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正義の使者〈1〉
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「見たか、東松くん」
「はい」
水野さんはモニターを睨んだまま、俺に確認する。予想どおりの結果なので、納得の口調だ。
やはり、一条春菜のポストに苦情を入れたのは、鳥宮優一朗だった。
四月八日の深夜、鳥宮が周りをキョロキョロしながら集合ポストの前に現れた。そして507のポストに白い紙をサッと入れて、逃げるように外へ出て行くのが映っている。
「本当に、鳥宮さんだったんですねえ」
大家が意外そうにつぶやく。
「隣の物音を気にするような人とは、思いませんでした。ましてや、こんな風に苦情を入れるなんて。だって、これまでトラブルを起こしたことはないし、大人しい青年なんですよ?」
大家は鳥宮の癖を知らない。
迷惑行為などするはずもない、人畜無害な人間に見えていたのだ。
首をかしげる大家をよそに、俺と水野さんはデータのチェックを続けた。
ポストに紙を入れた鳥宮は外に出て行き、やがて帰ってきた。いそいそとした足取り。両手にコンビニ袋をぶら下げている。
「こんな夜中にコンビニか。えらく買い込んできたな」
コンビニ袋を拡大してもらった。
どうやら中身は菓子、ペットボトルなどの食料品だ。それから……
「片方の袋に、大きな箱が入ってるな」
「ええ。ちょうど、鳥宮の部屋にあるフィギュアの大きさですね」
この夜、鳥宮はコンビニでくじを引き、『エリナ』の復刻フィギュアを当てたのだ。
俺は昨日、緑大学前駅の向かいにあるコンビニで、鳥宮について聞き込みを行っている。
店長に鳥宮の写真を見せると、ひんぱんに来る客だと言った。
『たいていは、雑誌コーナーで長時間立ち読みして、何も買わずにお帰りになられます。大柄な方なので目につきましたね。でもアルバイトの話では、最近になって、ずいぶん散財するようになったとか。特に、一回五百円のくじを何べんも引くんで、驚いたと言っていました』
鳥宮はこの時点で、金を手に入れている。なぜかは分からないが、運が巡ってきたということだ。
ちなみに、鳥宮が誰かと一緒だったという目撃情報はない。
「では次に、鳥宮さんが転落したと推定される時間帯のデータを見せてください」
鳥宮優一朗がベランダに出て手すりに上り、駐車場に転落したのは、四月十八日午前四時半から五時にかけて。
外は真っ暗で、雨が激しく降っていた。
「エントランスと非常階段下の、二か所ともですね」
「はい、お願いします」
「わかりました」
長谷部課長は神妙な顔つきで、パソコンを操作する。
鳥宮優一朗が隣人のポストに苦情を入れていた。彼の行動に何らかの問題があると察し、管理会社の人間として緊張を覚えるのだろう。
該当する映像がモニターに映し出された。
四人とも食い入るように見つめるが、鳥宮が転落した時間帯に、アパートに出入りする人物は見られなかった。
住人への聞き取り調査の結果と同じである。
「今度は、バックしてもらえますか」
水野さんは、午前四時半より前のデータを求めた。
映像が早戻しされていく。前の晩になると、エントランスを出入りする人間が散見された。いずれもアパートの住人であったが……
「あっ、この人は違います」
大家がストップをかけた。モニターに、一人の男が映っている。エントランスを出て行くところだ。
四月十七日 午後九時五十九分――
「この人を、ご存知ですか」
水野さんが訊くと、大家は首を横に振った。
「いいえ、見たことのない顔です。住人の誰かを訪ねてきたんでしょう」
年齢は三十代前半くらい。髪も服装もきちんとしている。なかなかの男前だ。
男の映像を保存し、さらに時間を遡る。
すると、午後九時三十二分――先ほどの男と、男に抱えられるようにしてエントランスに入ってきた女がいた。
「おや、この人は……」
水野さんと大家が、同時に身を乗り出す。
俺にも誰なのかわかった。
「507号室の一条春菜さんですね、大家さん」
「はい、一条さんです。この男性は、彼女の恋人なのかな?」
大家の頭越しに、水野さんと目を合わせた。
おそらくこの男が、苦情の件を相談したという親しい知人『ともやさん』だろう。
「それにしても一条さん、足元がおぼつかない。ずいぶん酔っているみたいですな」
水野さんが注意深く画面に見入る。
「彼氏にべったりと、もたれていますよ。デートの帰りに送ってもらったんでしょうなあ。いいですねえ、若い人は」
呑気な感想を漏らす大家の横で、俺はちょっとした違和感を覚えた。
モニターに映る男は、一条春菜の恋人で間違いない。
しかし、付き合い始めたばかりにしては、親密すぎる気がした。彼女はもっと、慎重なタイプに思えたのだが。
男っ気のない一人暮らしの部屋が頭に浮かんだ。
「しかし刑事さん、この男性は無関係だと思いますがねえ。すぐに帰ったみたいだし」
「ふむ。一条さんを部屋まで送り届けて、三十分ほどでアパートを出て行った、か……」
「はい」
水野さんはモニターを睨んだまま、俺に確認する。予想どおりの結果なので、納得の口調だ。
やはり、一条春菜のポストに苦情を入れたのは、鳥宮優一朗だった。
四月八日の深夜、鳥宮が周りをキョロキョロしながら集合ポストの前に現れた。そして507のポストに白い紙をサッと入れて、逃げるように外へ出て行くのが映っている。
「本当に、鳥宮さんだったんですねえ」
大家が意外そうにつぶやく。
「隣の物音を気にするような人とは、思いませんでした。ましてや、こんな風に苦情を入れるなんて。だって、これまでトラブルを起こしたことはないし、大人しい青年なんですよ?」
大家は鳥宮の癖を知らない。
迷惑行為などするはずもない、人畜無害な人間に見えていたのだ。
首をかしげる大家をよそに、俺と水野さんはデータのチェックを続けた。
ポストに紙を入れた鳥宮は外に出て行き、やがて帰ってきた。いそいそとした足取り。両手にコンビニ袋をぶら下げている。
「こんな夜中にコンビニか。えらく買い込んできたな」
コンビニ袋を拡大してもらった。
どうやら中身は菓子、ペットボトルなどの食料品だ。それから……
「片方の袋に、大きな箱が入ってるな」
「ええ。ちょうど、鳥宮の部屋にあるフィギュアの大きさですね」
この夜、鳥宮はコンビニでくじを引き、『エリナ』の復刻フィギュアを当てたのだ。
俺は昨日、緑大学前駅の向かいにあるコンビニで、鳥宮について聞き込みを行っている。
店長に鳥宮の写真を見せると、ひんぱんに来る客だと言った。
『たいていは、雑誌コーナーで長時間立ち読みして、何も買わずにお帰りになられます。大柄な方なので目につきましたね。でもアルバイトの話では、最近になって、ずいぶん散財するようになったとか。特に、一回五百円のくじを何べんも引くんで、驚いたと言っていました』
鳥宮はこの時点で、金を手に入れている。なぜかは分からないが、運が巡ってきたということだ。
ちなみに、鳥宮が誰かと一緒だったという目撃情報はない。
「では次に、鳥宮さんが転落したと推定される時間帯のデータを見せてください」
鳥宮優一朗がベランダに出て手すりに上り、駐車場に転落したのは、四月十八日午前四時半から五時にかけて。
外は真っ暗で、雨が激しく降っていた。
「エントランスと非常階段下の、二か所ともですね」
「はい、お願いします」
「わかりました」
長谷部課長は神妙な顔つきで、パソコンを操作する。
鳥宮優一朗が隣人のポストに苦情を入れていた。彼の行動に何らかの問題があると察し、管理会社の人間として緊張を覚えるのだろう。
該当する映像がモニターに映し出された。
四人とも食い入るように見つめるが、鳥宮が転落した時間帯に、アパートに出入りする人物は見られなかった。
住人への聞き取り調査の結果と同じである。
「今度は、バックしてもらえますか」
水野さんは、午前四時半より前のデータを求めた。
映像が早戻しされていく。前の晩になると、エントランスを出入りする人間が散見された。いずれもアパートの住人であったが……
「あっ、この人は違います」
大家がストップをかけた。モニターに、一人の男が映っている。エントランスを出て行くところだ。
四月十七日 午後九時五十九分――
「この人を、ご存知ですか」
水野さんが訊くと、大家は首を横に振った。
「いいえ、見たことのない顔です。住人の誰かを訪ねてきたんでしょう」
年齢は三十代前半くらい。髪も服装もきちんとしている。なかなかの男前だ。
男の映像を保存し、さらに時間を遡る。
すると、午後九時三十二分――先ほどの男と、男に抱えられるようにしてエントランスに入ってきた女がいた。
「おや、この人は……」
水野さんと大家が、同時に身を乗り出す。
俺にも誰なのかわかった。
「507号室の一条春菜さんですね、大家さん」
「はい、一条さんです。この男性は、彼女の恋人なのかな?」
大家の頭越しに、水野さんと目を合わせた。
おそらくこの男が、苦情の件を相談したという親しい知人『ともやさん』だろう。
「それにしても一条さん、足元がおぼつかない。ずいぶん酔っているみたいですな」
水野さんが注意深く画面に見入る。
「彼氏にべったりと、もたれていますよ。デートの帰りに送ってもらったんでしょうなあ。いいですねえ、若い人は」
呑気な感想を漏らす大家の横で、俺はちょっとした違和感を覚えた。
モニターに映る男は、一条春菜の恋人で間違いない。
しかし、付き合い始めたばかりにしては、親密すぎる気がした。彼女はもっと、慎重なタイプに思えたのだが。
男っ気のない一人暮らしの部屋が頭に浮かんだ。
「しかし刑事さん、この男性は無関係だと思いますがねえ。すぐに帰ったみたいだし」
「ふむ。一条さんを部屋まで送り届けて、三十分ほどでアパートを出て行った、か……」
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