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化け猿の花嫁
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「お茶は香片と龍井。点心はオーダーどおり、彼女のペースに合わせて運んでくれ」
「かしこまりました」
由比さんが注文すると、ウエイターが一旦下がり、じきにお茶が提供された。
ジャスミンの香りが、心をリラックスさせる。
「奈々子」
しばらくお茶を味わってから、彼が呼んだ。
茶器を置くと、私たちはあらたまって向き合う。円卓を挟み、由比さんがまっすぐに見つめてきた。
「関根さんから、あれこれ聞かされただろ」
「……はい」
まゆきでの出会いと、いきさつ。
そして、由比さんの正体について。
「自分で話すと言ったんだが、なんか信用されなくてさ。……まあ、彼女が伝えたとおりだ」
「……」
私も、彼をまっすぐに見つめ返す。
ここから先は、いよいよ二人きりの時間。きちんと意思を伝えるよう、がんばらなければ。
「あの……それで由比さん。私は、あ、あなたとの縁談は……」
「まあ待て、結論を急ぐな」
「えっ!?」
手のひらをこちらに向けて、私の言葉を遮る。彼の表情は、ものすごく真剣だった。
「事情はあれど、正体を隠したのは事実だし、すまなかったと思う。立場上、キングであることも言えなくて……びっくりしたよな?」
「は、はい」
それはもう、気絶しそうなほど驚いた。関根さんから理由を聞いて衝撃は和らいだが、まだ、かなり動揺している。
「だけど、あれが真実の俺であり、本当の俺として、君と再会したかったんだ。つまり、それが男としてのけじめで、誠意と考えている」
「せ、誠意?」
「だって、隠し事はよくないだろ?」
由比さんは椅子の背にゆったりともたれ、嬉しそうに微笑む。
「ようやくこの日を迎えられた。これからは、ありのまますべてを、全部見せるよ。奈々子と俺は、家族になるんだからな!」
「……はい?」
私はぽかんして、しかしすぐに彼の言葉の意味を理解し、冷や汗を垂らす。
この人の中では、『結婚』が決定事項なのだ。
私は、断ろうと決めているのに。
「あ、あのっ、由比さん。ちょっと待ってください。このお見合いについて、わ、私は……」
「蝦入りの蒸餃子でございます」
目の前に蒸籠が置かれた。
いつの間にか、ウエイターがそばに来ていたのだ。
ほかほかと湯気の立つ、ぽってりとした料理に意気を削がれる。
「そのままでも、たれを付けても、美味しゅうございますよ?」
ウエイターがソースの器を開けて、説明した。
「あ、ありがとうございます」
「おお、張さんの特製ソースか。いつも楽しみなんだよ~」
由比さんは常連なのだろうか。
ウエイターと楽し気にやり取りしている。
「美味そうだろ。香港の一流料理店で修業したシェフの、本場の味だぞ」
「そうなんですね。とても美味しそう……って、そうじゃなくて!」
茶器を取り換えて、ウエイターが立ち去る。
再び二人きりになると、私は箸を置き、必死の思いで由比さんを見つめた。すると彼は、観念したように相対した。
「分かったよ……だが結論を出す前に、まず話を聞いてくれ」
由比さんも箸を置く。私の言いたいことを、どうやら彼は察している。
とにかく一応、由比さんの話を聞くことにした。
私の答えはたぶん、変わらないけれど。
「関根さんから聞いただろうが、俺としては君を騙したくなかった。スマートなCEOとして奈々子とデートしたのは、会社のイメージを守るため。しかし、別の理由もあった」
「はあ……」
まゆきでの話だ。どういう意味なのかピンと来ず、私は首を傾げる。
「前にも言ったけど、君の望みを叶えたいと思ったからだ」
「私の、望み……?」
「ほら、雪の中で俺とぶつかって、気を失う前につぶやいただろ」
雪の降る、湖畔の道。
由比さん――キングと遭遇した場面を思い出す。私は、猿のマスクと全裸に驚き、腰を抜かして、気を失った。
その時に、私がつぶやいた……?
「あっ!」
「思い出したか」
確かにつぶやいた。もう駄目だと絶望し、涙をこぼして。
――せめて、王子様と恋をしてから死にたかった
「かしこまりました」
由比さんが注文すると、ウエイターが一旦下がり、じきにお茶が提供された。
ジャスミンの香りが、心をリラックスさせる。
「奈々子」
しばらくお茶を味わってから、彼が呼んだ。
茶器を置くと、私たちはあらたまって向き合う。円卓を挟み、由比さんがまっすぐに見つめてきた。
「関根さんから、あれこれ聞かされただろ」
「……はい」
まゆきでの出会いと、いきさつ。
そして、由比さんの正体について。
「自分で話すと言ったんだが、なんか信用されなくてさ。……まあ、彼女が伝えたとおりだ」
「……」
私も、彼をまっすぐに見つめ返す。
ここから先は、いよいよ二人きりの時間。きちんと意思を伝えるよう、がんばらなければ。
「あの……それで由比さん。私は、あ、あなたとの縁談は……」
「まあ待て、結論を急ぐな」
「えっ!?」
手のひらをこちらに向けて、私の言葉を遮る。彼の表情は、ものすごく真剣だった。
「事情はあれど、正体を隠したのは事実だし、すまなかったと思う。立場上、キングであることも言えなくて……びっくりしたよな?」
「は、はい」
それはもう、気絶しそうなほど驚いた。関根さんから理由を聞いて衝撃は和らいだが、まだ、かなり動揺している。
「だけど、あれが真実の俺であり、本当の俺として、君と再会したかったんだ。つまり、それが男としてのけじめで、誠意と考えている」
「せ、誠意?」
「だって、隠し事はよくないだろ?」
由比さんは椅子の背にゆったりともたれ、嬉しそうに微笑む。
「ようやくこの日を迎えられた。これからは、ありのまますべてを、全部見せるよ。奈々子と俺は、家族になるんだからな!」
「……はい?」
私はぽかんして、しかしすぐに彼の言葉の意味を理解し、冷や汗を垂らす。
この人の中では、『結婚』が決定事項なのだ。
私は、断ろうと決めているのに。
「あ、あのっ、由比さん。ちょっと待ってください。このお見合いについて、わ、私は……」
「蝦入りの蒸餃子でございます」
目の前に蒸籠が置かれた。
いつの間にか、ウエイターがそばに来ていたのだ。
ほかほかと湯気の立つ、ぽってりとした料理に意気を削がれる。
「そのままでも、たれを付けても、美味しゅうございますよ?」
ウエイターがソースの器を開けて、説明した。
「あ、ありがとうございます」
「おお、張さんの特製ソースか。いつも楽しみなんだよ~」
由比さんは常連なのだろうか。
ウエイターと楽し気にやり取りしている。
「美味そうだろ。香港の一流料理店で修業したシェフの、本場の味だぞ」
「そうなんですね。とても美味しそう……って、そうじゃなくて!」
茶器を取り換えて、ウエイターが立ち去る。
再び二人きりになると、私は箸を置き、必死の思いで由比さんを見つめた。すると彼は、観念したように相対した。
「分かったよ……だが結論を出す前に、まず話を聞いてくれ」
由比さんも箸を置く。私の言いたいことを、どうやら彼は察している。
とにかく一応、由比さんの話を聞くことにした。
私の答えはたぶん、変わらないけれど。
「関根さんから聞いただろうが、俺としては君を騙したくなかった。スマートなCEOとして奈々子とデートしたのは、会社のイメージを守るため。しかし、別の理由もあった」
「はあ……」
まゆきでの話だ。どういう意味なのかピンと来ず、私は首を傾げる。
「前にも言ったけど、君の望みを叶えたいと思ったからだ」
「私の、望み……?」
「ほら、雪の中で俺とぶつかって、気を失う前につぶやいただろ」
雪の降る、湖畔の道。
由比さん――キングと遭遇した場面を思い出す。私は、猿のマスクと全裸に驚き、腰を抜かして、気を失った。
その時に、私がつぶやいた……?
「あっ!」
「思い出したか」
確かにつぶやいた。もう駄目だと絶望し、涙をこぼして。
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