3 / 236
レザーソール
3
しおりを挟む
エレベーターに乗り、早速六階に下りた。
靴やバッグなど服飾雑貨の売り場を抜けると、カフェ『フローライト』に着いた。ビルの角に位置するガラス張りの店内は明るく、爽やかな印象だ。
思ったとおりさほどこんでおらず、窓際の二人掛けの席に座ることができた。
外を見れば、晴れた青空のもと、街並みが白く光っている。
「ランチメニューもあるんだ。わあ、美味しそう」
がっつり肉料理とはいかないが、オムライスやスパゲティなど、適度なボリュームのカフェメニューが揃っている。
値段は高めの設定だが、ゆったりとした空間で食事ができるのだからよしとしよう。
注文を取りに来た店員に、一番人気だという日替わりプレートランチを頼んだ。ビーフシチューとデザートも付いているので、お腹を満たせるだろう。
「いいお店だなあ。お昼はバックヤードでお弁当って思ってたけど、たまにはここで食事しようかな」
明日からの仕事生活がまた楽しみになった。
私は一人にやにやしながら店の中を見回し、ふと、顔を前に戻す。
気のせいか、視線を感じたのだ。
前のテーブル席に、男性が二人座っている。
一人はこちらに背中を向け、もう一人はその向かい側にいる。姿は隠れているが、さっき、その人が私を見ていたような気がした。
(まさかね……)
この土地に知り合いはいない。いるとしたら、書店の店長くらいのもの。
それに私は男性に注目されるような、気の利いた容姿でもない。
自虐的な思考に苦笑いし、窓の外に目をやる。
お気に入りの店を見つけるように、心から夢中になれるような、理想の男性と出会えたらいいのに。
これまでの、数少ない恋愛経験を思い浮かべてみる。
彼らとはどんなふうに出会っただろう。
中学時代に好きだった男子は同じクラスだった。高校時代は同じ部活で、大学時代に付き合っていた彼は、同じサークルだった。
ありふれた出会いである。
友達が自然に恋人になったみたいな、激しいときめきや情熱とは無縁の、静かで平凡な関係。
いや、それが普通だと思う。
そういった関係が一番幸せだし、結婚してからも安泰だと、既婚の友人も口を揃えている。でも……
「結婚かあ」
いずれにしろ、仕事と同じか、それ以上に好きな人でないと無理。大学時代の彼氏のような、淡々とした関係では、やがて自然解消するだろう。
だけど、仕事以上に夢中になれる相手がこの世にいるかしら。
私という人間は、男性に対して冷静すぎるのかもしれない。
軽く落ち込んだところに、料理が運ばれてきた。
「わっ、素敵!」
ボリュームたっぷり。しかもきれいに盛り付けられたカフェごはんを見て、憂鬱な気分はたちまち吹き飛ぶ。
「いただきまーす」
オムライスを一口含み、あまりの美味しさに頬を押さえた。
素敵なカフェと出会えて幸せ。こうなったらひたすら食事を楽しもう。そう、私は色気より食い気。そして、仕事大好き人間。
でも、意外にロマンチストでもある。
やっぱり彼氏がほしいなあ……
さっき感じた視線などすっかり忘れ、ぐるぐる考えるのだった。
デザートを食べ終えた私は、スマートフォンで街の施設や、おすすめスポットを検索した。せっかくだから、職場周辺を散策してから帰ろうと思う。
「ええと、ここは緑《みどり》市本町一丁目……図書館が近いから寄ってみようかな。あっ、美術館もあるんだ」
新しい環境に慣れるには、好きな場所を増やすのが一番。地図アプリに、お気に入りのチェックを入れた。
「よし、早速行ってみよう」
伝票を持ち、席を立った。
ランチタイムも終盤のためか、店内に残る客は少ない。
前の席の男性二人は、まだ座っている。
ずいぶんゆっくり食事するのだなと、何となく思いながら、彼らのテーブルの横を通り過ぎ、レジに向かおうとした。
その時――
靴やバッグなど服飾雑貨の売り場を抜けると、カフェ『フローライト』に着いた。ビルの角に位置するガラス張りの店内は明るく、爽やかな印象だ。
思ったとおりさほどこんでおらず、窓際の二人掛けの席に座ることができた。
外を見れば、晴れた青空のもと、街並みが白く光っている。
「ランチメニューもあるんだ。わあ、美味しそう」
がっつり肉料理とはいかないが、オムライスやスパゲティなど、適度なボリュームのカフェメニューが揃っている。
値段は高めの設定だが、ゆったりとした空間で食事ができるのだからよしとしよう。
注文を取りに来た店員に、一番人気だという日替わりプレートランチを頼んだ。ビーフシチューとデザートも付いているので、お腹を満たせるだろう。
「いいお店だなあ。お昼はバックヤードでお弁当って思ってたけど、たまにはここで食事しようかな」
明日からの仕事生活がまた楽しみになった。
私は一人にやにやしながら店の中を見回し、ふと、顔を前に戻す。
気のせいか、視線を感じたのだ。
前のテーブル席に、男性が二人座っている。
一人はこちらに背中を向け、もう一人はその向かい側にいる。姿は隠れているが、さっき、その人が私を見ていたような気がした。
(まさかね……)
この土地に知り合いはいない。いるとしたら、書店の店長くらいのもの。
それに私は男性に注目されるような、気の利いた容姿でもない。
自虐的な思考に苦笑いし、窓の外に目をやる。
お気に入りの店を見つけるように、心から夢中になれるような、理想の男性と出会えたらいいのに。
これまでの、数少ない恋愛経験を思い浮かべてみる。
彼らとはどんなふうに出会っただろう。
中学時代に好きだった男子は同じクラスだった。高校時代は同じ部活で、大学時代に付き合っていた彼は、同じサークルだった。
ありふれた出会いである。
友達が自然に恋人になったみたいな、激しいときめきや情熱とは無縁の、静かで平凡な関係。
いや、それが普通だと思う。
そういった関係が一番幸せだし、結婚してからも安泰だと、既婚の友人も口を揃えている。でも……
「結婚かあ」
いずれにしろ、仕事と同じか、それ以上に好きな人でないと無理。大学時代の彼氏のような、淡々とした関係では、やがて自然解消するだろう。
だけど、仕事以上に夢中になれる相手がこの世にいるかしら。
私という人間は、男性に対して冷静すぎるのかもしれない。
軽く落ち込んだところに、料理が運ばれてきた。
「わっ、素敵!」
ボリュームたっぷり。しかもきれいに盛り付けられたカフェごはんを見て、憂鬱な気分はたちまち吹き飛ぶ。
「いただきまーす」
オムライスを一口含み、あまりの美味しさに頬を押さえた。
素敵なカフェと出会えて幸せ。こうなったらひたすら食事を楽しもう。そう、私は色気より食い気。そして、仕事大好き人間。
でも、意外にロマンチストでもある。
やっぱり彼氏がほしいなあ……
さっき感じた視線などすっかり忘れ、ぐるぐる考えるのだった。
デザートを食べ終えた私は、スマートフォンで街の施設や、おすすめスポットを検索した。せっかくだから、職場周辺を散策してから帰ろうと思う。
「ええと、ここは緑《みどり》市本町一丁目……図書館が近いから寄ってみようかな。あっ、美術館もあるんだ」
新しい環境に慣れるには、好きな場所を増やすのが一番。地図アプリに、お気に入りのチェックを入れた。
「よし、早速行ってみよう」
伝票を持ち、席を立った。
ランチタイムも終盤のためか、店内に残る客は少ない。
前の席の男性二人は、まだ座っている。
ずいぶんゆっくり食事するのだなと、何となく思いながら、彼らのテーブルの横を通り過ぎ、レジに向かおうとした。
その時――
0
お気に入りに追加
132
あなたにおすすめの小説
没入劇場の悪夢:天才高校生が挑む最恐の密室殺人トリック
葉羽
ミステリー
演劇界の巨匠が仕掛ける、観客没入型の新作公演。だが、幕開け直前に主宰は地下密室で惨殺された。完璧な密室、奇妙な遺体、そして出演者たちの不可解な証言。現場に居合わせた天才高校生・神藤葉羽は、迷宮のような劇場に潜む戦慄の真実へと挑む。錯覚と現実が交錯する悪夢の舞台で、葉羽は観客を欺く究極の殺人トリックを暴けるのか? 幼馴染・望月彩由美との淡い恋心を胸に秘め、葉羽は劇場に潜む「何か」に立ち向かう。だが、それは想像を絶する恐怖の幕開けだった…。
時の呪縛
葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。
葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。
果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。
隠蔽(T大法医学教室シリーズ・ミステリー)
桜坂詠恋
ミステリー
若き法医学者、月見里流星の元に、一人の弁護士がやって来た。
自殺とされた少年の死の真実を、再解剖にて調べて欲しいと言う。
しかし、解剖には鑑定処分許可状が必要であるが、警察には再捜査しないと言い渡されていた。
葬儀は翌日──。
遺体が火葬されてしまっては、真実は闇の中だ。
たまたま同席していた月見里の親友、警視庁・特殊事件対策室の刑事、高瀬と共に、3人は事件を調べていく中で、いくつもの事実が判明する。
果たして3人は鑑定処分許可状を手に入れ、少年の死の真実を暴くことが出来るのか。
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
蠱惑Ⅱ
壺の蓋政五郎
ミステリー
人は歩いていると邪悪な壁に入ってしまう時がある。その壁は透明なカーテンで仕切られている。勢いのある時は壁を弾き迷うことはない。しかし弱っている時、また嘘を吐いた時、憎しみを表に出した時、その壁に迷い込む。蠱惑の続編で不思議な短編集です。
〖完結〗私はあなたのせいで死ぬのです。
藍川みいな
恋愛
「シュリル嬢、俺と結婚してくれませんか?」
憧れのレナード・ドリスト侯爵からのプロポーズ。
彼は美しいだけでなく、とても紳士的で頼りがいがあって、何より私を愛してくれていました。
すごく幸せでした……あの日までは。
結婚して1年が過ぎた頃、旦那様は愛人を連れて来ました。次々に愛人を連れて来て、愛人に子供まで出来た。
それでも愛しているのは君だけだと、離婚さえしてくれません。
そして、妹のダリアが旦那様の子を授かった……
もう耐える事は出来ません。
旦那様、私はあなたのせいで死にます。
だから、後悔しながら生きてください。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全15話で完結になります。
この物語は、主人公が8話で登場しなくなります。
感想の返信が出来なくて、申し訳ありません。
たくさんの感想ありがとうございます。
次作の『もう二度とあなたの妻にはなりません!』は、このお話の続編になっております。
このお話はバッドエンドでしたが、次作はただただシュリルが幸せになるお話です。
良かったら読んでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる