一億円の花嫁

藤谷 郁

文字の大きさ
上 下
90 / 110
スイートホーム

しおりを挟む
 織人さんが用意してくれた私の部屋は、実家の個室の三倍の広さだった。

 白で統一されたインテリアは私好みのロマンティック。大型テレビにゆったりとしたソファーベッド、ドレッサーやライティングディスクなど、あらゆる家具が揃っている。
 なにより驚いたのは、壁一面に設えられた
立派な書棚だった。「本好きの奈々子のために」と、織人さんが特注してくれたらしい。

 そこまでしてくれる彼に、私は感動を覚えた。細部にわたっての心尽くしを素直にありがたく思い、感謝の気持ちでいっぱいになる。

 だけど……

 に関しては別の話であり、どうしても妥協できなかったのだ。




「約束どおり絶対に手を出さないから、寝室で一緒に寝よう。俺はベッドの端っこで小さくなってるから、なっ、いいだろ!?」

 先に風呂を済ませたあと、おやすみの挨拶をする私に、織人さんが懇願した。命乞いをするかのような、必死の形相で。

「頼む、奈々子。このとおり!!」
「…………いやです」

 というやり取りをしたあと、しゅんとする彼を残して私は自室に引きこもったのだ。ドアを閉めて、しっかりと鍵をかけて。

「ふうっ、これでよし」
 
 今日は一日歩き回って疲れた。その上、いろんな感情に振り回されて、身も心もへとへとである。

 ソファーベッドを倒して、枕と掛け布団をセットした。横たわってみると、実家のベッドよりはるかに寝心地が良い。
 
(明日からきっと忙しくなる。やるべきことが、てんこもりで……)

 なにしろ私は、織人さんのご両親に挨拶すらしていないのだ。こんな結婚があるだろうかと、今さら困惑する。

 だけど、今はとにかく眠ろう。
 体力を回復しないと、織人さんのペースに付いていけなくなる。

「ああ、もう、エネルギーが……」

 織人さんは、もう寝たかしら。キングサイズのベッドで、独りきりで。
 少しだけ申し訳ない気持ちになるが、私はいつしかウトウトして、夢の世界へと旅立っていた。


 ◇ ◇ ◇


「あれ……?」

 目が覚めた時、私は一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。
 しばし考えてから、がばりと起き上がる。

「そうか、私……結婚したんだ」

 私が眠ったのは、織人さんが用意した巨大なベッドではなく、自室に置かれたソファーベッド。
 結婚して第一日目の夜。
 私たち夫婦は、清らかに過ごしたのである。別々の部屋で。



「織人さんはまだ寝てるよね」

 リモコンでライトを点けて壁時計を見ると、4時半を過ぎたところだ。
 部屋は暖房が効いているのであたたかい。

「えっと、まずは顔を洗って、メイクして、洋服に着替えなくちゃ」

 昨日は突然のことで、着替えも持たずに来てしまった。

 しかし織人さんは抜かりなく、すべての準備を整えていた。
 クローゼットには冬物の洋服が並び、チェストには新品の下着とパジャマが用意してあった。どれもこれも私が選びそうなデザインなので驚いたが、織人さんが伝えたイメージを元に、コーディネートしてくれた女性スタッフがいるらしい。

 メイクについては、バスルームの洗面台にホテルのアメニティのようにスキンケア用品が揃っているし、自分の化粧ポーチがあるので問題なし。
 その上、ドレッサーには一流ブランドのクリスマスコフレが置かれていたりする。

 とにかく、至れり尽くせり。

 お金持ちの妻になるというのは、こういうことなのか……と、お姫様にでもなったような、贅沢な気分だった。

「こんな感じでいいかな」

 ウールのチェックワンピースにカーディガンを羽織り、レギンスを履く。これなら外出しても寒くないだろうし、動きやすくもある。
 
「そういえば、雪はどうなったかな」

 カーテンを開けて外を見渡し、思わず声を上げた。今は止んでいるが、昨夜はかなり降ったのだろう。
 夜明け前の暗闇の底には、街明かりに浮かぶ雪景色があった。

「すごい……」

 雪が積もるなんて、最近では滅多にない現象だ。
 今日も一日、寒くなるだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...