110 / 120
三人のその後
10
しおりを挟む
「綾華は大学卒業後、父親のコネでニシノ製薬本社の秘書課に就職したけど、一年で辞めています。おそらく社会人経験の履歴が欲しいだけの、形ばかりの就職でしょう。それからは実家で花嫁修業だと、うちの親が話していました」
「花嫁修業?」
昔ながらのお茶やお花、教養を身につけるための習い事などが、綾華の主なスケジュールだそうだ。
「あるいは、有益な人脈づくりのために、上流階級が集まるパーティーに出席するとか。その辺りは、父親の意向もあると思いますが」
「へえ、別世界の話だわね。ていうか、西野綾華は一人娘だっけ」
婿取りして会社を継ぐのかと姉が訊くと、夏樹は否定した。
「実は、綾華が大学一年の頃に弟が生まれて、二人姉弟になったんです。それまでは綾華が会社を継ぐ予定でしたが」
「なるほど。じゃあ、そろそろお見合いでもして、どこぞの御曹司と結婚するって感じかしら」
「はい。西野家は代々、政略結婚が当たり前の家風なので」
「一族繁栄のために、か。いずこの親も発想がワンパターンよねえ」
姉が私をチラッと見て、肩をすくめる。
「高校までの綾華はボーイフレンドが何人かいて、ライトに付き合ってましたね。大学の頃はよく知りませんが、同窓生の噂では、クラブで遊んでるような話を聞いたことがあります」
「クラブで遊ぶ……いきなり夜の街か。親は許してたの?」
「弟ができて、父親の監視も緩んだようです。綾華も後継者の重圧から解放されたんでしょう」
「なんていうか、西野綾華もあれだけど、父親がエグいタイプみたいね」
「ええ。自分本位が過ぎるというか……うちの親も、たまにドン引きしてます」
夏樹は複雑な表情を浮かべる。
西野家と家族ぐるみの関係というのは、彼女にとってやっかいなしがらみだろう。
「で、話を戻して今の状態について。西野綾華は実家で親と同居。夜の街で遊びつつ、花嫁修行に勤しんでるってわけか」
「縁談は山ほどあるようなので、お見合いもかなりしてると思います。父親が厳選してるのと、本人があの通りの性格だからなかなか決まらないようですが、そろそろじゃないかな。そうだ……昨日、横浜のビルで奈々子に会ったのも、ひょっとしたらお見合いだったかもしれませんよ」
夏樹の推測を聞いて、はっとした。
言われてみれば、そんな雰囲気の服装だった気がする。
「どちらにしろ、あんなのと結婚させられる男に同情するわ。大体、政略結婚なんて今どきナンセンスよね。お見合いも当たり外れがハンパないし。その点、奈々子は大当たりだけど。ねっ?」
「えっ!?」
突然話を振られて、激しく動揺した。
そんな私を見て、夏樹が大きく目を見開く。
「奈々子、お見合いしたの? え、もしかして結婚してる?」
「あ、ええと、つまり、その……」
お見合いして、昨日、籍を入れたばかりである。
しかし織人さんとの結婚については、いろいろありすぎて、経緯の説明がややこしい。
「よ、良いご縁がありまして」
しどろもどろな私に気を遣ってか、夏樹は深掘りしないでくれた。
「そうなんだ。指輪してないし、独身だと思ったんだけどなあ」
「あ、あはは」
結婚指輪は、両親と顔合わせの日に交換する予定だ。ブティックを予約したので一緒に選ぼうと織人さんが言ってくれた。
「大丈夫よ、私も仲間だから」
指輪の無い左手を掲げて、夏樹に笑いかける。素直な彼女を気に入ったのか、姉の態度は好意的だ。
「そうだ。西野綾華から来たDMってどんなだったの?」
横浜の話で思い出したのか、姉がぽんと手を打つ。昨日、綾華が夏樹のSNSに送ったメッセージのこと。
夏樹はふと暗い表情になる。きっと、私に見せたくない内容なのだろう。
「まずは私が確認するから。とりあえずこっちに送ってくれる?」
「あ、はい」
姉がスマホを取り出すのを見て、夏樹はためらいながらもメッセージアプリにファイル送信した。
「読まずに破棄してもいいですよ。不愉快なだけで、意味のない内容なので」
「オッケー。とにかく、あの女からのコンタクトは全部無視しろってことね」
「はい。お願いします」
夏樹は姉に頭を下げて、それから私に見向く。真摯な眼差しで。
「奈々子、綾華にはくれぐれも気をつけて。あと、さっき渡した名刺の裏に携帯番号をメモしておいたから、困ったことや聞きたいことがあったら連絡して。いつでも相談に乗るし、力になるから」
「ありがとう、夏樹」
夏樹はもう一度頭を下げると、改札に入った。私と姉はその場に立ち、彼女が階段を上がり、姿が見えなくなるまで見送った。
「さてと、私らも帰ろう」
「うん」
あれからの月日。あれからの私。
夏樹、そして莉央を思う。
雪解けの歩道を歩きながら、私の心は、温かな感情に満たされていた。
「花嫁修業?」
昔ながらのお茶やお花、教養を身につけるための習い事などが、綾華の主なスケジュールだそうだ。
「あるいは、有益な人脈づくりのために、上流階級が集まるパーティーに出席するとか。その辺りは、父親の意向もあると思いますが」
「へえ、別世界の話だわね。ていうか、西野綾華は一人娘だっけ」
婿取りして会社を継ぐのかと姉が訊くと、夏樹は否定した。
「実は、綾華が大学一年の頃に弟が生まれて、二人姉弟になったんです。それまでは綾華が会社を継ぐ予定でしたが」
「なるほど。じゃあ、そろそろお見合いでもして、どこぞの御曹司と結婚するって感じかしら」
「はい。西野家は代々、政略結婚が当たり前の家風なので」
「一族繁栄のために、か。いずこの親も発想がワンパターンよねえ」
姉が私をチラッと見て、肩をすくめる。
「高校までの綾華はボーイフレンドが何人かいて、ライトに付き合ってましたね。大学の頃はよく知りませんが、同窓生の噂では、クラブで遊んでるような話を聞いたことがあります」
「クラブで遊ぶ……いきなり夜の街か。親は許してたの?」
「弟ができて、父親の監視も緩んだようです。綾華も後継者の重圧から解放されたんでしょう」
「なんていうか、西野綾華もあれだけど、父親がエグいタイプみたいね」
「ええ。自分本位が過ぎるというか……うちの親も、たまにドン引きしてます」
夏樹は複雑な表情を浮かべる。
西野家と家族ぐるみの関係というのは、彼女にとってやっかいなしがらみだろう。
「で、話を戻して今の状態について。西野綾華は実家で親と同居。夜の街で遊びつつ、花嫁修行に勤しんでるってわけか」
「縁談は山ほどあるようなので、お見合いもかなりしてると思います。父親が厳選してるのと、本人があの通りの性格だからなかなか決まらないようですが、そろそろじゃないかな。そうだ……昨日、横浜のビルで奈々子に会ったのも、ひょっとしたらお見合いだったかもしれませんよ」
夏樹の推測を聞いて、はっとした。
言われてみれば、そんな雰囲気の服装だった気がする。
「どちらにしろ、あんなのと結婚させられる男に同情するわ。大体、政略結婚なんて今どきナンセンスよね。お見合いも当たり外れがハンパないし。その点、奈々子は大当たりだけど。ねっ?」
「えっ!?」
突然話を振られて、激しく動揺した。
そんな私を見て、夏樹が大きく目を見開く。
「奈々子、お見合いしたの? え、もしかして結婚してる?」
「あ、ええと、つまり、その……」
お見合いして、昨日、籍を入れたばかりである。
しかし織人さんとの結婚については、いろいろありすぎて、経緯の説明がややこしい。
「よ、良いご縁がありまして」
しどろもどろな私に気を遣ってか、夏樹は深掘りしないでくれた。
「そうなんだ。指輪してないし、独身だと思ったんだけどなあ」
「あ、あはは」
結婚指輪は、両親と顔合わせの日に交換する予定だ。ブティックを予約したので一緒に選ぼうと織人さんが言ってくれた。
「大丈夫よ、私も仲間だから」
指輪の無い左手を掲げて、夏樹に笑いかける。素直な彼女を気に入ったのか、姉の態度は好意的だ。
「そうだ。西野綾華から来たDMってどんなだったの?」
横浜の話で思い出したのか、姉がぽんと手を打つ。昨日、綾華が夏樹のSNSに送ったメッセージのこと。
夏樹はふと暗い表情になる。きっと、私に見せたくない内容なのだろう。
「まずは私が確認するから。とりあえずこっちに送ってくれる?」
「あ、はい」
姉がスマホを取り出すのを見て、夏樹はためらいながらもメッセージアプリにファイル送信した。
「読まずに破棄してもいいですよ。不愉快なだけで、意味のない内容なので」
「オッケー。とにかく、あの女からのコンタクトは全部無視しろってことね」
「はい。お願いします」
夏樹は姉に頭を下げて、それから私に見向く。真摯な眼差しで。
「奈々子、綾華にはくれぐれも気をつけて。あと、さっき渡した名刺の裏に携帯番号をメモしておいたから、困ったことや聞きたいことがあったら連絡して。いつでも相談に乗るし、力になるから」
「ありがとう、夏樹」
夏樹はもう一度頭を下げると、改札に入った。私と姉はその場に立ち、彼女が階段を上がり、姿が見えなくなるまで見送った。
「さてと、私らも帰ろう」
「うん」
あれからの月日。あれからの私。
夏樹、そして莉央を思う。
雪解けの歩道を歩きながら、私の心は、温かな感情に満たされていた。
2
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様


君の秘密
朝陽七彩
恋愛
「フン‼」
「うるせぇ‼」
「黙れ‼」
そんなことを言って周りから恐れられている、君。
……でも。
私は知ってしまった、君の秘密を。
**⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆*
佐伯 杏樹(さえき あんじゅ)
市野瀬大翔(いちのせ ひろと)
**⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆*

甘い支配の始まり~愛に従え 愛に身を委ねろ~【完結】
まぁ
恋愛
【失恋は甘い支配の始まり】
花園紫乃 Hanazono Shino 24歳
町田瑠璃子 Machida Ruriko 24歳
水戸征二 Mito Seiji 28歳
長谷川壱 Hasegawa Ichi 31歳
大垣誠 Ogaki Makoto 31歳
※作品中の個人、団体、街…全て架空のフィクションです

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
夫のつとめ
藤谷 郁
恋愛
北城希美は将来、父親の会社を継ぐ予定。スタイル抜群、超美人の女王様風と思いきや、かなりの大食い。好きな男のタイプは筋肉盛りのガチマッチョ。がっつり肉食系の彼女だが、理想とする『夫』は、年下で、地味で、ごくごく普通の男性。
29歳の春、その条件を満たす年下男にプロポーズすることにした。営業二課の幻影と呼ばれる、南村壮二26歳。
「あなた、私と結婚しなさい!」
しかし彼の返事は……
口説くつもりが振り回されて? 希美の結婚計画は、思わぬ方向へと進むのだった。
※エブリスタさまにも投稿
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる