一億円の花嫁

藤谷 郁

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横浜デート

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「照れなくてもいいのに。しょうがないなあ、奈々子は」
「てっ、照れてなんかいません」

 キッと睨むと、仕方ないという感じで身を引いた。そして、ふと真面目な顔になり、

「いちいち不安になるな。由比家なんて、君が思うほど大した一族じゃない。もとをたどれば信州の名主だが、直系のご先祖は土地も金も最低限しか与えられない末端の分家だった。財をなしたのはたまたまで、運が良かっただけなんだから」
「……たまたま?」
「時勢に恵まれてたってこと。つまり、成り上がり一族なわけ」

 由比さんは私の不安を見抜いていたようだ。だけどそれよりも、成り上がり一族というのは一体?
 首を傾げる私に、彼は微笑む。

「三保コンフォートの歴史は知ってる?」
「あ、はい。公式ホームページに年表が載っていたので」

 そこには、長野で旅館を営んでいた初代社長が、観光ブームを足がかりに事業を拡大させたと書いてあった。

 創業は昭和28年。当初は三保旅館という会社名だった。最初の旅館を三保湖みほこと呼ばれる湖のほとりに建てたため、社名となったそうだ。

「創業者は俺の曽祖父。しかし会社を興す元手を作ったのは、その一代前の由比一郎という人物だ。伝え聞く話では、進取の気性に富む、かなりエネルギッシュな野心家だったとか」
「由比一郎。年表には載っていなかったような……?」
「会社の歴史には関係ない人だからな。しかし実際、その人がいなければ三保コンフォートはなかった。彼が金を作ったからこそ、今の由比家があるんだ」

 なんだか、目がキラキラしてきた。
 熱い語り口といい、おそらく彼は、野心家だったというそのご先祖様をリスペクトしている。

「それでな、由比一郎がどうやって金を作ったかというと」
「は、はい」

 由比さんが生き生きと話し始めた。



 由比一郎は幼い頃より才気煥発。容姿も優れた立派な男子だった。しかも人一倍負けず嫌いで、野心家ときている。
 つまり、行動が尋常ではない。

 青年の頃。

 教養を付ければさらに良い跡取りになると期待した父親は、一郎を東京の学校に進学させた。本家に頼み込み、借金までして。
 その甲斐あって、一郎は優秀な成績で卒業するが……

「このまま家を継ぐのは嫌だ。俺は相場師になる!」

 彼は東京から戻らず、音信不通となった。
 長子の裏切りに父母は絶望したが、なんと3年後、一郎はとてつもない大金を得て故郷に戻ってきた。

『株なんて簡単、簡単。さほど難しくなかったぜ!』

 確かに当時の日本は、日露戦争後の好景気に沸いていた。とはいえ、世間知らずの若造が短期間で財をなすなど並大抵ではない。
 よほど無茶したのではと父母は察し、息子の無鉄砲ぶりに呆れたという。


「しかしそのおかげで、由比家は本家を凌ぐほどの資産家となり、曽祖父が会社を興す下地を作ることができたわけさ」
「すごい人だったのですね」

 というか、そのご先祖様はなんだか、この人に似ている気がする。
 容姿の優れた、才気煥発な青年。
 自分がやりたいように行動し、周りを振り回すところなんて、特に。
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