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スイートホーム
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婚姻届けを出したその足で連れてこられたのは高級マンション。
私に何の相談も無しに、彼(というか役員の皆さん)が決めた新居である。
だけど私はもう、あきらめの境地だった。
織人さんの強引なやり方はデフォルトだし、抗議しても無駄だから。
それより、根本的な理由で私は緊張していた。
私と彼は、今夜から二人きりで生活するのである。この、スイートホームで。
エレベーターを降りると小さなホールがあり、両開きの扉をオープンすればそこは玄関だった。
(ひ、広い……!)
玄関だけで、実家の自室がすっぽりおさまりそうな面積である。
「あの……ここって、最上階ですよね」
「そうだよ。ワンフロア専有だから静かだし、プライバシーに配慮した間取りになってる。眺めも抜群なんだぜ」
「タワーマンションで、ワンフロア専有……」
ロマンス小説に登場する大富豪の住まいだ。夢のような状況を前に、私の膝はがくがくと震える。
「ほら、早く早く。奈々子の家なんだから遠慮するなって」
「え、あの、待ってくださ……」
織人さんに引っ張られて、奥へと進んだ。転びそうになりながら、嘘みたいに広々とした新居をめぐる。
リビング、ダイニング、複数の個室の他、シアタールームまである。浴室を覗けば、ホテルのような円形バスに色とりどりの花びらが浮いていた。
「お、お風呂に花が……ていうか、お湯が沸いてますけど……これは、誰が」
「由比家御用達のサービス会社が用意してくれたんだ。平たく言えば家事代行。初日だからハネムーンっぽく演出したのかもね」
「ええっ、ハネムーン?……じゃなくて、家事代行?」
「炊事掃除洗濯、頼めば全部やってくれる。信頼できるスタッフを厳選したから、安心しろ」
「いえ、そうじゃなくてですね」
あまりにも贅沢すぎる。私の質素な生活が、高級ホテル暮らしになったようなものだ。
とてつもない違和感に襲われる。
「いけません。豪華すぎて罰が当たります」
「はあ? そんなわけないだろ」
ビビりまくる私をよそに、織人さんが案内を続ける。
「実はこの物件、とある資産家が予約してたのを譲ってもらったんだ。インテリアが気に入らなければ、奈々子の好きなように変えていいぞ」
「とんでもないです、そんな」
リビングルームの窓辺に立ち、雪の街を見渡す。もし晴れていたら、宝石箱のような光景が広がるのだろう。
「こんなの、信じられません」
まるで、夢を見ているよう。
織人さんと結婚したこと自体、まだ実感がないのに。
「本当に、どうして……私を」
織人さんがそばに立ち、私の肩を抱いた。反射的にビクッと震えて、彼を見上げる。
「奈々子が愛しくて、可愛いからだよ。何度も言ってるだろ?」
「織人さん」
じっと見つめられて、私の胸は早鐘を打ち始める。彼の正体を知っていても、こうしていると、なにもかも忘れてしまいそう。
ロマンス小説の世界にトリップしたように、ぼうっとなって……
「最後にもう一部屋、見てくれないか」
私の肩を抱いたまま、リビングから連れ出した。
「さあ、どうぞ入ってくれ」
廊下の奥にあるその部屋は、落ち着いた雰囲気だった。
広く、海のように青い空間。
アロマの良い香りがする。
淡い照明に浮かぶ、巨大なシルエットは――
「……え?」
部屋の中央に、見たこともないようなキングサイズのベッドが、どっしりと鎮座していた。
ハート型のバルーンが飾られている。
「こ、ここって……」
「そう、ベッドルームだ」
耳もとで囁く声は優しく、だけど息が荒い。まるで獣のように、熱く激しく、どう猛な気配を感じる。
恐る恐る確かめた。
私を覗き込むのは、織人さんではなく、彼の正体……
「きゃあああ!!」
思いきり突き飛ばした。
廊下に出て、一目散にリビングへと逃げる。
「おい、ちょっと待て。奈々子!?」
「来ないでください!!」
ソファの陰に隠れ、ぶるぶると震えた。追いかけてきた彼がすぐに私を発見し、近づいてくる。
私に何の相談も無しに、彼(というか役員の皆さん)が決めた新居である。
だけど私はもう、あきらめの境地だった。
織人さんの強引なやり方はデフォルトだし、抗議しても無駄だから。
それより、根本的な理由で私は緊張していた。
私と彼は、今夜から二人きりで生活するのである。この、スイートホームで。
エレベーターを降りると小さなホールがあり、両開きの扉をオープンすればそこは玄関だった。
(ひ、広い……!)
玄関だけで、実家の自室がすっぽりおさまりそうな面積である。
「あの……ここって、最上階ですよね」
「そうだよ。ワンフロア専有だから静かだし、プライバシーに配慮した間取りになってる。眺めも抜群なんだぜ」
「タワーマンションで、ワンフロア専有……」
ロマンス小説に登場する大富豪の住まいだ。夢のような状況を前に、私の膝はがくがくと震える。
「ほら、早く早く。奈々子の家なんだから遠慮するなって」
「え、あの、待ってくださ……」
織人さんに引っ張られて、奥へと進んだ。転びそうになりながら、嘘みたいに広々とした新居をめぐる。
リビング、ダイニング、複数の個室の他、シアタールームまである。浴室を覗けば、ホテルのような円形バスに色とりどりの花びらが浮いていた。
「お、お風呂に花が……ていうか、お湯が沸いてますけど……これは、誰が」
「由比家御用達のサービス会社が用意してくれたんだ。平たく言えば家事代行。初日だからハネムーンっぽく演出したのかもね」
「ええっ、ハネムーン?……じゃなくて、家事代行?」
「炊事掃除洗濯、頼めば全部やってくれる。信頼できるスタッフを厳選したから、安心しろ」
「いえ、そうじゃなくてですね」
あまりにも贅沢すぎる。私の質素な生活が、高級ホテル暮らしになったようなものだ。
とてつもない違和感に襲われる。
「いけません。豪華すぎて罰が当たります」
「はあ? そんなわけないだろ」
ビビりまくる私をよそに、織人さんが案内を続ける。
「実はこの物件、とある資産家が予約してたのを譲ってもらったんだ。インテリアが気に入らなければ、奈々子の好きなように変えていいぞ」
「とんでもないです、そんな」
リビングルームの窓辺に立ち、雪の街を見渡す。もし晴れていたら、宝石箱のような光景が広がるのだろう。
「こんなの、信じられません」
まるで、夢を見ているよう。
織人さんと結婚したこと自体、まだ実感がないのに。
「本当に、どうして……私を」
織人さんがそばに立ち、私の肩を抱いた。反射的にビクッと震えて、彼を見上げる。
「奈々子が愛しくて、可愛いからだよ。何度も言ってるだろ?」
「織人さん」
じっと見つめられて、私の胸は早鐘を打ち始める。彼の正体を知っていても、こうしていると、なにもかも忘れてしまいそう。
ロマンス小説の世界にトリップしたように、ぼうっとなって……
「最後にもう一部屋、見てくれないか」
私の肩を抱いたまま、リビングから連れ出した。
「さあ、どうぞ入ってくれ」
廊下の奥にあるその部屋は、落ち着いた雰囲気だった。
広く、海のように青い空間。
アロマの良い香りがする。
淡い照明に浮かぶ、巨大なシルエットは――
「……え?」
部屋の中央に、見たこともないようなキングサイズのベッドが、どっしりと鎮座していた。
ハート型のバルーンが飾られている。
「こ、ここって……」
「そう、ベッドルームだ」
耳もとで囁く声は優しく、だけど息が荒い。まるで獣のように、熱く激しく、どう猛な気配を感じる。
恐る恐る確かめた。
私を覗き込むのは、織人さんではなく、彼の正体……
「きゃあああ!!」
思いきり突き飛ばした。
廊下に出て、一目散にリビングへと逃げる。
「おい、ちょっと待て。奈々子!?」
「来ないでください!!」
ソファの陰に隠れ、ぶるぶると震えた。追いかけてきた彼がすぐに私を発見し、近づいてくる。
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