一億円の花嫁

藤谷 郁

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スイートホーム

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「そうだ。せっかく早く起きたんだから、朝ごはんを作ろう」

 昨夜、織人さんにキッチンを案内された時、冷蔵庫に食材がたっぷり入っているのを見た。スタッフが用意してくれたそうで、数日は買い物しなくても良いとのこと。調味料も揃っていて、すべて自由に使える。
 とにかくすぐに生活できるよう準備されていて、その用意周到ぶりには驚いてしまう。

 自室を出て、キッチンに移動した。
 廊下はシンとして、リビングを覗くと明かりが消えている。やはり織人さんは、まだ寝ているようだ。

「さてと、何を作ろうか」

 冷蔵庫を開けようとして、手を止める。
 織人さんの食生活がどんなものか、私はまるで知らない。朝からたくさん食べるのか、意外と控えめなのか、和食派か洋食派か、それすらも。

「仕方ないよね。いきなり夫婦になったんだもの」

 だけど、ぼんやり想像することができた。何度か食事をともにして、私と彼は食の好みが似ていると感じていたから。

「私が食べたいものを作れば多分、大丈夫。よし、朝は洋食にしよう」

 ストック棚に食パンがあるのを確認してから、冷蔵庫を開けてハムとレタスとトマト、玉ねぎを取り出す。
 サンドイッチの具材を仕込み、あとはゆで卵、スープ、フルーツなどなど用意した。
 最後にコーヒーメーカーをセットしたところで時計を見ると、6時になろうとしていた。



「織人さん、まだ起きてこない」

 彼は早起きだと、なんとなく思い込んでいたのだけれど、そうでもないのかしら。まさか、寝坊してるとか。起こした方がいい?
 スケジュールを聞いておくべきだったと後悔しかけた時……

「えっ?」

 玄関ドアの開く音がして、続けて足音が近づいてきた。

「織人さん? もしかして出かけてたの?」

 てっきり寝室で寝ているとばかり思っていた。こんな朝早くに、いったいどこに出かけていたのだろう。
 慌てて廊下に出ようとすると、彼が先にドアを開けた。

「奈々子、もう起きてたのか。早起きだなあ」
「ひえっ!?」

 キッチンに入ってきた彼を見て、声を上げた。
 上半身裸で、しかも汗びっしょり。まるで、熱い温泉にでも入ったみたいに湯気が立っている。

「ど、どうしたのですか、その姿は……」
「ああ、悪い悪い。いつもの癖で、家に入るとすぐに脱いじゃうんだ」

 何がおかしいのか、楽しそうに笑う。
 いきなり獰猛な獣と遭遇した私は、卒倒しそうだと言うのに。

「おおっ、朝飯を作ってくれたのか!!」

 調理台の上を見て、織人さんが吠えた。大げさに感激し、目を輝かせている。

「さすが奈々子! 俺のためにありがとう!!」

 腕を広げて抱きしめようとするのを、サッと避けた。運動音痴の私とは思えないほどの反射である。
 空振りした彼が、心外そうに見てきた。

「なんで逃げるんだよ」
「だ、だって汗でベタベタだし、ていうか、どうしてそんな格好なんです。とにかく服を着てください!!」
「分かった分かった、シャワーを浴びてくるから少し待っててくれ。そのあとゆっくり朝飯にしようぜ」

 織人さんはにかっと笑い、素早く出ていった。


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