一億円の花嫁

藤谷 郁

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三人のその後

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「綾華は大学卒業後、父親のコネでニシノ製薬本社の秘書課に就職したけど、一年で辞めています。おそらく社会人経験の履歴が欲しいだけの、形ばかりの就職でしょう。それからは実家で花嫁修業だと、うちの親が話していました」
「花嫁修業?」

 昔ながらのお茶やお花、教養を身につけるための習い事などが、綾華の主なスケジュールだそうだ。

「あるいは、有益な人脈づくりのために、上流階級が集まるパーティーに出席するとか。その辺りは、父親の意向もあると思いますが」
「へえ、別世界の話だわね。ていうか、西野綾華は一人娘だっけ」

 婿取りして会社を継ぐのかと姉が訊くと、夏樹は否定した。

「実は、綾華が大学一年の頃に弟が生まれて、二人姉弟になったんです。それまでは綾華が会社を継ぐ予定でしたが」
「なるほど。じゃあ、そろそろお見合いでもして、どこぞの御曹司と結婚するって感じかしら」
「はい。西野家は代々、政略結婚が当たり前の家風なので」
「一族繁栄のために、か。いずこの親も発想がワンパターンよねえ」

 姉が私をチラッと見て、肩をすくめる。

「高校までの綾華はボーイフレンドが何人かいて、ライトに付き合ってましたね。大学の頃はよく知りませんが、同窓生の噂では、クラブで遊んでるような話を聞いたことがあります」
「クラブで遊ぶ……いきなり夜の街か。親は許してたの?」
「弟ができて、父親の監視も緩んだようです。綾華も後継者の重圧から解放されたんでしょう」
「なんていうか、西野綾華もあれだけど、父親がエグいタイプみたいね」
「ええ。自分本位が過ぎるというか……うちの親も、たまにドン引きしてます」

 夏樹は複雑な表情を浮かべる。
 西野家と家族ぐるみの関係というのは、彼女にとってやっかいなしがらみだろう。

「で、話を戻して今の状態について。西野綾華は実家で親と同居。夜の街で遊びつつ、花嫁修行に勤しんでるってわけか」
「縁談は山ほどあるようなので、お見合いもかなりしてると思います。父親が厳選してるのと、本人があの通りの性格だからなかなか決まらないようですが、そろそろじゃないかな。そうだ……昨日、横浜のビルで奈々子に会ったのも、ひょっとしたらお見合いだったかもしれませんよ」

 夏樹の推測を聞いて、はっとした。
 言われてみれば、そんな雰囲気の服装だった気がする。
 
「どちらにしろ、あんなのと結婚させられる男に同情するわ。大体、政略結婚なんて今どきナンセンスよね。お見合いも当たり外れがハンパないし。その点、奈々子は大当たりだけど。ねっ?」
「えっ!?」

 突然話を振られて、激しく動揺した。
 そんな私を見て、夏樹が大きく目を見開く。

「奈々子、お見合いしたの? え、もしかして結婚してる?」
「あ、ええと、つまり、その……」

 お見合いして、昨日、籍を入れたばかりである。
 しかし織人さんとの結婚については、いろいろありすぎて、経緯の説明がややこしい。

「よ、良いご縁がありまして」

 しどろもどろな私に気を遣ってか、夏樹は深掘りしないでくれた。

「そうなんだ。指輪してないし、独身なかまだと思ったんだけどなあ」
「あ、あはは」

 結婚指輪は、両親と顔合わせの日に交換する予定だ。ブティックを予約したので一緒に選ぼうと織人さんが言ってくれた。
 
「大丈夫よ、私も仲間だから」

 指輪の無い左手を掲げて、夏樹に笑いかける。素直な彼女を気に入ったのか、姉の態度は好意的だ。

「そうだ。西野綾華から来たDMってどんなだったの?」

 横浜の話で思い出したのか、姉がぽんと手を打つ。昨日、綾華が夏樹のSNSに送ったメッセージのこと。
 夏樹はふと暗い表情になる。きっと、私に見せたくない内容なのだろう。

「まずは私が確認するから。とりあえずこっちに送ってくれる?」
「あ、はい」

 姉がスマホを取り出すのを見て、夏樹はためらいながらもメッセージアプリにファイル送信した。

「読まずに破棄してもいいですよ。不愉快なだけで、意味のない内容なので」
「オッケー。とにかく、あの女からのコンタクトは全部無視しろってことね」
「はい。お願いします」

 夏樹は姉に頭を下げて、それから私に見向く。真摯な眼差しで。

「奈々子、綾華にはくれぐれも気をつけて。あと、さっき渡した名刺の裏に携帯番号をメモしておいたから、困ったことや聞きたいことがあったら連絡して。いつでも相談に乗るし、力になるから」
「ありがとう、夏樹」

 夏樹はもう一度頭を下げると、改札に入った。私と姉はその場に立ち、彼女が階段を上がり、姿が見えなくなるまで見送った。

「さてと、私らも帰ろう」
「うん」


 あれからの月日。あれからの私。
 夏樹、そして莉央を思う。
 雪解けの歩道を歩きながら、私の心は、温かな感情に満たされていた。



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