97 / 120
招かれざる客
4
しおりを挟む
「すべて自分が悪いことにして、それで丸くおさまると思って、最初からあきらめてた。家族を頼ることなく」
責めるでも怒るでもない。姉のつらそうな顔を見て、私は声を呑む。
「だけど、問題があったのは私も同じ」
「……」
何も言えない私に、姉は続けた。
「あの頃、奈々子が情けなかったわ。友達関係を失敗した挙句、勉強も落ちこぼれるなんて、そんなやつが妹だなんて……ってね、つまり私はプライドと自意識の塊で、何も見えてなかったのよ。姉として、どうすれば良いのかも気づかなかった。大人になるにつれ、それが分かってきても、相変わらずグズグズしてるあんたを見るとつい、キツく当たってしまって…… だけどいいかげん、成長しなくちゃダメ。私もあんたも、大人なんだから」
初めて聞く言葉だった。
私は驚きながら、気まずそうに告白した姉を見返す。
「奈々子。もう一人で抱え込まないで。これからは私がきちんと話を聞いて、相談に乗るから」
「お姉ちゃん」
「ふふっ……考えてみれば、子どもの頃はそれがフツーだったのよね。あんたってば気が弱いくせに、けっこう頑固でさ。いじめっ子から守るのに忙しかったなあ」
初めて聞く言葉たち。初めて見る優しい顔。
いや、違う。
見えてなかっただけなのだ。
姉は人一倍正義感が強い。誰より知っていたのに、私は勝手に萎縮して、頼ろうとしなかった。
「あんたのために何もできなかった私に、罪滅ぼしをさせてよ」
「そんな、罪滅ぼしだなんて……」
姉が悪いのではない。
だけど私は素直に受け止め、握りしめていたメモを開いた。
夏樹の電話番号。これは、綾華に通じる連絡先でもある。
「お姉ちゃん。私はもう、あの子たちと一生関わらないつもりだし、今回も無視する。でも、話を聞いてくれる?」
「ええ、もちろん」
こんな日が来るなんて……
私は今、姉との冷たい関係が、完全に氷解するのを感じた。
横浜で綾華と遭遇したことを姉に話した。中学時代に起きた出来事も、初めて具体的に打ち明ける。
姉は途中から目を閉じ、唇を噛んでいた。懸命に怒りを抑えているのだと、分かった。
「想像以上に酷い。とんでもないクソ女じゃないの、西野綾華ってやつは。あんたよく我慢してたわね。私だったらボコボコにぶん殴って、退学してたわ!」
姉は鼻息荒く、拳をパチンと鳴らした。
「ああ、イライラする。今すぐそいつに会いに行って、仕返ししてやりたい!」
「……ボコボコ?」
あまりの興奮ぶりに私は戸惑いながら、思わず噴き出す。姉の反応は、織人さんそっくりだった。
「何よ。人が真面目に怒ってんのに」
「ご、ごめん。だって、織人さんと同じこと言ってるから」
綾華に対して織人さんがものすごく怒り、それから、パニックになった私を宥めてくれたと姉に教えた。
「へえ、マジで?」
姉は表情を明るくして、楽しそうに笑った。
「やっぱりあの人って、そんなタイプなんだ。最高じゃん」
家族の前で、織人さんは上品な御曹司モードだったが、姉は見抜いていたようだ。
しかも、かなり好意的である。
「まあ、ウーチューブの『キング』が本体だろうって想像はしてたけどね。お父さんたちも大体察してるわよ」
「そうなの?」
まさかと思うが、姉は真面目である。
「ちょっと風変わりでも彼はホンモノのお金持ち。何より、奈々子を大好きなのがビシビシ伝わってきたから電撃婚を許したんだって。坂崎社長の時とは比べものにならないくらい乗り気だったでしょ? それに、動画の内容はともかく、あんたと結婚するためにトップシークレットを晒すなんてすごい度胸だって、お父さんが褒めてたわよ」
父は、織人さんとの縁談をビジネスの条件だけで承知したのではなかった。
彼自身を気に入ったのだ。
姉の話を聞き、あらためて不思議な気持ちになる。
責めるでも怒るでもない。姉のつらそうな顔を見て、私は声を呑む。
「だけど、問題があったのは私も同じ」
「……」
何も言えない私に、姉は続けた。
「あの頃、奈々子が情けなかったわ。友達関係を失敗した挙句、勉強も落ちこぼれるなんて、そんなやつが妹だなんて……ってね、つまり私はプライドと自意識の塊で、何も見えてなかったのよ。姉として、どうすれば良いのかも気づかなかった。大人になるにつれ、それが分かってきても、相変わらずグズグズしてるあんたを見るとつい、キツく当たってしまって…… だけどいいかげん、成長しなくちゃダメ。私もあんたも、大人なんだから」
初めて聞く言葉だった。
私は驚きながら、気まずそうに告白した姉を見返す。
「奈々子。もう一人で抱え込まないで。これからは私がきちんと話を聞いて、相談に乗るから」
「お姉ちゃん」
「ふふっ……考えてみれば、子どもの頃はそれがフツーだったのよね。あんたってば気が弱いくせに、けっこう頑固でさ。いじめっ子から守るのに忙しかったなあ」
初めて聞く言葉たち。初めて見る優しい顔。
いや、違う。
見えてなかっただけなのだ。
姉は人一倍正義感が強い。誰より知っていたのに、私は勝手に萎縮して、頼ろうとしなかった。
「あんたのために何もできなかった私に、罪滅ぼしをさせてよ」
「そんな、罪滅ぼしだなんて……」
姉が悪いのではない。
だけど私は素直に受け止め、握りしめていたメモを開いた。
夏樹の電話番号。これは、綾華に通じる連絡先でもある。
「お姉ちゃん。私はもう、あの子たちと一生関わらないつもりだし、今回も無視する。でも、話を聞いてくれる?」
「ええ、もちろん」
こんな日が来るなんて……
私は今、姉との冷たい関係が、完全に氷解するのを感じた。
横浜で綾華と遭遇したことを姉に話した。中学時代に起きた出来事も、初めて具体的に打ち明ける。
姉は途中から目を閉じ、唇を噛んでいた。懸命に怒りを抑えているのだと、分かった。
「想像以上に酷い。とんでもないクソ女じゃないの、西野綾華ってやつは。あんたよく我慢してたわね。私だったらボコボコにぶん殴って、退学してたわ!」
姉は鼻息荒く、拳をパチンと鳴らした。
「ああ、イライラする。今すぐそいつに会いに行って、仕返ししてやりたい!」
「……ボコボコ?」
あまりの興奮ぶりに私は戸惑いながら、思わず噴き出す。姉の反応は、織人さんそっくりだった。
「何よ。人が真面目に怒ってんのに」
「ご、ごめん。だって、織人さんと同じこと言ってるから」
綾華に対して織人さんがものすごく怒り、それから、パニックになった私を宥めてくれたと姉に教えた。
「へえ、マジで?」
姉は表情を明るくして、楽しそうに笑った。
「やっぱりあの人って、そんなタイプなんだ。最高じゃん」
家族の前で、織人さんは上品な御曹司モードだったが、姉は見抜いていたようだ。
しかも、かなり好意的である。
「まあ、ウーチューブの『キング』が本体だろうって想像はしてたけどね。お父さんたちも大体察してるわよ」
「そうなの?」
まさかと思うが、姉は真面目である。
「ちょっと風変わりでも彼はホンモノのお金持ち。何より、奈々子を大好きなのがビシビシ伝わってきたから電撃婚を許したんだって。坂崎社長の時とは比べものにならないくらい乗り気だったでしょ? それに、動画の内容はともかく、あんたと結婚するためにトップシークレットを晒すなんてすごい度胸だって、お父さんが褒めてたわよ」
父は、織人さんとの縁談をビジネスの条件だけで承知したのではなかった。
彼自身を気に入ったのだ。
姉の話を聞き、あらためて不思議な気持ちになる。
2
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様


君の秘密
朝陽七彩
恋愛
「フン‼」
「うるせぇ‼」
「黙れ‼」
そんなことを言って周りから恐れられている、君。
……でも。
私は知ってしまった、君の秘密を。
**⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆*
佐伯 杏樹(さえき あんじゅ)
市野瀬大翔(いちのせ ひろと)
**⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆*

甘い支配の始まり~愛に従え 愛に身を委ねろ~【完結】
まぁ
恋愛
【失恋は甘い支配の始まり】
花園紫乃 Hanazono Shino 24歳
町田瑠璃子 Machida Ruriko 24歳
水戸征二 Mito Seiji 28歳
長谷川壱 Hasegawa Ichi 31歳
大垣誠 Ogaki Makoto 31歳
※作品中の個人、団体、街…全て架空のフィクションです

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】
まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と…
「Ninagawa Queen's Hotel」
若きホテル王 蜷川朱鷺
妹 蜷川美鳥
人気美容家 佐井友理奈
「オークワイナリー」
国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介
血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…?
華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる