96 / 120
招かれざる客
3
しおりを挟む
その電話がかかってきたのは夜半近く。
海外支社とのリモートミーティングを終えた姉が、キッチンで一人コーヒーを飲んでいる時だった。
両親はすでに就寝中であり、夜のしじまに突然響き渡る着信音は姉を驚かせた。
「びっくりした……誰よ、こんな時間に」
キッチンに置かれた子機のディスプレイには、未登録の携帯番号が表示されている。
姉は訝しみながらも、受話器を取り上げた。
「はい、大月です」
低い声で応答すると、戸惑った気配が耳に感じられた。
「もしもし。どなたですか?」
『……』
返事を待つが、相手は答えない。
(間違い電話? ……ったく)
姉は舌打ちして、電話を切ろうとした。
『あのっ!』
慌てた声が聞こえた。
若い女の声。
『夜分にすみません。私、奈々子さんの中学時代の同級生で、車田夏樹と申します』
姉はハッとして、受話器を握り直した。神経を耳に集中させる。
「私は奈々子の姉です。中学の同級生というと……お友達ですか?」
『あ、いえ……』
夏樹は黙り、代わりにアナウンスが背後で流れた。駅にいるのだと分かった。
『その……奈々子さんに、お伝えしたいことがありまして』
答えを曖昧にして、電話をかわってほしいと頼む夏樹。姉はその時点で、疑念を抱いたと言う。
「奈々子は不在です。明日なら連絡が取れるので、あなたに電話するよう伝えますが、この電話で良いですか?」
事務的な調子で返事した。
警戒されたと思ってか、夏樹はしつこくせず、
『あ、はい。それで大丈夫です。よろしくお願いいたします』
姉の言葉を素直に受け入れ、
『本当に、夜遅くにすみませんでした』
もう一度夜分の電話を詫びて、通話を切った。
「奈々子の中学時代の同級生。なのに、『友達』とは答えられない間柄……」
姉はつぶやくと、手元のメモ帳に着信履歴の番号を書き取り、乱暴に引き千切った。
夏樹が電話をかけてきた。
どうして、なぜ今頃?
その答えは明白である。昨日、私が横浜で綾華と遭遇したから。
中学時代の夏樹は、いつも綾華のそばにいて、何をするにも彼女と一緒だった。二人は幼なじみで、強い絆で結ばれている。きっと今でもそうなのだろう。
おそらく綾華から話を聞いて、連絡を取ってきたのだ。
伝えたいことと言うのは、たぶん、綾華の伝言。莉央が結婚するとか、みんなで集まるとか、二次会とか……
そのことだ、そうに違いない。
綾華の嗜虐的な微笑を思い出し、ゾッとする。彼女が変わっていなかったように、夏樹もまたあの頃と同じく、女王様の意のまま動いている……
「奈々子!」
姉の声が私を引き戻した。
「しっかりしなさい。一体何が起きてるのか、ちゃんと話すのよ」
「お姉ちゃん……」
姉に渡されたメモを手に、私は震えている。夏樹からの電話が、綾華と遭遇したショックをよみがえらせていた。
「お姉ちゃん。私……」
昨日のことを話そうとして、ためらった。
それを話せば姉を怒らせ、不愉快にさせるだけ。やめた方が良い。
中学時代の私は姉に恥をかかせ、さんざん迷惑をかけてきた。
繰り返してはならない。
私はもう、大人なのだから。
メモを手の中で握りつぶした。
「な、なんでもないよ。久しぶりに聞く名前だから、びっくりしただけで……同窓会とか、そういう話じゃないかな」
せっかく姉とは穏やかな関係になりつつある。電話なんて無視すればいい。
自分に言い聞かせ、無理やり笑みを作り、返事した。
だけど……
「そうやって、あんたは一人で悩んでたのよね」
うめくように、姉がつぶやいた。
海外支社とのリモートミーティングを終えた姉が、キッチンで一人コーヒーを飲んでいる時だった。
両親はすでに就寝中であり、夜のしじまに突然響き渡る着信音は姉を驚かせた。
「びっくりした……誰よ、こんな時間に」
キッチンに置かれた子機のディスプレイには、未登録の携帯番号が表示されている。
姉は訝しみながらも、受話器を取り上げた。
「はい、大月です」
低い声で応答すると、戸惑った気配が耳に感じられた。
「もしもし。どなたですか?」
『……』
返事を待つが、相手は答えない。
(間違い電話? ……ったく)
姉は舌打ちして、電話を切ろうとした。
『あのっ!』
慌てた声が聞こえた。
若い女の声。
『夜分にすみません。私、奈々子さんの中学時代の同級生で、車田夏樹と申します』
姉はハッとして、受話器を握り直した。神経を耳に集中させる。
「私は奈々子の姉です。中学の同級生というと……お友達ですか?」
『あ、いえ……』
夏樹は黙り、代わりにアナウンスが背後で流れた。駅にいるのだと分かった。
『その……奈々子さんに、お伝えしたいことがありまして』
答えを曖昧にして、電話をかわってほしいと頼む夏樹。姉はその時点で、疑念を抱いたと言う。
「奈々子は不在です。明日なら連絡が取れるので、あなたに電話するよう伝えますが、この電話で良いですか?」
事務的な調子で返事した。
警戒されたと思ってか、夏樹はしつこくせず、
『あ、はい。それで大丈夫です。よろしくお願いいたします』
姉の言葉を素直に受け入れ、
『本当に、夜遅くにすみませんでした』
もう一度夜分の電話を詫びて、通話を切った。
「奈々子の中学時代の同級生。なのに、『友達』とは答えられない間柄……」
姉はつぶやくと、手元のメモ帳に着信履歴の番号を書き取り、乱暴に引き千切った。
夏樹が電話をかけてきた。
どうして、なぜ今頃?
その答えは明白である。昨日、私が横浜で綾華と遭遇したから。
中学時代の夏樹は、いつも綾華のそばにいて、何をするにも彼女と一緒だった。二人は幼なじみで、強い絆で結ばれている。きっと今でもそうなのだろう。
おそらく綾華から話を聞いて、連絡を取ってきたのだ。
伝えたいことと言うのは、たぶん、綾華の伝言。莉央が結婚するとか、みんなで集まるとか、二次会とか……
そのことだ、そうに違いない。
綾華の嗜虐的な微笑を思い出し、ゾッとする。彼女が変わっていなかったように、夏樹もまたあの頃と同じく、女王様の意のまま動いている……
「奈々子!」
姉の声が私を引き戻した。
「しっかりしなさい。一体何が起きてるのか、ちゃんと話すのよ」
「お姉ちゃん……」
姉に渡されたメモを手に、私は震えている。夏樹からの電話が、綾華と遭遇したショックをよみがえらせていた。
「お姉ちゃん。私……」
昨日のことを話そうとして、ためらった。
それを話せば姉を怒らせ、不愉快にさせるだけ。やめた方が良い。
中学時代の私は姉に恥をかかせ、さんざん迷惑をかけてきた。
繰り返してはならない。
私はもう、大人なのだから。
メモを手の中で握りつぶした。
「な、なんでもないよ。久しぶりに聞く名前だから、びっくりしただけで……同窓会とか、そういう話じゃないかな」
せっかく姉とは穏やかな関係になりつつある。電話なんて無視すればいい。
自分に言い聞かせ、無理やり笑みを作り、返事した。
だけど……
「そうやって、あんたは一人で悩んでたのよね」
うめくように、姉がつぶやいた。
1
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様


君の秘密
朝陽七彩
恋愛
「フン‼」
「うるせぇ‼」
「黙れ‼」
そんなことを言って周りから恐れられている、君。
……でも。
私は知ってしまった、君の秘密を。
**⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆*
佐伯 杏樹(さえき あんじゅ)
市野瀬大翔(いちのせ ひろと)
**⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆*

甘い支配の始まり~愛に従え 愛に身を委ねろ~【完結】
まぁ
恋愛
【失恋は甘い支配の始まり】
花園紫乃 Hanazono Shino 24歳
町田瑠璃子 Machida Ruriko 24歳
水戸征二 Mito Seiji 28歳
長谷川壱 Hasegawa Ichi 31歳
大垣誠 Ogaki Makoto 31歳
※作品中の個人、団体、街…全て架空のフィクションです

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】
まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と…
「Ninagawa Queen's Hotel」
若きホテル王 蜷川朱鷺
妹 蜷川美鳥
人気美容家 佐井友理奈
「オークワイナリー」
国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介
血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…?
華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる