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「気に入ってくれて良かった。たくさん食べて、デートを楽しもう」
水樹さんはご機嫌だ。
違和感はあるが、彼が私のためにこの店を予約してくれたのは確かだ。私が好みそうな雰囲気を優先してくれたと受け取ればいい。
ロマンチックなムードを期待していなかった……と言えば嘘になるけど。
こんな私とデートしてくれるのだから、ありがたく思わなければ。
「ようこそ、ORANGEへ。ご注文はお決まりですか?」
店員が注文を取りにきた。
水樹さんは二人で取り分けるセットにしようと言い、私にパスタとピザの種類を選ばせてくれた。
「えっと、ペスカトーレと、じゃこときのこの和風ピザなんてどうですか?」
私が提案すると、彼は「いいね」と頷く。
「でも、これも美味いんだよなあ」
「えっ?」
水樹さんは独り言のようにつぶやき、メニューの一箇所を指差す。
四種のチーズと蜂蜜のピザだ。
「では、それにしましょうか。私、甘いピザも好きですよ」
私の言葉に、水樹さんは目を輝かせる。
「本当に?」
「え、ええ」
よほどこのピザが好きなのだ。
甘いピザは女性人気が高いので意外な気がするが、水樹さんの好みを知ることができて嬉しい。
「パスタはペスカトーレ。ピザはクアトロフォルマッジ。お飲み物はセットに追加で、グラスワインをお二つですね」
店員は注文を復唱し、サラダバーとドリンクバーの案内をしてから立ち去った。
「それじゃ、サラダを取りにいこうか」
水樹さんは先に立って歩いた。
サラダバーでは慣れた仕草で皿を取り、水菜やパプリカ、ベビーコーンにトマト、かぼちゃのソテーなど盛り付けていく。
その滑らかな動作を見て、ふと思う。
水樹さんは、この店のシステムにずいぶん慣れている。もしかして、『ORANGE』によく来るのではないか。
(ひょっとして、リピーターだったりして)
でも、私が気に入りそうな店だから予約したと言った。リピーターというのは、考えすぎかもしれない。
「どうかした?」
「えっ?」
つい、じろじろと観察してしまった。私は視線をサラダバーに移し、それとなく問いかける。
「いえ、その……水樹さんもパスタがお好きなのかなと」
「僕?」
見ると、彼はサラダにシーザードレッシングをたっぷりかけている。カラフルに盛り付けられた野菜の山が、白くコーティングされた。
「さあ、どうだろうね」
謎めいた答えと、微かな笑み。
その横顔があまりにも魅惑的なので、私は何を疑問に思ったのか、すっかり忘れてしまった。
「なるほど。ひと口に書店員といっても、様々な業務があるんだな。同じ接客業だから共感する部分も多いけど、販売術の違いが面白いよ」
「私も、水樹さんのお仕事が興味深いです。靴の世界は奥が深いのですね」
私達は食事しながら、互いの仕事について会話した。堅苦しいテーマのようで、あんがい楽しいのは、水樹さんが話し上手だから。
知的で、ユーモアがあって、独りよがりではない話し方に私はうっとりする。もちろん、整った顔立ちと、時々まっすぐに見つめてくる眼差しにも。
水樹さんは、サラダバーで野菜を盛り付ける姿すら絵になる男性なのだ。
私はあらためて、彼がいかにイケメンであるのか理解する。こうして正面から向き合って食事をし、言葉を交わすうちに、『好き』という感情がどんどん高まるのを実感する。ワインではなく、水樹智哉という理想的な男性に、酔わされていく。
やがてドルチェが運ばれてきた。
オレンジのパンナ・コッタだ。柑橘類が好きな私は、頬を緩ませる。
「ところで、この前、何か悩んでる様子だったけど」
「えっ?」
スプーンを口に運ぶのを止めて、水樹さんを見る。今夜一番の真顔だった。
「仕事の帰り道に、電話をくれただろう」
「あっ」
アパートの住人から苦情をもらった日だ。
駅前のコンビニを出たあと、不安と孤独感に襲われた。心細くて、つい水樹さんに電話をかけてしまったのだ。
「あの時は、ごめんなさい。いきなり電話してしまって」
「そんなことはいいよ。それで、本当は何があったんだ? もしまだ悩んでるなら、相談に乗るよ」
「水樹さん……」
誠実な態度で向き合ってくれる。私の心はもう、酔わされるどころか、いまや完全に彼のものだった。
「嬉しいです。あなたにそんな風に、心配してもらえるなんて……」
「ああ、心配してる。君のことはいつも」
――君のことは、放っておけない。男として、ね。
あの夜、耳元で囁かれた彼の言葉。今も忘れない、忘れられない。
水樹さんは私にとって、特別な男性。好意を素直に受け入れ、頼ってしまえばいい。彼もそれを求めている。
運命を感じているのだ。
「実は、今住んでいるアパートのことで……」
「ごめん、ちょっと待ってくれ」
水樹さんは喉が渇いたと言い、ドリンクバーに立った。戻ってくると、炭酸水のグラスを二つテーブルに置く。
「君もどうぞ」
「ありがとうございます」
彼は炭酸水をごくごくと飲んだ。私も釣られるように、グラスを一気に空ける。
「さあ、いいよ。聞かせてくれ」
私の話に、水樹さんが集中するのが分かった。
二人の周りから、あらゆる音が消えていく。家族連れの賑やかさも、おそらく彼の耳には聞こえていない。私も、聞こえなかった。
水樹さんはご機嫌だ。
違和感はあるが、彼が私のためにこの店を予約してくれたのは確かだ。私が好みそうな雰囲気を優先してくれたと受け取ればいい。
ロマンチックなムードを期待していなかった……と言えば嘘になるけど。
こんな私とデートしてくれるのだから、ありがたく思わなければ。
「ようこそ、ORANGEへ。ご注文はお決まりですか?」
店員が注文を取りにきた。
水樹さんは二人で取り分けるセットにしようと言い、私にパスタとピザの種類を選ばせてくれた。
「えっと、ペスカトーレと、じゃこときのこの和風ピザなんてどうですか?」
私が提案すると、彼は「いいね」と頷く。
「でも、これも美味いんだよなあ」
「えっ?」
水樹さんは独り言のようにつぶやき、メニューの一箇所を指差す。
四種のチーズと蜂蜜のピザだ。
「では、それにしましょうか。私、甘いピザも好きですよ」
私の言葉に、水樹さんは目を輝かせる。
「本当に?」
「え、ええ」
よほどこのピザが好きなのだ。
甘いピザは女性人気が高いので意外な気がするが、水樹さんの好みを知ることができて嬉しい。
「パスタはペスカトーレ。ピザはクアトロフォルマッジ。お飲み物はセットに追加で、グラスワインをお二つですね」
店員は注文を復唱し、サラダバーとドリンクバーの案内をしてから立ち去った。
「それじゃ、サラダを取りにいこうか」
水樹さんは先に立って歩いた。
サラダバーでは慣れた仕草で皿を取り、水菜やパプリカ、ベビーコーンにトマト、かぼちゃのソテーなど盛り付けていく。
その滑らかな動作を見て、ふと思う。
水樹さんは、この店のシステムにずいぶん慣れている。もしかして、『ORANGE』によく来るのではないか。
(ひょっとして、リピーターだったりして)
でも、私が気に入りそうな店だから予約したと言った。リピーターというのは、考えすぎかもしれない。
「どうかした?」
「えっ?」
つい、じろじろと観察してしまった。私は視線をサラダバーに移し、それとなく問いかける。
「いえ、その……水樹さんもパスタがお好きなのかなと」
「僕?」
見ると、彼はサラダにシーザードレッシングをたっぷりかけている。カラフルに盛り付けられた野菜の山が、白くコーティングされた。
「さあ、どうだろうね」
謎めいた答えと、微かな笑み。
その横顔があまりにも魅惑的なので、私は何を疑問に思ったのか、すっかり忘れてしまった。
「なるほど。ひと口に書店員といっても、様々な業務があるんだな。同じ接客業だから共感する部分も多いけど、販売術の違いが面白いよ」
「私も、水樹さんのお仕事が興味深いです。靴の世界は奥が深いのですね」
私達は食事しながら、互いの仕事について会話した。堅苦しいテーマのようで、あんがい楽しいのは、水樹さんが話し上手だから。
知的で、ユーモアがあって、独りよがりではない話し方に私はうっとりする。もちろん、整った顔立ちと、時々まっすぐに見つめてくる眼差しにも。
水樹さんは、サラダバーで野菜を盛り付ける姿すら絵になる男性なのだ。
私はあらためて、彼がいかにイケメンであるのか理解する。こうして正面から向き合って食事をし、言葉を交わすうちに、『好き』という感情がどんどん高まるのを実感する。ワインではなく、水樹智哉という理想的な男性に、酔わされていく。
やがてドルチェが運ばれてきた。
オレンジのパンナ・コッタだ。柑橘類が好きな私は、頬を緩ませる。
「ところで、この前、何か悩んでる様子だったけど」
「えっ?」
スプーンを口に運ぶのを止めて、水樹さんを見る。今夜一番の真顔だった。
「仕事の帰り道に、電話をくれただろう」
「あっ」
アパートの住人から苦情をもらった日だ。
駅前のコンビニを出たあと、不安と孤独感に襲われた。心細くて、つい水樹さんに電話をかけてしまったのだ。
「あの時は、ごめんなさい。いきなり電話してしまって」
「そんなことはいいよ。それで、本当は何があったんだ? もしまだ悩んでるなら、相談に乗るよ」
「水樹さん……」
誠実な態度で向き合ってくれる。私の心はもう、酔わされるどころか、いまや完全に彼のものだった。
「嬉しいです。あなたにそんな風に、心配してもらえるなんて……」
「ああ、心配してる。君のことはいつも」
――君のことは、放っておけない。男として、ね。
あの夜、耳元で囁かれた彼の言葉。今も忘れない、忘れられない。
水樹さんは私にとって、特別な男性。好意を素直に受け入れ、頼ってしまえばいい。彼もそれを求めている。
運命を感じているのだ。
「実は、今住んでいるアパートのことで……」
「ごめん、ちょっと待ってくれ」
水樹さんは喉が渇いたと言い、ドリンクバーに立った。戻ってくると、炭酸水のグラスを二つテーブルに置く。
「君もどうぞ」
「ありがとうございます」
彼は炭酸水をごくごくと飲んだ。私も釣られるように、グラスを一気に空ける。
「さあ、いいよ。聞かせてくれ」
私の話に、水樹さんが集中するのが分かった。
二人の周りから、あらゆる音が消えていく。家族連れの賑やかさも、おそらく彼の耳には聞こえていない。私も、聞こえなかった。
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