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横浜デート
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みなとみらいの夜景を見るのは初めてだった。きらきらと輝く港はまさに未来都市。夢のように美しい光景に、私は圧倒された。
「えらく感動してるなあ。夜景は初めてなのか?」
由比さんが面白そうに訊ねた。
「はい。テレビや雑誌で見たことはありますが、本物は初めてです。ああ、でも本当にすごい! 特にこの場所は有名なビュースポットなんですよね?」
ここは大さん橋の上。
カップルを中心に、夜景を楽しむ人々で賑わっている。
「そうだな、見晴らしがいいから人気がある。にしても、なんで前は見なかったんだ?」
「あの時はまだ中学の2年になったばかりで、明るいうちに帰れと父に言われてて……」
はっとして言葉を止めた。
そういえば、あの日もここに来た覚えがある。夜ではなかったけれど。
「へえ。14歳の頃か」
「え、ええ」
由比さんに追及されることを恐れ、私はぎこちなくうなずく。
昔の話は、したくない。
「お父さん、けっこう過保護なんだ」
「あ、いえ、その……過保護というより、過干渉なんです。今も私には厳しくて……し、信用されてないみたいで、いやになっちゃう」
笑ってごまかすが、由比さんはなぜかじっと見つめてきた。
不自然に思われたのか、それとも、何かを察してしまったのか。
困惑しながら見つめ返すと、彼は繋いだ手をぎゅっと握りしめた。
「そうだ、もっといい場所がある。奈々子、行こうぜ!」
「えっ?」
いきなり私の手を引き、出口に向かって歩きだした。
「え、あのっ、由比さん? 一体どこへ」
「いいから、いいから」
有無を言わせず、力強く引っ張っていく。
よく分からないが、あの頃についてあれこれ訊かれなくて良かった。
突然の行動に戸惑いつつも、私はホッと胸を撫で下ろした。
由比さんに連れて来られたのは、最初にお茶したカフェと同じビル内だった。
最上階に展望フロアがあるのを思い出したと、シャトルエレベーターの乗り場まで来て彼が説明した。
「広くはないが、予約制だから空いてるんだ。俺は顔パスだけどね」
カゴが到着すると、数人の客とともにスーツを着た若い男性が降りてきた。ビルのスタッフらしく、ネームプレートを付けている。
「あっ、これはどうも……」
由比さんに気付くとハッとした表情になり、ドアを押さえた。
「お久しぶりでございます、由比様」
「やあ、綺麗な景色を彼女に見せたくてね。おじゃまするよ」
「どうぞどうぞ、この時間は直通になっておりますので」
「ありがとう」
予約などしていないはずなのに、すんなり通された。
乗り込んだのは私たち二人のみ。男性は展望フロアのボタンを押すと外へ出て、深々と頭を下げた。
「いってらっしゃいませ。ごゆっくりとお過ごしください」
扉が閉まり、エレベーターが静かに上昇を始める。
「本当に顔パスなんですね」
「うん。いつもあんな感じだよ」
由比さんはこともなげに言い、風に乱された前髪を直す。片方の手は私の手と繋いだまま、ずっと離さずにいる。
「それより、大桟橋もいいが、ここの夜景もなかなかのもんだぞ。もっと早く思い出せばよかったなあ。あちこち歩き回らせて悪かったよ」
「えっ? いえ、そんなこと。今の時期はイルミネーションがきれいだし、歩くだけでも楽しかったです」
「そっか。なら良かった」
いかにも嬉しそうに笑う。満足そうな様子を見て、私はふと思った。
この人はきっと、人を楽しませるのが好きなのだ。仕事柄もあるが、もともとサービス精神が旺盛なのだろう。
「あっ、そうだ!」
「えっ?」
由比さんが急に真顔になり、ポケットからスマホを取り出した。
「俺としたことが、すっかり忘れていた。奈々子、ちょっと待っててくれよ」
「え、ええ」
いきなりどうしたのだろう。
アプリを操作し、画面を食い入るように見つめている。
「むう、この数字は……!」
うめくようにつぶやき、唇をかみしめる。険しい表情を見て、私はあることに気付いた。
由比さんは三保コンフォートのCEOとして多忙の身。今日も仕事の予定がぎっちりで、のんびりデートしている時間などないはずだった。
それなのに、私のためにスケジュールを変更し、仕事を休んだのである。
「あの、由比さん? もしかして、お仕事のことで何か問題が……」
「ヤバい。ヤバいぞ、これは」
「!?」
真剣な眼差し。額に浮かぶ汗。
さっきまで笑っていた由比さんが、こんなに厳しい顔になるなんて、よほど大変なことが起きたに違いない。
恐ろしい予感がすると同時に、後悔に苛まれた。私とデートなんてしてたから。
どうすればいい?
分からないけど、協力しなければ!
「由比さん、夜景なんてどうでもいいですから、早く会社に戻って対処を……!!」
「再生回数が少なすぎる」
「………………はい?」
再生回数?
どういうことなのか、しばし考える。
まさかと思い、彼のスマホをそっと覗いてみた。
「えっと、これって……」
「ダッシュボードだ。俺の、チャンネルの」
私は脱力し、床にへたり込む。
彼が見ていたのは、ウーチューブのアクセス解析ページ。
表示された数字は、動画の再生回数だった。
「えらく感動してるなあ。夜景は初めてなのか?」
由比さんが面白そうに訊ねた。
「はい。テレビや雑誌で見たことはありますが、本物は初めてです。ああ、でも本当にすごい! 特にこの場所は有名なビュースポットなんですよね?」
ここは大さん橋の上。
カップルを中心に、夜景を楽しむ人々で賑わっている。
「そうだな、見晴らしがいいから人気がある。にしても、なんで前は見なかったんだ?」
「あの時はまだ中学の2年になったばかりで、明るいうちに帰れと父に言われてて……」
はっとして言葉を止めた。
そういえば、あの日もここに来た覚えがある。夜ではなかったけれど。
「へえ。14歳の頃か」
「え、ええ」
由比さんに追及されることを恐れ、私はぎこちなくうなずく。
昔の話は、したくない。
「お父さん、けっこう過保護なんだ」
「あ、いえ、その……過保護というより、過干渉なんです。今も私には厳しくて……し、信用されてないみたいで、いやになっちゃう」
笑ってごまかすが、由比さんはなぜかじっと見つめてきた。
不自然に思われたのか、それとも、何かを察してしまったのか。
困惑しながら見つめ返すと、彼は繋いだ手をぎゅっと握りしめた。
「そうだ、もっといい場所がある。奈々子、行こうぜ!」
「えっ?」
いきなり私の手を引き、出口に向かって歩きだした。
「え、あのっ、由比さん? 一体どこへ」
「いいから、いいから」
有無を言わせず、力強く引っ張っていく。
よく分からないが、あの頃についてあれこれ訊かれなくて良かった。
突然の行動に戸惑いつつも、私はホッと胸を撫で下ろした。
由比さんに連れて来られたのは、最初にお茶したカフェと同じビル内だった。
最上階に展望フロアがあるのを思い出したと、シャトルエレベーターの乗り場まで来て彼が説明した。
「広くはないが、予約制だから空いてるんだ。俺は顔パスだけどね」
カゴが到着すると、数人の客とともにスーツを着た若い男性が降りてきた。ビルのスタッフらしく、ネームプレートを付けている。
「あっ、これはどうも……」
由比さんに気付くとハッとした表情になり、ドアを押さえた。
「お久しぶりでございます、由比様」
「やあ、綺麗な景色を彼女に見せたくてね。おじゃまするよ」
「どうぞどうぞ、この時間は直通になっておりますので」
「ありがとう」
予約などしていないはずなのに、すんなり通された。
乗り込んだのは私たち二人のみ。男性は展望フロアのボタンを押すと外へ出て、深々と頭を下げた。
「いってらっしゃいませ。ごゆっくりとお過ごしください」
扉が閉まり、エレベーターが静かに上昇を始める。
「本当に顔パスなんですね」
「うん。いつもあんな感じだよ」
由比さんはこともなげに言い、風に乱された前髪を直す。片方の手は私の手と繋いだまま、ずっと離さずにいる。
「それより、大桟橋もいいが、ここの夜景もなかなかのもんだぞ。もっと早く思い出せばよかったなあ。あちこち歩き回らせて悪かったよ」
「えっ? いえ、そんなこと。今の時期はイルミネーションがきれいだし、歩くだけでも楽しかったです」
「そっか。なら良かった」
いかにも嬉しそうに笑う。満足そうな様子を見て、私はふと思った。
この人はきっと、人を楽しませるのが好きなのだ。仕事柄もあるが、もともとサービス精神が旺盛なのだろう。
「あっ、そうだ!」
「えっ?」
由比さんが急に真顔になり、ポケットからスマホを取り出した。
「俺としたことが、すっかり忘れていた。奈々子、ちょっと待っててくれよ」
「え、ええ」
いきなりどうしたのだろう。
アプリを操作し、画面を食い入るように見つめている。
「むう、この数字は……!」
うめくようにつぶやき、唇をかみしめる。険しい表情を見て、私はあることに気付いた。
由比さんは三保コンフォートのCEOとして多忙の身。今日も仕事の予定がぎっちりで、のんびりデートしている時間などないはずだった。
それなのに、私のためにスケジュールを変更し、仕事を休んだのである。
「あの、由比さん? もしかして、お仕事のことで何か問題が……」
「ヤバい。ヤバいぞ、これは」
「!?」
真剣な眼差し。額に浮かぶ汗。
さっきまで笑っていた由比さんが、こんなに厳しい顔になるなんて、よほど大変なことが起きたに違いない。
恐ろしい予感がすると同時に、後悔に苛まれた。私とデートなんてしてたから。
どうすればいい?
分からないけど、協力しなければ!
「由比さん、夜景なんてどうでもいいですから、早く会社に戻って対処を……!!」
「再生回数が少なすぎる」
「………………はい?」
再生回数?
どういうことなのか、しばし考える。
まさかと思い、彼のスマホをそっと覗いてみた。
「えっと、これって……」
「ダッシュボードだ。俺の、チャンネルの」
私は脱力し、床にへたり込む。
彼が見ていたのは、ウーチューブのアクセス解析ページ。
表示された数字は、動画の再生回数だった。
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