一億円の花嫁

藤谷 郁

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14歳の頃

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 夏休み明けの教室。ホームルームが始まる前の、ざわざわとした時間。
 私たちはいつもの席に集まり、楽しかった夏の旅行についておしゃべりしていた。

「マジで最高だったよね。あっ、じゃあさ、冬休みは韓国なんてどう? またパパに頼んでホテルを取るからさ」

 ウキウキした様子で綾華が提案した。ちなみに、夏休みの旅先は北海道である。

「ああ、あのドラマか。ロケ地に行きたいんでしょ」

 夏樹に指摘されて、綾華がてへっと笑う。

「でもそれだけじゃなくて、みんなと旅行がしたいの! 飛行機ですぐだもん、いいでしょ?」

 ご近所感覚で海外に誘うところが綾華らしい。大胆すぎる提案に私が戸惑っていると、

「大丈夫だって。お父様なら、また私が説得してあげるから」

 べったりとくっついてくる。
 実は北海道旅行に行けたのは、彼女が父を説得してくれたおかげなのだ。

 大企業のお嬢様に「私と奈々子さんは親友なんです。一緒に旅行させてください」と頭を下げられ、父が恐縮していた。おまけに、「父がよろしくと申しておりました」と差し出された手土産を、断れるはずもなく。「父」というのはもちろん、ニシノ製薬の社長である。

「ねっ、いいでしょ、奈々子?」
「う、うん。綾華と一緒なら、お父さんも許すと思う」
「よし、決まり!」

 無邪気に喜ぶ顔を見て、私も笑顔になる。
 実際、4人で遊ぶのは楽しいから。それに、旅行は好きだし、初めての海外だし、ドキドキしてきた。

 だけど……

「ごめん、みんな! 冬休みは無理かもしれない。ちょっと事情があって……」

 泣きそうな声に、はっとする。
 莉央が申しわけなさそうに、私たちを見ていた。
 
「えーっ? どうしてよ」

 綾華の声に、莉央がビクッとする。
 その反応を見て私は微かな違和感を覚えるが、その時はさほど問題にしなかった。莉央が何か言う前に、夏樹が冗談めかしたから。

「あっ、もしかして彼氏ができたとか?」
「ええっ? ち、違うよお。そんなことがあったら、私が黙ってるわけないじゃん」

 夏樹が「言えてる」と返し、綾華も笑った。
 素直な莉央に、私も微笑ましい気持ちになる。

「じゃあ、どうしてよ。私たちと旅行できない事情って?」

 綾華が笑みを残したまま追及する。
 今度は夏樹も茶化さず、返事を待つ。

「それは、その……」

 なんだかとても言いにくそうだ。こんな風に困った、というより辛そうな顔の莉央を見るのは初めてであり、私は少し心配になる。
 よほど深い事情なのだ。
 無理に言わなくてもいいのではないか。
 そう思い助け舟を出そうとしたが、彼女はためらいながらも思い切ったように答えた。

「最近遊んでばかりで勉強してないって、親に怒られて……実は、1年の時より成績が落ちてるんだ」

 綾華も夏樹もきょとんとする。
 私にとっても、それは意外な理由だった。なぜなら、成績のことで莉央が悩むそぶりなどこれまで無かったし、どちらかといえば無頓着なほう。テストで赤点を取っても、けろっとしていた。

「いきなり成績がどーのこーのって、おかしくない? 夏の旅行はすんなり許可されたんでしょ?」

 納得できないのか、綾華がふくれっ面になる。

「う、うん。私もよくわかんないんだけど、親が……」

 さらに困った様子になる。語尾を濁すところなど、明らかにいつもの莉央と違う。私はいよいよ心配になり、今度こそフォローを入れようとした。
 しかし――

「わかった、莉央は行きたくないんだね。じゃあさ、3人で計画立てようよ!」

(えっ!?)

 驚いて綾華を見た。今のは、まさか本気で?
 莉央もびっくりしている。

「マジか。ちょっと結論速くね?」

 夏樹が半笑いでとりなすが、綾華は前を向いてしまった。
 これはたぶん、拗ねたのだ。
 慌ててなだめようとするがチャイムが鳴り、教師が来たのでどうにもできない。
 莉央を見ると、青ざめていた。

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