一億円の花嫁

藤谷 郁

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私以外、みんな幸せ

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 私はぼうぜんとしたまま、レストランを出た。

 静まり返った廊下には関根さんだけがいて、沈痛な面持ちで私を迎えた。
 タクシー乗り場まで彼女が付き添ってくれたが、どんな会話を交わしたのか覚えていない。

 そして家に帰ると、玄関先で待っていた父がいきなり、「おめでとう、奈々子。うまくいって良かったな!」と、満面の笑みを浮かべた。

 お見合いのあと、由比さんが父に電話して報告したのだ。
 もちろん、彼に都合のいい事実に変えて。

 私はとにかく疲れ果てて、口もきけない。ただ無力感に苛まれ、振袖を着替えてから自室にこもってベッドに倒れた。

 もう、どうしようもないのだ。


 ◇ ◇ ◇


「信じられない。マジな話なの、それ」

 ことのあらましを聞いた姉が、心から驚いた様子で私に確認した。

「うん」

 私は短く返事して、あとは黙った。父が勝手に喋り続けたから。

「さすがの薫もびっくりだろう。なにしろ相手はホテル業のほか、国内外の不動産も扱う、グローバル企業の御曹司だ。

 父の高笑いを聞きながら、壁の時計をチラリと見やる。午後7時45分ーーもうすぐ、彼が我が家にやって来る時間だ。
 そしてリビングには家族が集まり、喜んで迎え入れようとしている。クールな姉までもが興奮して、頬を赤らめて。

「由比織人っていえば、有名なイケメン御曹司よ。まさかそんな大物が、私の義弟おとうとになるなんて……ブタ野郎とは天と地の差じゃないの。でかしたわね、奈々子!」
「こらこら、坂崎さんに失礼だぞ。なあ、母さん」
「そうよ、ちょっとひどいわよ、薫。オホホホホ……!」

 つまり、この縁談に反対する者は誰もおらず、私は孤立無援。妖怪に差し出される人身御供の気持ちだった。

 ただ家族は、彼が化け猿であることを知らないようだけれど……

(あっ……!)

 そうか、お父さんたちは由比さんの本性を知らない。ウーチューバーのキングであることも。

 私の胸に、一筋の光明がさした。なぜ気づかなかったのだろう。

 もし彼の正体が判明すれば、この縁談は破綻する。なぜなら、娘が化け猿と結婚するなど、そんなみっともないことを、父が許すわけがない。

 おっとりした母はもちろん、プライドの高い姉だって同じだ。暑苦しくて粗暴な男性など、軽蔑の対象である。

(そうよ、そうよ。そのとおり)

 由比さんは三保コンフォートのCEOだが、その実体は、変態ウーチューバー『キング』。言うなれば、身内にしたくないナンバーワンの男。
 見栄っ張りな私の家族なら、結婚に反対する。絶対に!

(ああ、良かった……みんなが見栄っ張りで、本当に、良かった)

 そのせいで疎まれてきた私だが、今回は救われる。素直にありがたいと思った。
 ここへきて、逃げ道を見出すなんて……!

「それにしても、グローバル企業の御曹司にして完全無欠の王子様が、落ちこぼれの奈々子と恋に落ちるとはねえ。しかも旅先でしょ? 100万分の一の奇跡って感じ?」

 姉の声にハッとする。
 私はソワソワしながら、あらためて家族と向き合った。
 早く、早く言わなければ。

「確かに……奈々子には悪いが、私も少しは疑っていたのだ。何か裏があるのではないかと。だが、どうやら由比さんは本気らしいのだよ」
「ふうん。でもなんだか、手放しで喜んでいいのか心配になってきたわ。だって奈々子よ?」
「薫、おやめなさい。せっかくの良いお話なんだから、みんなで奈々子を応援しましょうよ。何といっても、由比家は由緒ある家柄で、その上、大金持ちなんですから」

 勝手なやり取りを前に、私は、今こそ真実を告げるタイミングだと直感した。
 由比さんが来てしまってからでは遅い。今、あの動画を家族に暴露するのだ。
 この縁談は良いお話などではないのだから、決して。


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