一億円の花嫁

藤谷 郁

文字の大きさ
上 下
106 / 110
三人のその後

しおりを挟む
「私はといえば、正直ホッとしたんだ。奈々子が地獄から抜け出すのを、ずっと望んでたから。莉央もたぶん同じ気持ちだったと思う。綾華に加担した私らが、勝手な話だけど……傷ついた奈々子がこの先どうなるのか、責任も持てないくせに」
「夏樹……」

 そして三人は中学を卒業し、系列高校へと内部進学した。

「私は特進コースに入ったから綾華と離れられたけど、莉央はまた同じクラスで、大変だったみたいで。まあ私も結局、家がらみの付き合いが続いて縁が切れなかったけどね。夏休みには旅行のお供をさせられたし、もちろん莉央もだよ」

 一生、このままなんだろうか。綾華の思い通りにされて、振り回されるのか……
 高校生になった夏樹と莉央は、限界を感じ始めたと言う。
 また、その頃には莉央も、夏樹が綾華と不本意な関係であることを察していたそうだ。

「高校を出たあと、それからどうなるんだろう。莉央も私も、お互い口には出さなかったけど、同じ思いだった。冗談じゃない、もう無理……ってね」

 卒業を前に、二人は同じ結論に辿り着いていた。
 綾華と決別する、と。

 それがどれだけ強い決意だったのかは、夏樹の輝く目を見れば分かった。
 
「私の場合、奈々子のおかげなんだよ」
「え?」

 夏樹がちょっと照れたように打ち明けた。あの時の心境を。

「莉央を仲間外れにするのを奈々子は断っただろ? 綾華に逆らう子を見たのは初めてで心底びっくりしたけど、真剣な態度に胸を打たれた。今思えば、あの時に芽生えた気がする。綾華と決別するための勇気が、無意識のうちに」
「そ、そうなの?」
「うん」

 あの日あの時、平穏な学校生活が崩壊した瞬間だった。人の頼みを断るのが怖くなった出来事である。
 でも私は、間違っていなかったのだ。
 後悔する必要なんてどこにもない。ぜんぶ自分の意思なんだから。

(そういうことだったんですね……)


 ーー否定されても、突っぱねろ。理不尽な要求は拒否すればいい。自分を信じて、まずは何でもやってみることだ。俺のようにな!ーー


 明るい笑顔が胸に浮かんだ。
 

「興奮して喋ってたら喉が渇いちゃった。もう一杯頼もうかな。奈々子は?」
「あ、うん。私も」

 織人さんを思い出して、一瞬ぽーっとなってしまった。
 二杯目の紅茶を飲み、頭をしゃんとさせてから話の続きを聞く。夏樹、そして莉央が、どうやって綾華と決別したのか。

「綾華だけでなく、両親とも縁を切るぐらいの気持ちだったね。とにかくもう、お嬢さんのお守りはこりごり。会社のために娘を犠牲にしないでくれって大げんかして、半ば脅すみたいに海外留学を決めたんだ」
「そうだったの……」

 留学先はカナダで、その冬に出願。大学は9月からだったが、入学前に英語スクールに通うという名目で、卒業後すぐ向こうに渡った。一刻も早く綾華から逃れたかったのだ。

「綾華はもちろん、系列の大学に上がったよ。父親の庇護なしではワガママできないからね。日本を出る間際まで執拗に連絡が来たけど、全部無視して、スマホも変えて縁を切った。そこまでされたら、女王様もプライドがあるし、さすがに追いかけて来なかったな。ただ、親同士の交流があるから、こっちの様子は伝わってしまうし、就職先とかも。あと、SNSを監視されてたのが、今回のことではっきりした。プロフィールや記事を見て特定したんだろうけど……奈々子のお姉さんが言ったとおり、ホラーだよね」

 気味悪さを感じてか、夏樹は寒そうに腕をさすった。

「でも、私はまだマシなほうで、莉央はもっと大変だった。卒業前に話してくれたんだけど……」

 加納莉央。
 忘れられない、中学時代の友達。花ちゃん以外にできた、初めての親友だった。
 明るくて、素直で、お人好しで。家のために綾華の言いなりになったという彼女のその後は、どんな心情だったのか。

 想像するだけで辛くなる。
 だけど、彼女は綾華と決別したのだ。たぶん、ものすごい勇気だったと思う。
 聞くのが怖いけれど、夏樹の話に耳を傾けた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...