恋の記録

藤谷 郁

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レザーソール

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帰りの電車の中、私は水樹さんの名刺を取り出し、じっと見つめた。


(ああ、まだ信じられない)


理想の男性と運命的な出会いを果たしてしまった。

しかも、彼のほうからアプローチしてくるなんて……


『今度、ゆっくり食事でもしないか』と、真面目な口調で彼は誘ってきた。

私は何も考えずに頷き、促されるまま、スマートフォンのアドレスを交換した。ドキドキしすぎて指先が震えるのを、彼は気付いただろうか。


(本気なんだよね、水樹さん)


彼のようにきちっとした人が、軽い気持ちでナンパするとは思えない。信じられないけど、信じてもいいと私は感じている。


車内にアナウンスが流れ、駅が近付いたことを教える。私は名刺を大事にしまってから座席を立ち、ドアの前に移動した。


「あっ」


ホームに入る少し手前の線路に分岐器《ポイント》があり、車両がガクンと揺れた。

手すりにつかまっていなかった私はよろめき、横に立つ人に肩をぶつけてしまった。


「すっ、すみません」


背が高く、がっしりとした体躯の男性だ。私をじろりと睨んで、ぷいと顔を背けた。


(怖……)


ぼさぼさの髪に、無精ひげ。作業服の上にくたびれたジャンパーを羽織っている。一瞬見えた顔は、かなりのコワモテだった。

水樹さんと同年代のようだが、スマートで紳士な彼とは真逆のタイプである。


(ぶつかったのは悪いけど、睨まなくてもいいのに)


電車が停まり、ドアが開いた。

コワモテの男性が降りるのを見て、何となくいやな気持ちになる。同じ駅を利用するということは、今後も出くわす可能性が高い。


だけど、私はすぐに気を取り直す。日頃の経験から、あきらめも大事だと学んでいた。


(いろんな人がいるものね、しょうがないよ)


接客業に携わっていると、人間は多種多様な生き物だと気付かされる。それが当たり前であり、人間社会というもの。

苦手だからといって、その人を消すわけにいかない。

それに、駅で出くわすくらい平気だ。あんな怖そうな人と同じアパートだったら、最悪だけど……などと考えながら改札を出た。


「そうだ、夕飯の材料を買わなくちゃ!」


大事な買い物を忘れるところだった。

コワモテ男より食材である。何しろ明日は、副店長として初出勤する日。しっかり食べて、元気に働かなければ。

パスケースをバッグにしまい、駅前のスーパーに駆け込んだ。 





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