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正義の使者〈1〉
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「しかしその場合、メゾン城田の住人ではありませんね。ここは単身者向けのアパートですから」
「私もそう言ったのだが、奥さん方は『恋人が泊まることがあるでしょう。大学生とか、若い人が多いみたいだし』と、こう反論されたよ」
「なるほど。大した推理です」
アパートの住人をとことん疑っている。他所者に対する、地元住民らしい心理だと思った。
「だが、あり得ない話でもないな」
「ええ」
「今回の件には関係なさそうだが」
「……」
鳥宮の死に他者が関わっているとしたら、路駐の車を調べる意味はあるかもしれない。
しかし、その線は消えた。
例の証拠品の鑑定結果から、水野さんも同じように判断している。
「それでな、奥さん方の要望を聞きながら、気付いたことがあるんだ」
水野さんはエントランスに足を向けた。
「この辺りは防犯カメラが少ない。人が増えてきた今、城田町はもっと防犯に力を入れるべきだな」
「そうですね」
確かに今のままでは、警察がパトロールを強化しても、空き巣や路上駐車が減ることはない。なぜなら、町のあちこちに死角があるからだ。
防犯カメラは空き巣をはじめ、様々な犯罪予防に効果がある。プライバシーの問題をはらむが、地域住民でよく話し合い、要所要所に設置してほしい。
「帰りに、コンビニの防犯カメラを確認しよう。一条さんと鳥宮がニアミスしたのは四月九日だったな」
「はい」
捜査の順立てをしながら、エレベーターに乗り込んだ。五階のボタンを押すと、籠がゆっくりと上昇を始める。
「謎は残るが、鳥宮の悪癖が転落に繋がった可能性が高い。自殺ではないってことだ」
「ええ。じきに結論が出ますね」
その時点で捜査は終了。一条春菜との縁も切れる。
――彼女は単なる聞き込み相手。今の仕事が終われば縁がなくなる他人だし……
瀬戸さんの言葉を思い出し、がっかりする自分がいた。
感情は正直だった。
五階の外廊下は相変わらず静かで、誰も住んでいないかのようにシンとしている。
刑事二人の靴音が際立って響いた。
「残念、留守のようだ」
水野さんが507号室のインターホンを鳴らすが、反応がない。
「仕事に行ってるのかな」
「携帯に電話してみます」
事情聴取の際、番号を聞いている。手帳を見ながら電話をかけた。
「どうした?」
「繋がりません」
俺の返事に、水野さんは渋い顔をする。
「仕事中は電源を切っているのかもしれん。職場に電話してみてくれ」
冬月書店本町駅店の番号を押すと、今度はすぐに応答があった。
『お電話ありがとうございます。冬月書店本町駅店、店長の古池です』
中年男性の声が聞こえた。
「私、そちらにお勤めの一条春菜さんの友人で東松と申します。一条さんに至急ご連絡したいことがあり、お電話いたしました」
できるだけ穏やかな口調で用件を告げた。警察からの電話であることは伏せておく。
『はあ……ご友人の方ですか?』
迷惑そうな響きがあった。個人的な電話をなぜ職場にかけるのか、怪訝に思うのだろう。
「お仕事中にすみません。一条さんの携帯電話の電源が切れているようなので、職場におかけしました」
『……』
なぜか沈黙した。事務所なのか、背後で別の電話が鳴っている。
『失礼ですが、どういった関係のご友人でいらっしゃいますか』
「え?」
関係――?
ふいの質問に戸惑った。答えあぐねていると、水野さんがそばに来て耳を寄せる。
「どういったと言われても……ええと、茶飲み友達です」
とっさに出てきた言葉に、自分であきれた。しかし、まるきり嘘ではない。昨夜、彼女にコーヒーを淹れてもらった。
水野さんは俺から離れ、肩を震わせている。
『茶飲み友達、ですか』
やや不満げだが、納得してくれたようだ。なんとか電話を取り次いでもらえると思ったが……
『それで、どのようなご用件でしょう。一条さんは売り場に出ていますので、私から伝えておきますよ』
俺は眉をひそめた。どういうわけか、わざと電話を代わろうとしないように感じる。
女性社員に怪しげなやつから電話がかかってきたと、警戒しているのか?
(店長の古池といったな)
一条春菜は、苦情の紙について職場の上司に相談したと言った。それが、この男かもしれない。
「いえ、少し込み入った話なので。お忙しいところすみませんが、一条さんに手が空いた時に連絡をくださいと言付けをお願いできますか。東松と名前を伝えてくだされば、わかると思いま……」
『おや、至急ではないのですか?』
いきなり被せてきた。反射的に言葉を引っ込めた俺に、古池は早口で続ける。
『今日は忙しいですからねえ、一条さんの手が空くとしたら夜になってしまいますよ?』
「私もそう言ったのだが、奥さん方は『恋人が泊まることがあるでしょう。大学生とか、若い人が多いみたいだし』と、こう反論されたよ」
「なるほど。大した推理です」
アパートの住人をとことん疑っている。他所者に対する、地元住民らしい心理だと思った。
「だが、あり得ない話でもないな」
「ええ」
「今回の件には関係なさそうだが」
「……」
鳥宮の死に他者が関わっているとしたら、路駐の車を調べる意味はあるかもしれない。
しかし、その線は消えた。
例の証拠品の鑑定結果から、水野さんも同じように判断している。
「それでな、奥さん方の要望を聞きながら、気付いたことがあるんだ」
水野さんはエントランスに足を向けた。
「この辺りは防犯カメラが少ない。人が増えてきた今、城田町はもっと防犯に力を入れるべきだな」
「そうですね」
確かに今のままでは、警察がパトロールを強化しても、空き巣や路上駐車が減ることはない。なぜなら、町のあちこちに死角があるからだ。
防犯カメラは空き巣をはじめ、様々な犯罪予防に効果がある。プライバシーの問題をはらむが、地域住民でよく話し合い、要所要所に設置してほしい。
「帰りに、コンビニの防犯カメラを確認しよう。一条さんと鳥宮がニアミスしたのは四月九日だったな」
「はい」
捜査の順立てをしながら、エレベーターに乗り込んだ。五階のボタンを押すと、籠がゆっくりと上昇を始める。
「謎は残るが、鳥宮の悪癖が転落に繋がった可能性が高い。自殺ではないってことだ」
「ええ。じきに結論が出ますね」
その時点で捜査は終了。一条春菜との縁も切れる。
――彼女は単なる聞き込み相手。今の仕事が終われば縁がなくなる他人だし……
瀬戸さんの言葉を思い出し、がっかりする自分がいた。
感情は正直だった。
五階の外廊下は相変わらず静かで、誰も住んでいないかのようにシンとしている。
刑事二人の靴音が際立って響いた。
「残念、留守のようだ」
水野さんが507号室のインターホンを鳴らすが、反応がない。
「仕事に行ってるのかな」
「携帯に電話してみます」
事情聴取の際、番号を聞いている。手帳を見ながら電話をかけた。
「どうした?」
「繋がりません」
俺の返事に、水野さんは渋い顔をする。
「仕事中は電源を切っているのかもしれん。職場に電話してみてくれ」
冬月書店本町駅店の番号を押すと、今度はすぐに応答があった。
『お電話ありがとうございます。冬月書店本町駅店、店長の古池です』
中年男性の声が聞こえた。
「私、そちらにお勤めの一条春菜さんの友人で東松と申します。一条さんに至急ご連絡したいことがあり、お電話いたしました」
できるだけ穏やかな口調で用件を告げた。警察からの電話であることは伏せておく。
『はあ……ご友人の方ですか?』
迷惑そうな響きがあった。個人的な電話をなぜ職場にかけるのか、怪訝に思うのだろう。
「お仕事中にすみません。一条さんの携帯電話の電源が切れているようなので、職場におかけしました」
『……』
なぜか沈黙した。事務所なのか、背後で別の電話が鳴っている。
『失礼ですが、どういった関係のご友人でいらっしゃいますか』
「え?」
関係――?
ふいの質問に戸惑った。答えあぐねていると、水野さんがそばに来て耳を寄せる。
「どういったと言われても……ええと、茶飲み友達です」
とっさに出てきた言葉に、自分であきれた。しかし、まるきり嘘ではない。昨夜、彼女にコーヒーを淹れてもらった。
水野さんは俺から離れ、肩を震わせている。
『茶飲み友達、ですか』
やや不満げだが、納得してくれたようだ。なんとか電話を取り次いでもらえると思ったが……
『それで、どのようなご用件でしょう。一条さんは売り場に出ていますので、私から伝えておきますよ』
俺は眉をひそめた。どういうわけか、わざと電話を代わろうとしないように感じる。
女性社員に怪しげなやつから電話がかかってきたと、警戒しているのか?
(店長の古池といったな)
一条春菜は、苦情の紙について職場の上司に相談したと言った。それが、この男かもしれない。
「いえ、少し込み入った話なので。お忙しいところすみませんが、一条さんに手が空いた時に連絡をくださいと言付けをお願いできますか。東松と名前を伝えてくだされば、わかると思いま……」
『おや、至急ではないのですか?』
いきなり被せてきた。反射的に言葉を引っ込めた俺に、古池は早口で続ける。
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