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横浜デート
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カフェでお茶した後、私と由比さんはベイサイドエリアを観光した。
遊覧船に水族館。赤レンガ倉庫のマーケットではクリスマスフードを味わったり……盛りだくさんのデートコースだった。
気が付けば夜になろうとしている。
いつの間に時間が過ぎたのかと、少し不思議な感覚。
その理由はたぶん、楽しかったから。
由比さんは私の好みに合わせて行き先を選んでくれた。イベント情報にも詳しく、久しぶりの横浜を意外なほど満喫できたのは、彼のおかげだろう。
エアキャビンが行きかう遊歩道をぶらぶらしながら、私は素直に認めた。
「結構遊んだなあ。奈々子、楽しかったか?」
「はい。あの、由比さん……盛りだくさんのコースを、すごくスムーズに周れた気がします。どうしてそんなに詳しいのですか?」
ガイドブックもアプリも見ずに、なぜ要領よく案内できるのか訊ねてみた。
「横浜は支社があるし、時々、お客さんを案内してるからな」
「お客さん……あ、お仕事の?」
由比さんはうなずき、主に海外の取引先だと答えた。
「横浜港の歴史を紹介すると、たいていの人が興味を持ってくれる。もちろん、新しい施設やレストランにも連れて行くぞ。飽きさせないようにな」
「バランスよくメニューを組むのですね」
「そうそう、食事と同じ。味も栄養も偏らないよう、工夫して」
由比さんが嬉しそうに笑う。
「ま、仕事の一環だけどさ。どうせなら楽しんでもらいたいし、俺自身、観光に興味があるから、あらゆる方向にアンテナを張り、情報を更新してるんだ。何が流行っているのか、どんな店が人気なのか。接待のためだけじゃなく、今後の仕事に生かすことができれば一石二鳥だろ?」
「なるほど」
この人は本当にエネルギッシュだ。
CEOのスケジュールがどんなものか私には想像もつかないけれど、かなり忙しいはず。その上で日々勉強したり情報収集するのだから、一日24時間では足りないくらいだろう。
それだけでなく……
(ウーチューブに週に一度アップしてるなんて信じられない。しかも、あんな激しい動画を)
隣を歩く彼を、ちらりと見やる。
鼻筋の通った美しい横顔。欧米人に引けを取らない立派な体格をコートに包み颯爽と歩く彼は、ロマンス小説に登場するヒーローそのものだ。
旅先でのデートを思い出し、複雑な気持ちになる。
由比さんの正体を、あの時の自分は知らなかったし、想像もできなかった。
無理もない。彼の見た目は完璧な王子様であり、正体を知った今でも、本当に『キング』なのだろうかと疑ってしまうもの。
(由比さんが『キング』じゃなかったら、どんなに素敵だろう)
「ん? なんか言ったか」
「い、いいえ、なにも……あっ、明かりがついてきたなあと思って」
日が暮れて、港のあちこちにライトが灯りはじめる。じっと見てくる彼をごまかし、タワーやビルを指さした。
「よし、夜景を見てから帰るか」
「はい……わっ?」
突然、手を握られた。反射的に離そうとするが、彼はかえって力をこめる。
「あ、あの?」
「なんだよ。これでも遠慮して、我慢してたんだぞ」
「は、はあ……えっ、手を繋ぐのを、ですか?」
「うん」
口を尖らせ、前を向く。
「君に触れたくて触れたくて堪らないけど、なんて言うかこう、ガツガツして嫌われたくないだろ? それに今日は、奈々子のためのデートだし……安心して楽しんでもらいたいから、自分の欲求は抑えたんだ。でも、ちょっとぐらい好きにさせてくれよ」
「……え」
(嫌われたくない?)
「ぷっ……うふふっ」
思わず噴き出した。
子どもみたいな態度は、私の理想とする由比織人ではなく、まさに『キング』。
というか、今さら嫌われたくないから遠慮するなんて可笑しい。これまでの強引さはなんだったのか。
「また笑う。俺は真面目なんだけど?」
「す、すみません」
でも、なんだかこの人って純粋というか、まっすぐすぎて……
その対象がなぜ私なのかよく分からないけれど、気持ちは伝わってくる。
真面目な気持ちが。
ありのままの彼に、少し慣れてきたのかもしれない。こうして笑うことができるのは、きっと、その証拠だ。
「手、繋いだままでいいよな?」
「はい、大丈夫です」
デートして正解だったと思いながら、彼のリードに任せた。
遊覧船に水族館。赤レンガ倉庫のマーケットではクリスマスフードを味わったり……盛りだくさんのデートコースだった。
気が付けば夜になろうとしている。
いつの間に時間が過ぎたのかと、少し不思議な感覚。
その理由はたぶん、楽しかったから。
由比さんは私の好みに合わせて行き先を選んでくれた。イベント情報にも詳しく、久しぶりの横浜を意外なほど満喫できたのは、彼のおかげだろう。
エアキャビンが行きかう遊歩道をぶらぶらしながら、私は素直に認めた。
「結構遊んだなあ。奈々子、楽しかったか?」
「はい。あの、由比さん……盛りだくさんのコースを、すごくスムーズに周れた気がします。どうしてそんなに詳しいのですか?」
ガイドブックもアプリも見ずに、なぜ要領よく案内できるのか訊ねてみた。
「横浜は支社があるし、時々、お客さんを案内してるからな」
「お客さん……あ、お仕事の?」
由比さんはうなずき、主に海外の取引先だと答えた。
「横浜港の歴史を紹介すると、たいていの人が興味を持ってくれる。もちろん、新しい施設やレストランにも連れて行くぞ。飽きさせないようにな」
「バランスよくメニューを組むのですね」
「そうそう、食事と同じ。味も栄養も偏らないよう、工夫して」
由比さんが嬉しそうに笑う。
「ま、仕事の一環だけどさ。どうせなら楽しんでもらいたいし、俺自身、観光に興味があるから、あらゆる方向にアンテナを張り、情報を更新してるんだ。何が流行っているのか、どんな店が人気なのか。接待のためだけじゃなく、今後の仕事に生かすことができれば一石二鳥だろ?」
「なるほど」
この人は本当にエネルギッシュだ。
CEOのスケジュールがどんなものか私には想像もつかないけれど、かなり忙しいはず。その上で日々勉強したり情報収集するのだから、一日24時間では足りないくらいだろう。
それだけでなく……
(ウーチューブに週に一度アップしてるなんて信じられない。しかも、あんな激しい動画を)
隣を歩く彼を、ちらりと見やる。
鼻筋の通った美しい横顔。欧米人に引けを取らない立派な体格をコートに包み颯爽と歩く彼は、ロマンス小説に登場するヒーローそのものだ。
旅先でのデートを思い出し、複雑な気持ちになる。
由比さんの正体を、あの時の自分は知らなかったし、想像もできなかった。
無理もない。彼の見た目は完璧な王子様であり、正体を知った今でも、本当に『キング』なのだろうかと疑ってしまうもの。
(由比さんが『キング』じゃなかったら、どんなに素敵だろう)
「ん? なんか言ったか」
「い、いいえ、なにも……あっ、明かりがついてきたなあと思って」
日が暮れて、港のあちこちにライトが灯りはじめる。じっと見てくる彼をごまかし、タワーやビルを指さした。
「よし、夜景を見てから帰るか」
「はい……わっ?」
突然、手を握られた。反射的に離そうとするが、彼はかえって力をこめる。
「あ、あの?」
「なんだよ。これでも遠慮して、我慢してたんだぞ」
「は、はあ……えっ、手を繋ぐのを、ですか?」
「うん」
口を尖らせ、前を向く。
「君に触れたくて触れたくて堪らないけど、なんて言うかこう、ガツガツして嫌われたくないだろ? それに今日は、奈々子のためのデートだし……安心して楽しんでもらいたいから、自分の欲求は抑えたんだ。でも、ちょっとぐらい好きにさせてくれよ」
「……え」
(嫌われたくない?)
「ぷっ……うふふっ」
思わず噴き出した。
子どもみたいな態度は、私の理想とする由比織人ではなく、まさに『キング』。
というか、今さら嫌われたくないから遠慮するなんて可笑しい。これまでの強引さはなんだったのか。
「また笑う。俺は真面目なんだけど?」
「す、すみません」
でも、なんだかこの人って純粋というか、まっすぐすぎて……
その対象がなぜ私なのかよく分からないけれど、気持ちは伝わってくる。
真面目な気持ちが。
ありのままの彼に、少し慣れてきたのかもしれない。こうして笑うことができるのは、きっと、その証拠だ。
「手、繋いだままでいいよな?」
「はい、大丈夫です」
デートして正解だったと思いながら、彼のリードに任せた。
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