恋の記録

藤谷 郁

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正義の使者〈1〉

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一条さんが鳥宮を目撃したのは、四月九日の夜十時頃。その時の様子を確かめるため、駅前のコンビニの事務所で、監視カメラのデータを見せてもらった。


「ええと、弁当コーナーの前ですね。あっ、いましたよ」


弁当の棚を眺める人物を指差し、店長が映像をストップさせた。

ぼさぼさの髪、大柄な体格、くたびれたジャンパー。一条さんの証言どおりの鳥宮優一朗が、はっきりと映っている。

店長を挟んで向こう側に座る水野さんが、感心の声を上げた。


「ほほう、なるほど。こうして見ると、東松くんに似ていなくもないな」

「……そうですかね」


俺はこんな猫背じゃないぞ。それに、体脂肪率は鳥宮のほうが明らかに高い――と、言ってやりたい衝動に駆られる。水野さんではなく、俺と鳥宮を同一人物だと思い込んでいた彼女に。


「店長さん、続きを再生してください。じきに若い女性が店に入ってきますので」

「わかりました」


数分後、一条春菜が現れた。飲み物やパンなど、食料品をカゴに入れていく。


「水野さん……!」

「ああ。鳥宮のやつ、一条さんの姿を目で追っている。しかも店に入ってきた時から、ずっとだ」


棚の陰から一条さんを覗いている。

やはり鳥宮は、彼女をターゲットにしていた。このビデオは杉田が証言した『のぞき行為』の裏付けとなる。


「失礼しまーす!」


背後のドアが勢いよく開き、アルバイト店員が入ってきた。ビデオに集中していた俺はどきっとして、思わず睨んでしまう。


「あっ、さ、さーせん!」


俺の顔を見てビクついている。いかにも軽薄そうな若い男だ。


「こら、挨拶ぐらいしなさい。警察の方だ」

「どーも、こんちは。あっ、例のお客さんの件っすか?」


昨日も、この店で聞き込みを行った。刑事が来たことを店長が喋ったのだろう。


「いいから、早く着替えて店に出なさい! ……すみません、失礼いたしました」

「構いません。それより、続きをお願いします」


人の口に戸は立てられない。店長のお喋りを咎めることなく、水野さんは先へと促した。

一条さんがレジへと歩いていく。

鳥宮は彼女に背中を向け、弁当の棚に視線を戻した。


「おや、一条さんが立ち止まった。鳥宮のことを眺めているぞ」

「コワモテ男だと思って、びっくりしたんでしょう」

「……ああ、そうだった」


水野さんがクスッと笑う。

俺のことをそんなに怖がっていたとは……残念なような、済まないような、何ともいえない複雑な気持ちになる。

だが今はそんなことを言ってる場合じゃない。

鳥宮が一条さんの視線に気付き、横歩きで移動していく。落ち着かないのだ。なぜなら、彼女が自分に注目する理由を知らないから。ターゲットに勘付かれたのではと、ひやひやしたはずだ。

じろじろ見てしまったことを詫びてか、一条さんは鳥宮に頭を下げてからレジへと急ぐ。

そして彼女が店を出たあと、鳥宮は慌てて弁当を買い、後を追って行った。

おそらくアパートまで追跡したのだろう。鳥宮のへき、つきまといだ。


「ねえねえ刑事さん。さっきの女の人、昨日も来てましたよ」


店長の横から、アルバイト店員が顔を覗かせた。好奇心にあふれた目を、生き生きと輝かせている。


「ちょっと、何やってるんだ。向こうへ行きなさい!」


怒る店長を水野さんはまあまあと宥め、アルバイト店員に訊ねた。


「彼女は時々、コンビニに来るのかな?」

「いいえ、全然。少なくとも自分のシフトでは見たことないっす」


店長も同じくのようだ。

コンビニを利用しない彼女は、鳥宮と遭遇する確率が低い。この日はまさにニアミスだったのだ。


「そうそう、昨日は傘を盗られたみたいで、ビニール傘を買っていきましたよ。ケーサツに連絡しますか~って訊いたらムッとしちゃって、『結構です』って。愛想のない人ですよね」

「傘を取られた?」


傘立てに入れておいた傘を、誰かに持って行かれたらしい。


「一条さんも災難続きだな」

「まったくですね」


さぞかし立腹しただろう。チャラチャラした店員に愛想笑いする余裕もなく、ビニール傘を差してアパートに帰った。


(そして、そのビニール傘で俺を襲撃したというわけか……)


「で、あの人がどうかしたんですか? 例の亡くなったお客さんと関係あるんスか?」

「だから、きみは早く店に出なさい。ほら、行った行った!」


今度は店長に追い払ってもらった。あんなスピーカーに情報を漏らせば、瞬く間に広がってしまう。店長にも、調査の内容を軽々しく口外しないよう、念を押しておいた。



コンビニを出て腕時計を確かめると、ちょうどいい時間だった。新たな証拠品を得て、水野さんは満足そうに笑う。


「大体、出揃ったな。あとは鳥宮が隣のベランダに侵入した痕跡があるかどうかだ」

「はい。目撃証言だけでは、弱いですからね」


証拠が揃っても逮捕はできない。鳥宮優一朗は死んでしまったのだ。

だけど真相究明のために、俺と水野さんはできる限りの調査をする。


(真相究明、か……)


どうやら、あの疑問は彼の死に直接関係がなさそうだ。

カネの出所と、最後の言葉――


「どうした。行くぞ、東松くん」

「はい」


鳥宮のへき。目撃者の証言。一条春菜に執着していた証拠……すべて辻褄が合う。

俺は捜査の進展に納得しながらも、どこか物足りなさを感じていた。

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