56 / 236
正義の使者〈1〉
13
しおりを挟む
一条さんが鳥宮を目撃したのは、四月九日の夜十時頃。その時の様子を確かめるため、駅前のコンビニの事務所で、監視カメラのデータを見せてもらった。
「ええと、弁当コーナーの前ですね。あっ、いましたよ」
弁当の棚を眺める人物を指差し、店長が映像をストップさせた。
ぼさぼさの髪、大柄な体格、くたびれたジャンパー。一条さんの証言どおりの鳥宮優一朗が、はっきりと映っている。
店長を挟んで向こう側に座る水野さんが、感心の声を上げた。
「ほほう、なるほど。こうして見ると、東松くんに似ていなくもないな」
「……そうですかね」
俺はこんな猫背じゃないぞ。それに、体脂肪率は鳥宮のほうが明らかに高い――と、言ってやりたい衝動に駆られる。水野さんではなく、俺と鳥宮を同一人物だと思い込んでいた彼女に。
「店長さん、続きを再生してください。じきに若い女性が店に入ってきますので」
「わかりました」
数分後、一条春菜が現れた。飲み物やパンなど、食料品をカゴに入れていく。
「水野さん……!」
「ああ。鳥宮のやつ、一条さんの姿を目で追っている。しかも店に入ってきた時から、ずっとだ」
棚の陰から一条さんを覗いている。
やはり鳥宮は、彼女をターゲットにしていた。このビデオは杉田が証言した『のぞき行為』の裏付けとなる。
「失礼しまーす!」
背後のドアが勢いよく開き、アルバイト店員が入ってきた。ビデオに集中していた俺はどきっとして、思わず睨んでしまう。
「あっ、さ、さーせん!」
俺の顔を見てビクついている。いかにも軽薄そうな若い男だ。
「こら、挨拶ぐらいしなさい。警察の方だ」
「どーも、こんちは。あっ、例のお客さんの件っすか?」
昨日も、この店で聞き込みを行った。刑事が来たことを店長が喋ったのだろう。
「いいから、早く着替えて店に出なさい! ……すみません、失礼いたしました」
「構いません。それより、続きをお願いします」
人の口に戸は立てられない。店長のお喋りを咎めることなく、水野さんは先へと促した。
一条さんがレジへと歩いていく。
鳥宮は彼女に背中を向け、弁当の棚に視線を戻した。
「おや、一条さんが立ち止まった。鳥宮のことを眺めているぞ」
「コワモテ男だと思って、びっくりしたんでしょう」
「……ああ、そうだった」
水野さんがクスッと笑う。
俺のことをそんなに怖がっていたとは……残念なような、済まないような、何ともいえない複雑な気持ちになる。
だが今はそんなことを言ってる場合じゃない。
鳥宮が一条さんの視線に気付き、横歩きで移動していく。落ち着かないのだ。なぜなら、彼女が自分に注目する理由を知らないから。ターゲットに勘付かれたのではと、ひやひやしたはずだ。
じろじろ見てしまったことを詫びてか、一条さんは鳥宮に頭を下げてからレジへと急ぐ。
そして彼女が店を出たあと、鳥宮は慌てて弁当を買い、後を追って行った。
おそらくアパートまで追跡したのだろう。鳥宮の癖、つきまといだ。
「ねえねえ刑事さん。さっきの女の人、昨日も来てましたよ」
店長の横から、アルバイト店員が顔を覗かせた。好奇心にあふれた目を、生き生きと輝かせている。
「ちょっと、何やってるんだ。向こうへ行きなさい!」
怒る店長を水野さんはまあまあと宥め、アルバイト店員に訊ねた。
「彼女は時々、コンビニに来るのかな?」
「いいえ、全然。少なくとも自分のシフトでは見たことないっす」
店長も同じくのようだ。
コンビニを利用しない彼女は、鳥宮と遭遇する確率が低い。この日はまさにニアミスだったのだ。
「そうそう、昨日は傘を盗られたみたいで、ビニール傘を買っていきましたよ。ケーサツに連絡しますか~って訊いたらムッとしちゃって、『結構です』って。愛想のない人ですよね」
「傘を取られた?」
傘立てに入れておいた傘を、誰かに持って行かれたらしい。
「一条さんも災難続きだな」
「まったくですね」
さぞかし立腹しただろう。チャラチャラした店員に愛想笑いする余裕もなく、ビニール傘を差してアパートに帰った。
(そして、そのビニール傘で俺を襲撃したというわけか……)
「で、あの人がどうかしたんですか? 例の亡くなったお客さんと関係あるんスか?」
「だから、きみは早く店に出なさい。ほら、行った行った!」
今度は店長に追い払ってもらった。あんなスピーカーに情報を漏らせば、瞬く間に広がってしまう。店長にも、調査の内容を軽々しく口外しないよう、念を押しておいた。
コンビニを出て腕時計を確かめると、ちょうどいい時間だった。新たな証拠品を得て、水野さんは満足そうに笑う。
「大体、出揃ったな。あとは鳥宮が隣のベランダに侵入した痕跡があるかどうかだ」
「はい。目撃証言だけでは、弱いですからね」
証拠が揃っても逮捕はできない。鳥宮優一朗は死んでしまったのだ。
だけど真相究明のために、俺と水野さんはできる限りの調査をする。
(真相究明、か……)
どうやら、あの疑問は彼の死に直接関係がなさそうだ。
カネの出所と、最後の言葉――
「どうした。行くぞ、東松くん」
「はい」
鳥宮の癖。目撃者の証言。一条春菜に執着していた証拠……すべて辻褄が合う。
俺は捜査の進展に納得しながらも、どこか物足りなさを感じていた。
「ええと、弁当コーナーの前ですね。あっ、いましたよ」
弁当の棚を眺める人物を指差し、店長が映像をストップさせた。
ぼさぼさの髪、大柄な体格、くたびれたジャンパー。一条さんの証言どおりの鳥宮優一朗が、はっきりと映っている。
店長を挟んで向こう側に座る水野さんが、感心の声を上げた。
「ほほう、なるほど。こうして見ると、東松くんに似ていなくもないな」
「……そうですかね」
俺はこんな猫背じゃないぞ。それに、体脂肪率は鳥宮のほうが明らかに高い――と、言ってやりたい衝動に駆られる。水野さんではなく、俺と鳥宮を同一人物だと思い込んでいた彼女に。
「店長さん、続きを再生してください。じきに若い女性が店に入ってきますので」
「わかりました」
数分後、一条春菜が現れた。飲み物やパンなど、食料品をカゴに入れていく。
「水野さん……!」
「ああ。鳥宮のやつ、一条さんの姿を目で追っている。しかも店に入ってきた時から、ずっとだ」
棚の陰から一条さんを覗いている。
やはり鳥宮は、彼女をターゲットにしていた。このビデオは杉田が証言した『のぞき行為』の裏付けとなる。
「失礼しまーす!」
背後のドアが勢いよく開き、アルバイト店員が入ってきた。ビデオに集中していた俺はどきっとして、思わず睨んでしまう。
「あっ、さ、さーせん!」
俺の顔を見てビクついている。いかにも軽薄そうな若い男だ。
「こら、挨拶ぐらいしなさい。警察の方だ」
「どーも、こんちは。あっ、例のお客さんの件っすか?」
昨日も、この店で聞き込みを行った。刑事が来たことを店長が喋ったのだろう。
「いいから、早く着替えて店に出なさい! ……すみません、失礼いたしました」
「構いません。それより、続きをお願いします」
人の口に戸は立てられない。店長のお喋りを咎めることなく、水野さんは先へと促した。
一条さんがレジへと歩いていく。
鳥宮は彼女に背中を向け、弁当の棚に視線を戻した。
「おや、一条さんが立ち止まった。鳥宮のことを眺めているぞ」
「コワモテ男だと思って、びっくりしたんでしょう」
「……ああ、そうだった」
水野さんがクスッと笑う。
俺のことをそんなに怖がっていたとは……残念なような、済まないような、何ともいえない複雑な気持ちになる。
だが今はそんなことを言ってる場合じゃない。
鳥宮が一条さんの視線に気付き、横歩きで移動していく。落ち着かないのだ。なぜなら、彼女が自分に注目する理由を知らないから。ターゲットに勘付かれたのではと、ひやひやしたはずだ。
じろじろ見てしまったことを詫びてか、一条さんは鳥宮に頭を下げてからレジへと急ぐ。
そして彼女が店を出たあと、鳥宮は慌てて弁当を買い、後を追って行った。
おそらくアパートまで追跡したのだろう。鳥宮の癖、つきまといだ。
「ねえねえ刑事さん。さっきの女の人、昨日も来てましたよ」
店長の横から、アルバイト店員が顔を覗かせた。好奇心にあふれた目を、生き生きと輝かせている。
「ちょっと、何やってるんだ。向こうへ行きなさい!」
怒る店長を水野さんはまあまあと宥め、アルバイト店員に訊ねた。
「彼女は時々、コンビニに来るのかな?」
「いいえ、全然。少なくとも自分のシフトでは見たことないっす」
店長も同じくのようだ。
コンビニを利用しない彼女は、鳥宮と遭遇する確率が低い。この日はまさにニアミスだったのだ。
「そうそう、昨日は傘を盗られたみたいで、ビニール傘を買っていきましたよ。ケーサツに連絡しますか~って訊いたらムッとしちゃって、『結構です』って。愛想のない人ですよね」
「傘を取られた?」
傘立てに入れておいた傘を、誰かに持って行かれたらしい。
「一条さんも災難続きだな」
「まったくですね」
さぞかし立腹しただろう。チャラチャラした店員に愛想笑いする余裕もなく、ビニール傘を差してアパートに帰った。
(そして、そのビニール傘で俺を襲撃したというわけか……)
「で、あの人がどうかしたんですか? 例の亡くなったお客さんと関係あるんスか?」
「だから、きみは早く店に出なさい。ほら、行った行った!」
今度は店長に追い払ってもらった。あんなスピーカーに情報を漏らせば、瞬く間に広がってしまう。店長にも、調査の内容を軽々しく口外しないよう、念を押しておいた。
コンビニを出て腕時計を確かめると、ちょうどいい時間だった。新たな証拠品を得て、水野さんは満足そうに笑う。
「大体、出揃ったな。あとは鳥宮が隣のベランダに侵入した痕跡があるかどうかだ」
「はい。目撃証言だけでは、弱いですからね」
証拠が揃っても逮捕はできない。鳥宮優一朗は死んでしまったのだ。
だけど真相究明のために、俺と水野さんはできる限りの調査をする。
(真相究明、か……)
どうやら、あの疑問は彼の死に直接関係がなさそうだ。
カネの出所と、最後の言葉――
「どうした。行くぞ、東松くん」
「はい」
鳥宮の癖。目撃者の証言。一条春菜に執着していた証拠……すべて辻褄が合う。
俺は捜査の進展に納得しながらも、どこか物足りなさを感じていた。
0
お気に入りに追加
132
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
彩霞堂
綾瀬 りょう
ミステリー
無くした記憶がたどり着く喫茶店「彩霞堂」。
記憶を無くした一人の少女がたどりつき、店主との会話で消し去りたかった記憶を思い出す。
以前ネットにも出していたことがある作品です。
高校時代に描いて、とても思い入れがあります!!
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
三部作予定なので、そこまで書ききれるよう、頑張りたいです!!!!
怪奇事件捜査File1首なしライダー編(科学)
揚惇命
ミステリー
これは、主人公の出雲美和が怪奇課として、都市伝説を基に巻き起こる奇妙な事件に対処する物語である。怪奇課とは、昨今の奇妙な事件に対処するために警察組織が新しく設立した怪奇事件特別捜査課のこと。巻き起こる事件の数々、それらは、果たして、怪異の仕業か?それとも誰かの作為的なものなのか?捜査を元に解決していく物語。
File1首なしライダー編は完結しました。
※アルファポリス様では、科学的解決を展開します。ホラー解決をお読みになりたい方はカクヨム様で展開するので、そちらも合わせてお読み頂けると幸いです。捜査編終了から1週間後に解決編を展開する予定です。
※小説家になろう様・カクヨム様でも掲載しています。
戦憶の中の殺意
ブラックウォーター
ミステリー
かつて戦争があった。モスカレル連邦と、キーロア共和国の国家間戦争。多くの人間が死に、生き残った者たちにも傷を残した
そして6年後。新たな流血が起きようとしている。私立芦川学園ミステリー研究会は、長野にあるロッジで合宿を行う。高森誠と幼なじみの北条七美を含む総勢6人。そこは倉木信宏という、元軍人が経営している。
倉木の戦友であるラバンスキーと山瀬は、6年前の戦争に絡んで訳ありの様子。
二日目の早朝。ラバンスキーと山瀬は射殺体で発見される。一見して撃ち合って死亡したようだが……。
その場にある理由から居合わせた警察官、沖田と速水とともに、誠は真実にたどり着くべく推理を開始する。
ファクト ~真実~
華ノ月
ミステリー
主人公、水無月 奏(みなづき かなで)はひょんな事件から警察の特殊捜査官に任命される。
そして、同じ特殊捜査班である、透(とおる)、紅蓮(ぐれん)、槙(しん)、そして、室長の冴子(さえこ)と共に、事件の「真実」を暴き出す。
その事件がなぜ起こったのか?
本当の「悪」は誰なのか?
そして、その事件と別で最終章に繋がるある真実……。
こちらは全部で第七章で構成されています。第七章が最終章となりますので、どうぞ、最後までお読みいただけると嬉しいです!
よろしくお願いいたしますm(__)m
天泣 ~花のように~
月夜野 すみれ
ミステリー
都内で闇サイトによる事件が多発。
主人公桜井紘彬警部補の従弟・藤崎紘一やその幼なじみも闇サイト絡みと思われる事件に巻き込まれる。
一方、紘彬は祖父から聞いた話から曾祖父の死因に不審な点があったことに気付いた。
「花のように」の続編ですが、主な登場人物と舞台設定が共通しているだけで独立した別の話です。
気に入っていただけましたら「花のように」「Christmas Eve」もよろしくお願いします。
カクヨムと小説家になろう、noteにも同じ物を投稿しています。
こことなろうは細切れ版、カクヨム、noteは一章で1話、全十章です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる