済まないんです。もう、うんざり……!」
土屋さんのやることなすことに、山賀さんはストレスを溜めていた。話を聞くだけで、私までうんざりする。
私なら、まず考えられない『友情』である。
(でも、こうして私に相談するということは……)
今、彼女は我慢の限界と言った。耐えられなくなったのだ。土屋さんとの、秘密の共有に。
「信じられませんよね。でも、本当なんです」
「ううん。私も、もしかしてと疑ってた。土屋さんの言動は普通じゃないし、店長も……」
私の反応に山賀さんは目を丸くするが、やがて安堵の表情になる。それほど、彼女にとって重大な告白だったのだ。人に打ち明け、緊張が解けたという態度は、彼女が秘密の共有に苦しめられていた証左である。
「私、もう土屋さんと仕事するの、無理です。だけど、バイトをやめる前に一条さんには言っておかなくちゃと思って」
「えっ……ちょ、ちょっと待って。バイトをやめる?」
「はい」
私を見返す瞳には、強い決意があった。よくよく考えて結論を出したのだとわかり、何も言えなくなる。
「そう、なんだ」
「すみません。こんなこと、一条さんにしか相談できなくて。店長が、あんな人だから」
「確かに……」
私は、山賀さんの眼差しをきちんと受け止めた。誰にも相談できずにいた彼女の辛い気持ちに、寄り添わなければ。
だけど、彼女がバイトをやめる前に聞いておきたい。
「あの二人は、どうやって不倫関係になったの?」
土屋さんもだが、古池店長を許せないと思った。
不倫は個人の問題とはいえ、会社のモラルに関るし、現に業務に支障が出ている。ましてや、店長が関係解消のために人事を行うなど、とんでもない暴挙だ。
副店長として不義の実態を掴み、本部に報告しなければならない。
「古池店長が本町駅店に異動してきたのは、四年前です。その時は、土屋さんはまだ学生アルバイトで、店長のことは男性として意識してなかったそうです。そもそも既婚者だし」
「そうよね」
しかも店長は四十を過ぎている。若い子には、ただのおじさんに見えたはずだ。
「だけど、当時、土屋さんが仕事でライバル視する社員さんがいて、その人が実は店長と付き合っているのがわかった瞬間、火がついたそうです」
「はい?」
山賀さんが何を言ったのか、すぐに理解できなかった。
「えっ、古池店長……あの人、前にも不倫してたの?」
「ええ。かなり上手くやってたみたいで、土屋さんが気付いたのも偶然だったって……」
なんてことだ。店長のすました顔を思い出し、ムカムカしてくる。
「その社員さんに対抗して、土屋さんは店長にアプローチしたそうです。店長もまんざらでもなく、互いに本気になっていったとか……じきに関係を持ったと、自慢げに語ってました」
あまりにも短絡的かつ異様な展開に、めまいがしてくる。
それまで意識してなかったオジサンと、社員へのライバル心から不倫するなんて、まったく理解不能だ。
しかし、山賀さんの口調は真剣である。土屋さんが多少盛って語ったとしても、大筋は間違いなさそうだ。
「それで、その社員さんというのは?」
まさか、今も同じ職場にいるとか……おっかなびっくり訊ねると、山賀さんは首を横に振る。
「今は、もういません。土屋さんに店長を奪われた上、急に転勤の辞令が出たのを機に、辞めたそうです」
「転勤の辞令ですって?」
不倫相手と破局して、転勤を命じられる――まるで、今の土屋さんと同じ状況ではないか。
「土屋さんは、店長が人事に手を回したんじゃないかって。店長は否定したそうですけど」
「嘘でしょ……」
古池店長という人は、不倫相手をいらなくなった玩具のように捨てるのだ。そして、新しいおもちゃを手に入れる。
「許せないわ!」
私が怒るのを見て、山賀さんは頷きながらも、複雑な表情になった。
「もちろん、部下に手を出す店長に問題があります。でも、土屋さんも悪いですよ。人のものを欲しがったり、マウントしたり。負けん気が強すぎるんです。いくら仕事のライバルでも、男を奪いますか?」
「山賀さん……」
山賀さんは、パッと見は今時の若い女性だが、土屋さんのように擦れてはいない。土屋さんのモラルを逸脱した行為に嫌悪を感じるのだ。
「最初は、明るくて楽しい女の子だと思って、つっちーと友達になれて嬉しかった。でも、だんだん……特に、半年前に不倫話を打ち明けられてからは、違和感だらけになって、一緒にいるのが辛かったです。不倫の片棒担いでるみたいな」
感情が高ぶってきたのか、声が震えている。
ずっと悩んでいたのだろう。
「そうだったの。私はてっきり、あなた達は仲良しだとばかり……若い女の子同士、休憩時間になると楽しそうにお喋りしてたし。そうだ、ランチバッグまでお揃いでしょ」
「あれは違います!」
鋭い声に遮られ、ビクッとした。
「私の気に入ったブランドをつっちーが真似して、同じものを買ったんです。いつもそうなんですよ」
「えっ、二人で揃えたんじゃないの?」
「あの子は、人が気に入ってるものが欲しいんですよ。ランチバッグに限らず、洋服とか、靴とかバッグとか。ううん、それだけじゃない。仕事も、男までも、自分のものにしなくちゃ気が済まないんです。もう、うんざり……!」
土屋さんのやることなすことに、山賀さんはストレスを溜めていた。話を聞くだけで、私までうんざりする。
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