8 / 236
レザーソール
8
しおりを挟む
帰りの電車の中、私は水樹さんの名刺を取り出し、じっと見つめた。
(ああ、まだ信じられない)
理想の男性と運命的な出会いを果たしてしまった。
しかも、彼のほうからアプローチしてくるなんて……
『今度、ゆっくり食事でもしないか』と、真面目な口調で彼は誘ってきた。
私は何も考えずに頷き、促されるまま、スマートフォンのアドレスを交換した。ドキドキしすぎて指先が震えるのを、彼は気付いただろうか。
(本気なんだよね、水樹さん)
彼のようにきちっとした人が、軽い気持ちでナンパするとは思えない。信じられないけど、信じてもいいと私は感じている。
車内にアナウンスが流れ、駅が近付いたことを教える。私は名刺を大事にしまってから座席を立ち、ドアの前に移動した。
「あっ」
ホームに入る少し手前の線路に分岐器《ポイント》があり、車両がガクンと揺れた。
手すりにつかまっていなかった私はよろめき、横に立つ人に肩をぶつけてしまった。
「すっ、すみません」
背が高く、がっしりとした体躯の男性だ。私をじろりと睨んで、ぷいと顔を背けた。
(怖……)
ぼさぼさの髪に、無精ひげ。作業服の上にくたびれたジャンパーを羽織っている。一瞬見えた顔は、かなりのコワモテだった。
水樹さんと同年代のようだが、スマートで紳士な彼とは真逆のタイプである。
(ぶつかったのは悪いけど、睨まなくてもいいのに)
電車が停まり、ドアが開いた。
コワモテの男性が降りるのを見て、何となくいやな気持ちになる。同じ駅を利用するということは、今後も出くわす可能性が高い。
だけど、私はすぐに気を取り直す。日頃の経験から、あきらめも大事だと学んでいた。
(いろんな人がいるものね、しょうがないよ)
接客業に携わっていると、人間は多種多様な生き物だと気付かされる。それが当たり前であり、人間社会というもの。
苦手だからといって、その人を消すわけにいかない。
それに、駅で出くわすくらい平気だ。あんな怖そうな人と同じアパートだったら、最悪だけど……などと考えながら改札を出た。
「そうだ、夕飯の材料を買わなくちゃ!」
大事な買い物を忘れるところだった。
コワモテ男より食材である。何しろ明日は、副店長として初出勤する日。しっかり食べて、元気に働かなければ。
パスケースをバッグにしまい、駅前のスーパーに駆け込んだ。
(ああ、まだ信じられない)
理想の男性と運命的な出会いを果たしてしまった。
しかも、彼のほうからアプローチしてくるなんて……
『今度、ゆっくり食事でもしないか』と、真面目な口調で彼は誘ってきた。
私は何も考えずに頷き、促されるまま、スマートフォンのアドレスを交換した。ドキドキしすぎて指先が震えるのを、彼は気付いただろうか。
(本気なんだよね、水樹さん)
彼のようにきちっとした人が、軽い気持ちでナンパするとは思えない。信じられないけど、信じてもいいと私は感じている。
車内にアナウンスが流れ、駅が近付いたことを教える。私は名刺を大事にしまってから座席を立ち、ドアの前に移動した。
「あっ」
ホームに入る少し手前の線路に分岐器《ポイント》があり、車両がガクンと揺れた。
手すりにつかまっていなかった私はよろめき、横に立つ人に肩をぶつけてしまった。
「すっ、すみません」
背が高く、がっしりとした体躯の男性だ。私をじろりと睨んで、ぷいと顔を背けた。
(怖……)
ぼさぼさの髪に、無精ひげ。作業服の上にくたびれたジャンパーを羽織っている。一瞬見えた顔は、かなりのコワモテだった。
水樹さんと同年代のようだが、スマートで紳士な彼とは真逆のタイプである。
(ぶつかったのは悪いけど、睨まなくてもいいのに)
電車が停まり、ドアが開いた。
コワモテの男性が降りるのを見て、何となくいやな気持ちになる。同じ駅を利用するということは、今後も出くわす可能性が高い。
だけど、私はすぐに気を取り直す。日頃の経験から、あきらめも大事だと学んでいた。
(いろんな人がいるものね、しょうがないよ)
接客業に携わっていると、人間は多種多様な生き物だと気付かされる。それが当たり前であり、人間社会というもの。
苦手だからといって、その人を消すわけにいかない。
それに、駅で出くわすくらい平気だ。あんな怖そうな人と同じアパートだったら、最悪だけど……などと考えながら改札を出た。
「そうだ、夕飯の材料を買わなくちゃ!」
大事な買い物を忘れるところだった。
コワモテ男より食材である。何しろ明日は、副店長として初出勤する日。しっかり食べて、元気に働かなければ。
パスケースをバッグにしまい、駅前のスーパーに駆け込んだ。
0
お気に入りに追加
131
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
豁サ逕コ縲(死町)season3・4・5
霜月麗華
ミステリー
高校1年生の主人公松原鉄次は竹尾遥、弘田早苗、そして凛と共に金沢へ、そして金沢ではとある事件が起きていた。更に、鉄次達が居ないクラスでも呪いの事件は起きていた。そして、、、過去のトラウマ、、、
3つのストーリーで構成される『死町』、彼らは立ち向かう。
全てに
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる