14 / 236
雨の夜
5
しおりを挟む
「やだー、怖ーい。一条さんも一人暮らしだし、気を付けたほうがいいですよお」
土屋さんは怯えたポーズを取り、大げさに震えた。いかにも怖がってる風だが、そのわりに弾んだ声に聞こえるのは気のせいだろうか。
「でっ、でも、事件があったのは別のアパートだから。ものすごく古い木造のアパートで、ちょっとした音も隣に大きく響いたらしくて、事件前から揉めてたそうです。一条さんのメゾン城田って、確か鉄筋ですよね?」
「う、うん」
「それなら、遮音性が高くて安心ですね」
土屋さんの態度が恐怖心を煽ると見てか、山賀さんが慌ててフォローした。
「ええー、鉄筋だからって安心できないよ。構造によっては壁が薄くて、音が響くっていうじゃん?」
「でも、古い木造に比べたら全然いいよっ」
山賀さんは悪気があって、話題を出したのではない。たまたま事件のことを思い付き、何の気なしに喋っただけだ。
どちらかといえば、あからさまに怯えてみせる土屋さんのほうに、悪意を感じてしまう。
言い合う二人に挟まれ、何だかいたたまれない。私はバッグを持ち、時計をチラ見する。
「さて、そろそろ行かなくちゃ」
仕事に戻ろうとすると、土屋さんが「休憩時間、まだ残ってますよー」と引き留めてきた。
「いろいろ、やることがあるから」
実際、新しい職場で覚えることはたくさんある。それに、副店長とはいえ新入りの私だ。のんびりしていられない。
「さっすがー。真面目なんですねえ」
「……」
やはり、土屋さんの物言いは棘がある。どうやら私をライバル視しているらしい。
本店でも、企画を積極的に立ち上げ売上を伸ばす私を、敵視する人がいた。それは皆、年上の先輩社員だった。
(土屋さんは年下だけど、アルバイト経験を含めたら冬月書店で働く年数は私より長い。つまり『先輩』だ。最初にアピールしてきたのは、ライバル宣言だったのね)
このねじれた関係、ひどくやっかいに感じられる。彼女との付き合いはクールに、仕事上のやり取りに留めるのが正解だろう。
「それじゃ、お先に」
休憩室の出口へと足早に歩く。すると、足音がぱたぱたと追いかけてくる。
見ると、山賀さんだ。
「どうしたの?」
「あの、さっきの話ですけど、変なこと言ってすみませんでした」
事件のことだ。わざわざ謝りにくるなんて、この人はずいぶんお人好しである。
仲の良い土屋さんが、私をライバル視しているのを分かっているだろうに。
「事件があったのは、すみれ荘っていう木造アパートです。メゾン城田とは離れたところにある……」
「もう気にしないで、大丈夫」
私が微笑むと、山賀さんはホッとした様子になる。だが、すぐ神妙な顔つきになり、
「でも、油断しないでくださいね。城田町は田舎で平和なところですけど、公園とか、藪とか、ちょっとした暗がりがあちこちにあります。事件なんてめったに起こらないから、警察のパトロールが少ないし。余計なことかもしれませんが、地元民として一応」
「……ありがとう。山賀さんと同じ町に住むことになって、良かったわ。これからもよろしくね」
「は、はいっ」
山賀さんはお辞儀をして、テーブルに戻っていった。土屋さんが不満そうな顔で、彼女に何か言っている。
(やれやれ……)
山賀さんのおかげで、私を神経質にさせている要素が一つ消えた――はずが、増えてしまったような。
悪意のない親切ほど、かえって不安を煽るのだと知った。
土屋さんは怯えたポーズを取り、大げさに震えた。いかにも怖がってる風だが、そのわりに弾んだ声に聞こえるのは気のせいだろうか。
「でっ、でも、事件があったのは別のアパートだから。ものすごく古い木造のアパートで、ちょっとした音も隣に大きく響いたらしくて、事件前から揉めてたそうです。一条さんのメゾン城田って、確か鉄筋ですよね?」
「う、うん」
「それなら、遮音性が高くて安心ですね」
土屋さんの態度が恐怖心を煽ると見てか、山賀さんが慌ててフォローした。
「ええー、鉄筋だからって安心できないよ。構造によっては壁が薄くて、音が響くっていうじゃん?」
「でも、古い木造に比べたら全然いいよっ」
山賀さんは悪気があって、話題を出したのではない。たまたま事件のことを思い付き、何の気なしに喋っただけだ。
どちらかといえば、あからさまに怯えてみせる土屋さんのほうに、悪意を感じてしまう。
言い合う二人に挟まれ、何だかいたたまれない。私はバッグを持ち、時計をチラ見する。
「さて、そろそろ行かなくちゃ」
仕事に戻ろうとすると、土屋さんが「休憩時間、まだ残ってますよー」と引き留めてきた。
「いろいろ、やることがあるから」
実際、新しい職場で覚えることはたくさんある。それに、副店長とはいえ新入りの私だ。のんびりしていられない。
「さっすがー。真面目なんですねえ」
「……」
やはり、土屋さんの物言いは棘がある。どうやら私をライバル視しているらしい。
本店でも、企画を積極的に立ち上げ売上を伸ばす私を、敵視する人がいた。それは皆、年上の先輩社員だった。
(土屋さんは年下だけど、アルバイト経験を含めたら冬月書店で働く年数は私より長い。つまり『先輩』だ。最初にアピールしてきたのは、ライバル宣言だったのね)
このねじれた関係、ひどくやっかいに感じられる。彼女との付き合いはクールに、仕事上のやり取りに留めるのが正解だろう。
「それじゃ、お先に」
休憩室の出口へと足早に歩く。すると、足音がぱたぱたと追いかけてくる。
見ると、山賀さんだ。
「どうしたの?」
「あの、さっきの話ですけど、変なこと言ってすみませんでした」
事件のことだ。わざわざ謝りにくるなんて、この人はずいぶんお人好しである。
仲の良い土屋さんが、私をライバル視しているのを分かっているだろうに。
「事件があったのは、すみれ荘っていう木造アパートです。メゾン城田とは離れたところにある……」
「もう気にしないで、大丈夫」
私が微笑むと、山賀さんはホッとした様子になる。だが、すぐ神妙な顔つきになり、
「でも、油断しないでくださいね。城田町は田舎で平和なところですけど、公園とか、藪とか、ちょっとした暗がりがあちこちにあります。事件なんてめったに起こらないから、警察のパトロールが少ないし。余計なことかもしれませんが、地元民として一応」
「……ありがとう。山賀さんと同じ町に住むことになって、良かったわ。これからもよろしくね」
「は、はいっ」
山賀さんはお辞儀をして、テーブルに戻っていった。土屋さんが不満そうな顔で、彼女に何か言っている。
(やれやれ……)
山賀さんのおかげで、私を神経質にさせている要素が一つ消えた――はずが、増えてしまったような。
悪意のない親切ほど、かえって不安を煽るのだと知った。
0
お気に入りに追加
132
あなたにおすすめの小説
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
彩霞堂
綾瀬 りょう
ミステリー
無くした記憶がたどり着く喫茶店「彩霞堂」。
記憶を無くした一人の少女がたどりつき、店主との会話で消し去りたかった記憶を思い出す。
以前ネットにも出していたことがある作品です。
高校時代に描いて、とても思い入れがあります!!
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
三部作予定なので、そこまで書ききれるよう、頑張りたいです!!!!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
怪奇事件捜査File1首なしライダー編(科学)
揚惇命
ミステリー
これは、主人公の出雲美和が怪奇課として、都市伝説を基に巻き起こる奇妙な事件に対処する物語である。怪奇課とは、昨今の奇妙な事件に対処するために警察組織が新しく設立した怪奇事件特別捜査課のこと。巻き起こる事件の数々、それらは、果たして、怪異の仕業か?それとも誰かの作為的なものなのか?捜査を元に解決していく物語。
File1首なしライダー編は完結しました。
※アルファポリス様では、科学的解決を展開します。ホラー解決をお読みになりたい方はカクヨム様で展開するので、そちらも合わせてお読み頂けると幸いです。捜査編終了から1週間後に解決編を展開する予定です。
※小説家になろう様・カクヨム様でも掲載しています。
戦憶の中の殺意
ブラックウォーター
ミステリー
かつて戦争があった。モスカレル連邦と、キーロア共和国の国家間戦争。多くの人間が死に、生き残った者たちにも傷を残した
そして6年後。新たな流血が起きようとしている。私立芦川学園ミステリー研究会は、長野にあるロッジで合宿を行う。高森誠と幼なじみの北条七美を含む総勢6人。そこは倉木信宏という、元軍人が経営している。
倉木の戦友であるラバンスキーと山瀬は、6年前の戦争に絡んで訳ありの様子。
二日目の早朝。ラバンスキーと山瀬は射殺体で発見される。一見して撃ち合って死亡したようだが……。
その場にある理由から居合わせた警察官、沖田と速水とともに、誠は真実にたどり着くべく推理を開始する。
ファクト ~真実~
華ノ月
ミステリー
主人公、水無月 奏(みなづき かなで)はひょんな事件から警察の特殊捜査官に任命される。
そして、同じ特殊捜査班である、透(とおる)、紅蓮(ぐれん)、槙(しん)、そして、室長の冴子(さえこ)と共に、事件の「真実」を暴き出す。
その事件がなぜ起こったのか?
本当の「悪」は誰なのか?
そして、その事件と別で最終章に繋がるある真実……。
こちらは全部で第七章で構成されています。第七章が最終章となりますので、どうぞ、最後までお読みいただけると嬉しいです!
よろしくお願いいたしますm(__)m
瞳に潜む村
山口テトラ
ミステリー
人口千五百人以下の三角村。
過去に様々な事故、事件が起きた村にはやはり何かしらの祟りという名の呪いは存在するのかも知れない。
この村で起きた奇妙な事件を記憶喪失の青年、桜は遭遇して自分の記憶と対峙するのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる