一億円の花嫁

藤谷 郁

文字の大きさ
上 下
45 / 120
アクションスター

しおりを挟む

「ああ、はい。そのことですが……」

 関根さんが少し言いにくそうにして、わけを教えた。

「あの場所は、『立入禁止区域』でした。雪のせいで、看板が見辛かったのだと思います」
「……えっ?」

 そういえば、私は顔を伏せて走っていた。雪がすごく降っていたから、周りがよく見えない状態で。
 つまり、ホテルに戻る道を逸れていたということ?
 立ち入り禁止区域の看板を見落として。

「す、すみません! 私……全然気づかなかったです。なのに……」

 こんなところで全裸でいるなんてと、由比さんを責めてしまった。だから彼は、こんなところ? と、変な反応をしたのだ。

 己のドジが招いた災難だっだと知り、今さら恥ずかしさで赤面する。

「いえ、違います。すべてこちらのミスであり、大月様のせいではありません。看板をもっと大きく掲げるか、ロープを張っておくべきだったと反省しております」

 うろたえる私を、関根さんが擁護する。余計に恥じ入るが、もう、どうしようもなかった。

「とにかくも、我々はごまかすつもりでした。猿の男は変質者ということにして、話を収めようと……ところが、織人様が大月様を気に入って、どうしても食事に誘うのだと駄々をこねるもので、あのような展開になったわけです」
「……そうだったんですね」

 関根さんも総支配人も大変だったのだ。私は何も知らず、由比さんと食事を共にし、ドキドキしていた。

「で、でも、なぜでしょうか。私を、気に入るなんて……あんな出会い方をしたのに」

 状況は理解できた。だけど、その辺りについては、謎が残る。

「そもそも由比さんほどの人が、どうして私を? こんな風に、お見合いの段取りまでして」
「大月様。その答えは、織人様しか分かりません。あなたを選んだ理由を、彼は誰にも話さないのです。ただ、なんというか、女性に対してあれほどの執着を見せるのは初めてのことだと、大野も驚いていました」
「大野さん……あ、総支配人の」

 由比さんをお坊ちゃまと呼んでいた、『まゆき』の総支配人である。

「大野三四郎さんしろうは、由比家に代々つかえる大野家の家長です。現在は総支配人としてホテル業についておりますが、以前は由比家に住み込み、織人様のおりと、世話役を務めていました。なので大野は、織人様の性格からなにから、よくご存じなのです。もちろん、女性関係も」

 ドキッとした。
 つまり、由比さんをよく知る人が、私に対する彼の『執着』を証言している、ということ。

「大月様への気持ちが本気であるのは、間違いございません」
「……」

 返事のしようがない。
 いろんな意味で、動悸が激しくなる。

「と、とにかく、動画を見てみますね」

 冷静にならなければ。
 だって由比さんは、私が考えていたような、王子様ではないのだから。現実を直視する必要がある。
 
「そうですね。最新の動画だけでも、ご覧になってください。本人と話をされる前に」

 レストランで由比さんが待っている。
 時計を気にする関根さんの前で、私は動画に集中した。

「……」
「大月様、いかがでしたか?」

 スマートフォンから顔を上げた私に、関根さんが遠慮がちに訊ねる。10分弱の長さなので、すぐに見終わることができた。
 だけど、その短い時間で、私は由比さん……『キング』という配信者を判断するに至った。
 まさに、百聞は一見に如かず。

「あの、正直に言っても、いいでしょうか」
「も、もちろんです。どうぞ、ご遠慮なくお聞かせください!」
「私の、彼に対する感想は……」

 前のめりになる彼女に、私は曖昧な笑みを浮かべた。少し、こわばっているかもしれない。

「すみません……絶対に、関わりたくないタイプです」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

君の秘密

朝陽七彩
恋愛
「フン‼」 「うるせぇ‼」 「黙れ‼」 そんなことを言って周りから恐れられている、君。 ……でも。 私は知ってしまった、君の秘密を。 **⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆* 佐伯 杏樹(さえき あんじゅ) 市野瀬大翔(いちのせ ひろと) **⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆*

甘い支配の始まり~愛に従え 愛に身を委ねろ~【完結】

まぁ
恋愛
【失恋は甘い支配の始まり】 花園紫乃 Hanazono Shino 24歳 町田瑠璃子 Machida Ruriko 24歳 水戸征二 Mito Seiji 28歳 長谷川壱 Hasegawa Ichi 31歳 大垣誠 Ogaki Makoto 31歳 ※作品中の個人、団体、街…全て架空のフィクションです

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】

まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と… 「Ninagawa Queen's Hotel」 若きホテル王 蜷川朱鷺  妹     蜷川美鳥 人気美容家 佐井友理奈 「オークワイナリー」 国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介 血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…? 華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。

処理中です...