13 / 236
雨の夜
4
しおりを挟む
店長が言ったとおり、休憩室は空いていた。大小のテーブルがきれいに配置された部屋には、館内放送のBGMと、コーヒーの香りが漂っている。
私達三人は、自動販売機の前にある丸テーブルを囲んだ。
(水樹さんは、いないみたい……)
もうお昼を済ませたのだろうか。それとも、外食派だったりして――いや、あれこれ推測しても無駄である。私はまだ、彼のことを何も知らないのだ。
期待しただけに落胆するが、顔には出さずにおいた。なぜか土屋さんが、私のことをじっと見ている。
「なに?」
「いえ、誰か探してるみたいだから。このビルに、お知り合いでもいるのかなあって」
内心、ギクリとする。キョロキョロしたわけじゃないのに、なぜそこまで分かるのだ。
「う、うん、ちょっとね」
勘の鋭そうな土屋さんに、彼のことを話すのはためらわれる。
口を濁す私に彼女は小首を傾げるが、特に追及してこず、ランチバッグを開いた。
私もバッグから弁当を取り出していると、アルバイトの子が、おずおずと声をかけてきた。
「あのう、はじめまして。私、アルバイトの山賀と申します。ライトノベルの担当で、週三日働いています」
「あっ、ごめんなさい。こちらこそはじめまして。よろしくお願いします」
ごく自然に連れ立ってきたので、うっかり挨拶を忘れていた。私は椅子の上であらたまり、ぺこりと頭を下げた。
「ライトノベルというと、土屋さんの班ですね」
「はい」
土屋さんと同じく今時の女の子っぽい雰囲気だが、山賀さんは口調が真面目で、やや控えめな感じがする。
「山っちは地元のコなんです。いろいろ情報通だし、マーケティングの面で頼りになりますよー」
「そうなんですね」
彼女達はかなり仲が良さそうだ。
そういえば、お揃いのランチバッグを使っている。
「そんな、情報通だなんて。地元といっても三駅向こうの田舎に住んでるし、この辺りのことは、あまり詳しくないです」
私は弁当の蓋を開けようとして、手を止めた。
「三駅向こうって、もしかして『緑大学前駅』?」
アパートの最寄駅を出すと、山賀さんは目をぱちくりとさせる。
「えっ、一条さんも城田町ですか?」
「うん。駅から徒歩五分のアパートに住んでる」
話をすると、山賀さんの自宅はメゾン城田の近所だった。彼女は城田町で生まれ育ち、今は地元の短期大学に通っているという。
「わあ、ご近所さんがいて良かったですね、一条さん! お値打ちなスーパーとか、地元ならではの情報をもらえますよ」
「そ、そうだね」
お値打ち情報はともかく、地元をよく知る人の存在は心強い。引っ越してからこれまで、私を神経質にさせていた要素が、一つ解消された気がする。
「それにしても、駅から徒歩五分って、通勤ラクラクで羨ましいです。いいとこ見つかって良かったですねー。私なんて乗り換え含めて四十分もかかっちゃう」
「つっちーは実家住みだもん。駅ビル周辺の物件探してみたら? 近場のアパートに引っ越せば解決だよ」
土屋さんと山賀さんは、サンドウィッチを頬張りながらお喋りする。親しげに呼び合う二人は本当に仲良しのようで、よく見るとランチバッグだけでなく、ランチケースとナフキンまでお揃いである。
「だよねー。でも、今のお給料じゃ苦しくって無理。あーあ、早く出世して、一人暮らししたいなあ」
私のことをチラッと見る。
何か言いたげな視線だが、笑顔を作ってスルーした。あまり感じのいい目つきではない。
「あっ、そうだ。一条さん、メゾン城田の周りってアパートがたくさん集まってますよね。半年くらい前に、あの辺りで事件があったんですよ。隣人トラブルが原因とかで」
山賀さんが急に思い出したように言う。私も土屋さんも、食べるのをやめて彼女に注目する。
「事件?」
復唱する私に、山賀さんは神妙な顔で頷く。
「あー、知ってる。一人暮らしのOLが、隣に住んでる学生に襲われたんだよね」
土屋さんが興奮気味に割り込んできた。大きな声だったので、休憩中の人達がこちらを振り返る。山賀さんは気まずそうな様子になり、声を抑えるよう彼女にジェスチャーした。
「襲われたって……そのOLさん、どうなったの?」
恐る恐る訊くと、山賀さんは声を潜めて、
「殺されちゃいました」
頭の中で、ドアを閉めて施錠する音が響く。
今住んでいる場所の近くで起こったという物騒な事件を、私は無意識に、自分の状況に重ね合わせていた。
私達三人は、自動販売機の前にある丸テーブルを囲んだ。
(水樹さんは、いないみたい……)
もうお昼を済ませたのだろうか。それとも、外食派だったりして――いや、あれこれ推測しても無駄である。私はまだ、彼のことを何も知らないのだ。
期待しただけに落胆するが、顔には出さずにおいた。なぜか土屋さんが、私のことをじっと見ている。
「なに?」
「いえ、誰か探してるみたいだから。このビルに、お知り合いでもいるのかなあって」
内心、ギクリとする。キョロキョロしたわけじゃないのに、なぜそこまで分かるのだ。
「う、うん、ちょっとね」
勘の鋭そうな土屋さんに、彼のことを話すのはためらわれる。
口を濁す私に彼女は小首を傾げるが、特に追及してこず、ランチバッグを開いた。
私もバッグから弁当を取り出していると、アルバイトの子が、おずおずと声をかけてきた。
「あのう、はじめまして。私、アルバイトの山賀と申します。ライトノベルの担当で、週三日働いています」
「あっ、ごめんなさい。こちらこそはじめまして。よろしくお願いします」
ごく自然に連れ立ってきたので、うっかり挨拶を忘れていた。私は椅子の上であらたまり、ぺこりと頭を下げた。
「ライトノベルというと、土屋さんの班ですね」
「はい」
土屋さんと同じく今時の女の子っぽい雰囲気だが、山賀さんは口調が真面目で、やや控えめな感じがする。
「山っちは地元のコなんです。いろいろ情報通だし、マーケティングの面で頼りになりますよー」
「そうなんですね」
彼女達はかなり仲が良さそうだ。
そういえば、お揃いのランチバッグを使っている。
「そんな、情報通だなんて。地元といっても三駅向こうの田舎に住んでるし、この辺りのことは、あまり詳しくないです」
私は弁当の蓋を開けようとして、手を止めた。
「三駅向こうって、もしかして『緑大学前駅』?」
アパートの最寄駅を出すと、山賀さんは目をぱちくりとさせる。
「えっ、一条さんも城田町ですか?」
「うん。駅から徒歩五分のアパートに住んでる」
話をすると、山賀さんの自宅はメゾン城田の近所だった。彼女は城田町で生まれ育ち、今は地元の短期大学に通っているという。
「わあ、ご近所さんがいて良かったですね、一条さん! お値打ちなスーパーとか、地元ならではの情報をもらえますよ」
「そ、そうだね」
お値打ち情報はともかく、地元をよく知る人の存在は心強い。引っ越してからこれまで、私を神経質にさせていた要素が、一つ解消された気がする。
「それにしても、駅から徒歩五分って、通勤ラクラクで羨ましいです。いいとこ見つかって良かったですねー。私なんて乗り換え含めて四十分もかかっちゃう」
「つっちーは実家住みだもん。駅ビル周辺の物件探してみたら? 近場のアパートに引っ越せば解決だよ」
土屋さんと山賀さんは、サンドウィッチを頬張りながらお喋りする。親しげに呼び合う二人は本当に仲良しのようで、よく見るとランチバッグだけでなく、ランチケースとナフキンまでお揃いである。
「だよねー。でも、今のお給料じゃ苦しくって無理。あーあ、早く出世して、一人暮らししたいなあ」
私のことをチラッと見る。
何か言いたげな視線だが、笑顔を作ってスルーした。あまり感じのいい目つきではない。
「あっ、そうだ。一条さん、メゾン城田の周りってアパートがたくさん集まってますよね。半年くらい前に、あの辺りで事件があったんですよ。隣人トラブルが原因とかで」
山賀さんが急に思い出したように言う。私も土屋さんも、食べるのをやめて彼女に注目する。
「事件?」
復唱する私に、山賀さんは神妙な顔で頷く。
「あー、知ってる。一人暮らしのOLが、隣に住んでる学生に襲われたんだよね」
土屋さんが興奮気味に割り込んできた。大きな声だったので、休憩中の人達がこちらを振り返る。山賀さんは気まずそうな様子になり、声を抑えるよう彼女にジェスチャーした。
「襲われたって……そのOLさん、どうなったの?」
恐る恐る訊くと、山賀さんは声を潜めて、
「殺されちゃいました」
頭の中で、ドアを閉めて施錠する音が響く。
今住んでいる場所の近くで起こったという物騒な事件を、私は無意識に、自分の状況に重ね合わせていた。
0
お気に入りに追加
131
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作


【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
マクデブルクの半球
ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。
高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。
電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう───
「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」
自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる