一億円の花嫁

藤谷 郁

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三人のその後

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「夏休みが明けてから、莉央は規定の出席日数をクリアしたあと、ほとんど学校に行かなかったみたいだ。綾華のほうは信者とつるんで相変わらずだったけどね」

 夏樹はやるせなさそうに息をついた。

「そうだったの」

 学校が居心地悪かったのだ。
 だけど莉央は、綾華の支配下から解放されて自由を手に入れた。
 深く傷つきながらも。

「莉央は進学をあきらめて、就職することにしたって……夏休み以降会ってなかったけど、卒業間際に電話をくれたんだ。私もその頃は綾華と縁を切る覚悟だったし、莉央も察してたんだろうね。初めて本音で話すことができたよ」

 夏樹のほっとした顔に、その時の心境が表れている。

「あの子は奈々子に罪悪感を抱いてる。きっと今も、ずっと忘れていない」
「莉央……」

 想像もしなかった。
 加納莉央。
 とうに失ったはずの、私の友達。
 彼女も苦しんでいたなんて。

「もう、会えないのかな」

 私の言葉に、夏樹が静かにうなずく。

「奈々子に合わせる顔がないって言ってたよ。ものすごく後悔してるから」
「そっか……」

 階段を上がってくる足音がした。
 高校生らしきグループがテーブルを囲み、お喋りを始める。

「一気に賑やかになったな」
「うん」

 十代の女の子たちの、楽しそうな雰囲気。明るい笑顔が眩しい。

(もし綾華と関わらなければ、私と莉央は中学時代を楽しく過ごして、一緒の高校に通い、あんな風に学校帰りにお茶したり……)

 淡い想像をして、すぐにやめる。もう、終わってしまったのだ。
 私は座り直し、夏樹と向き合う。

「夏樹、ありがとう。あなたが連絡をくれて、こうして話ができて良かった」
「奈々子」

 夏樹の瞳がうるむ。
 クールだと思っていた彼女は、こんなにも感情豊かな人だったのだ。

「謝っても謝り足りないけど、もう、やめておくよ。奈々子が困っちゃうだろうし」
「そうだよ。特に土下座なんてされたら、どうすればいいのかわかんないもの」
「だ、だよね。冷静になってみれば確かに……お姉さんも困惑してたっけ」

 私たちは笑い合った。
 高校生たちのにぎやかな声と共鳴する。
 夏樹の笑顔も、なんだか眩しくて、目を細めた。

「じゃあ、そろそろ行くよ。お姉さんが待ってるし」
「あ、うん」

 私たちはコートを羽織り、階段を下りた。



 一階のカウンター席で、姉が退屈そうにスマホを見ていた。
 声をかけるとパッと振り向き、夏樹と私の顔を交互に眺める。

「よし、帰るよ」


 私と夏樹のお茶代は、姉が払ってくれた。
 夏樹が恐縮した様子で、お礼を言う。

「どういたしまして」

 姉はひらひらと手を振り、「お見送りするわ」と言って私たちを連れて駅へと歩いていく。改札の前に来ると、ぴたりと立ち止まった。

「ところで夏樹さん。あなたと莉央さんの近況は分かったけど、西野綾華は今、どうしてんの?」

 思わぬ質問だった。

 姉は西野綾華に怒り心頭だが、彼女の現在に関心があるとは思わなかったから。
 しかし、理由を聞いて納得する。

「あなたは奈々子に、綾華は何をしでかすか分からない。連絡してきても無視しろ……って、忠告しに来たのよね。だから、対策のために彼女の現在を知っておきたいのよ」

 妹の身を案じてのことだ。
 私は自分のことなのに失念していて、罰が悪かった。
 夏樹は神妙な顔つきになり、「私の知る限りでは」と、前置きしてから答えた。

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