59 / 120
横浜デート
1
しおりを挟む
人になにかを頼まれた時、私はNOと言えない。孤独だったあの頃を思い出すから。
今でも時々夢を見て、うなされる。
毎日ひとりぼっちで、うつむいて歩いていた。感情を殺して、みんなのじゃまにならないよう、卒業までの日々を過ごした。
私が悪かったのだ。もっといい方法があったはずなのに、上手く行かなくて、破綻させた。家族にも迷惑をかけて、期待を裏切り、失望させた。
だから私は、NOと言わない。みんなのために、自分のために。
それが一番正しい。
そうやって生きていくのだと、ずっと思っていた。
考えてみれば、人の要望を拒否したのは、あれ以来初めてのことだ。
しかも、自分でも驚くほどはっきりと。
――嫌です。あなたとは結婚しません!
結局、その意思は跳ね返されたけれど……
「奈々子、もうすぐ着くぞ。昼には早いが、先に食事でもする?」
「えっ? いえ、まだ大丈夫です」
「それならまず、観光だな。どこか行きたいところがあれば遠慮なく言えよ」
「はい。ありがとうございます」
車を運転する由比さんの隣で、私は物思いに耽っていた。
いつの間にか、横浜に着こうとしている。
「港は寒そうだなぁ。今日は雪がちらつくって予報だし」
と言いながら、鼻歌など口ずさんでいる。私が黙っていても彼は気にする様子もなく、ずっとご機嫌だ。
「ところで、奈々子は横浜でも良かったのか? 俺が勝手に決めちゃったけど」
「ええ、構いません」
デートの場所は、彼に決めてもらった。私はもう投げやりな気持ちだったし、何も考えられなかったから。
由比さんは横浜までドライブすると言って自らハンドルを握った。運転手さんにはその場で降りてもらい、帰りのタクシー代とチップを渡し、労いの言葉をかけていた。
運転手さんは嬉しそうに受け取ると、私にも丁寧にお辞儀をして、車を見送ってくれた。
「わあ……」
みなとみらいの景色が車窓に広がる。横浜に来るのは何年ぶりだろう。
めったに出歩かない自分にとって、観光地の眺めは新鮮で、思わず知らずワクワクしてしまう。
「まさか横浜は初めて?」
窓にかぶりつく私を見て、由比さんが面白そうに訊ねた。
「いえ、ずっと前に来たことがあります。山下公園を散歩したり、中華街でご飯を食べたり」
「ふうん。もしかして、ボーイフレンドと?」
サングラスをずらして、私をチラ見した。
「ち、違います。中学生の頃に……」
ふと、言葉を止めた。
そうだった。あれは中学2年の春。席が近い女の子たちとグループになり、日曜日に遊びに出かけたのだ。
クラス替えしたばかりで、知り合いがほとんどいなかった私は、誘われたことが嬉しくて仕方なかった。
「ふうん。じゃあ、友達とか?」
「は、はい。そうです……」
友達だった、あの頃はまだ。
でも、あれから数ヶ月後に、私は……
昔を思い出してしまい、さっきまでのワクワクがしぼんでいく。急激に時が戻っていくようで、暗い気持ちになる。
「奈々子? どうかしたのか」
「あ、いえっ、別に……!」
私は顔を上げて、笑みを作った。
彼には知られたくない。バカにされても同情されても、惨めになるから。
「お、お腹は空いてないけど、喉が渇きました。お茶でも飲みませんか?」
「いいね。了解」
ちょっと不自然だったかも。
でも由比さんは特に何も訊かず、パーキングを見つけるとその方へハンドルを切る。
私は胸の古傷を隠し、ひそかにため息をついた。
今でも時々夢を見て、うなされる。
毎日ひとりぼっちで、うつむいて歩いていた。感情を殺して、みんなのじゃまにならないよう、卒業までの日々を過ごした。
私が悪かったのだ。もっといい方法があったはずなのに、上手く行かなくて、破綻させた。家族にも迷惑をかけて、期待を裏切り、失望させた。
だから私は、NOと言わない。みんなのために、自分のために。
それが一番正しい。
そうやって生きていくのだと、ずっと思っていた。
考えてみれば、人の要望を拒否したのは、あれ以来初めてのことだ。
しかも、自分でも驚くほどはっきりと。
――嫌です。あなたとは結婚しません!
結局、その意思は跳ね返されたけれど……
「奈々子、もうすぐ着くぞ。昼には早いが、先に食事でもする?」
「えっ? いえ、まだ大丈夫です」
「それならまず、観光だな。どこか行きたいところがあれば遠慮なく言えよ」
「はい。ありがとうございます」
車を運転する由比さんの隣で、私は物思いに耽っていた。
いつの間にか、横浜に着こうとしている。
「港は寒そうだなぁ。今日は雪がちらつくって予報だし」
と言いながら、鼻歌など口ずさんでいる。私が黙っていても彼は気にする様子もなく、ずっとご機嫌だ。
「ところで、奈々子は横浜でも良かったのか? 俺が勝手に決めちゃったけど」
「ええ、構いません」
デートの場所は、彼に決めてもらった。私はもう投げやりな気持ちだったし、何も考えられなかったから。
由比さんは横浜までドライブすると言って自らハンドルを握った。運転手さんにはその場で降りてもらい、帰りのタクシー代とチップを渡し、労いの言葉をかけていた。
運転手さんは嬉しそうに受け取ると、私にも丁寧にお辞儀をして、車を見送ってくれた。
「わあ……」
みなとみらいの景色が車窓に広がる。横浜に来るのは何年ぶりだろう。
めったに出歩かない自分にとって、観光地の眺めは新鮮で、思わず知らずワクワクしてしまう。
「まさか横浜は初めて?」
窓にかぶりつく私を見て、由比さんが面白そうに訊ねた。
「いえ、ずっと前に来たことがあります。山下公園を散歩したり、中華街でご飯を食べたり」
「ふうん。もしかして、ボーイフレンドと?」
サングラスをずらして、私をチラ見した。
「ち、違います。中学生の頃に……」
ふと、言葉を止めた。
そうだった。あれは中学2年の春。席が近い女の子たちとグループになり、日曜日に遊びに出かけたのだ。
クラス替えしたばかりで、知り合いがほとんどいなかった私は、誘われたことが嬉しくて仕方なかった。
「ふうん。じゃあ、友達とか?」
「は、はい。そうです……」
友達だった、あの頃はまだ。
でも、あれから数ヶ月後に、私は……
昔を思い出してしまい、さっきまでのワクワクがしぼんでいく。急激に時が戻っていくようで、暗い気持ちになる。
「奈々子? どうかしたのか」
「あ、いえっ、別に……!」
私は顔を上げて、笑みを作った。
彼には知られたくない。バカにされても同情されても、惨めになるから。
「お、お腹は空いてないけど、喉が渇きました。お茶でも飲みませんか?」
「いいね。了解」
ちょっと不自然だったかも。
でも由比さんは特に何も訊かず、パーキングを見つけるとその方へハンドルを切る。
私は胸の古傷を隠し、ひそかにため息をついた。
7
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様


君の秘密
朝陽七彩
恋愛
「フン‼」
「うるせぇ‼」
「黙れ‼」
そんなことを言って周りから恐れられている、君。
……でも。
私は知ってしまった、君の秘密を。
**⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆*
佐伯 杏樹(さえき あんじゅ)
市野瀬大翔(いちのせ ひろと)
**⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆*

甘い支配の始まり~愛に従え 愛に身を委ねろ~【完結】
まぁ
恋愛
【失恋は甘い支配の始まり】
花園紫乃 Hanazono Shino 24歳
町田瑠璃子 Machida Ruriko 24歳
水戸征二 Mito Seiji 28歳
長谷川壱 Hasegawa Ichi 31歳
大垣誠 Ogaki Makoto 31歳
※作品中の個人、団体、街…全て架空のフィクションです

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
夫のつとめ
藤谷 郁
恋愛
北城希美は将来、父親の会社を継ぐ予定。スタイル抜群、超美人の女王様風と思いきや、かなりの大食い。好きな男のタイプは筋肉盛りのガチマッチョ。がっつり肉食系の彼女だが、理想とする『夫』は、年下で、地味で、ごくごく普通の男性。
29歳の春、その条件を満たす年下男にプロポーズすることにした。営業二課の幻影と呼ばれる、南村壮二26歳。
「あなた、私と結婚しなさい!」
しかし彼の返事は……
口説くつもりが振り回されて? 希美の結婚計画は、思わぬ方向へと進むのだった。
※エブリスタさまにも投稿

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】
まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と…
「Ninagawa Queen's Hotel」
若きホテル王 蜷川朱鷺
妹 蜷川美鳥
人気美容家 佐井友理奈
「オークワイナリー」
国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介
血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…?
華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる