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アクションスター
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由比さんのプロフィールを、表も裏も関係なく知りたいという私の要望に、関根さんは真摯に応えてくれた。
そして、彼を変質者と思い込んだ私の『誤解』についても、明らかになる。
「織人様が三保コンフォートのCEOにして、創業家一族の御曹司であるのは、本人が自己紹介したとおりです。容姿端麗、頭脳明晰、経営の才覚に恵まれた、自他ともに認めるハイスペック。生まれ育ち、学歴、経歴に関しても、彼がお伝えした内容に嘘はありません。ただ……」
由比織人には、知られざる一面があった。
「いえ、一面というより真の姿です。それが露見すれば、三保コンフォートのイメージが大きく崩れる。絶対に、外部に漏れてはいけないのです」
「そ、そんなに……?」
「はい。外部ばかりではありません。織人様の実体については、社内でも一部の者だけが知る機密であり、取締役の他は、我々特務室のメンバーのみが把握しております。ちなみに、先ほどラウンジにいたのは、メンバーの者たちです」
ラウンジを貸し切り、そこに配置されたのは秘密を知るメンバーのみ。会社のイメージを守るために、そこまでする必要があるのだ。
いよいよ緊張してきた。
「織人様の本性は、わが社のトップシークレット。世界中がネットでつながるこの時代、もしSNSに流れでもしたら、グローバルな客層に支えられたホテル経営に、大打撃を与えるのは間違いございません」
完璧なCEOである由比さんの、真の姿とは。
私は固唾をのみ、答えを待つ。
「本当の織人様は、スマートな王子様とは違います。実際は、筋肉とパワー、並外れた運動神経が自慢の、野性の猿みたいな男性なのです」
「さ、猿……!?」
一瞬、悪寒が走った。
猿のマスクと、筋骨隆々の全裸が頭をよぎる。
「心身に滾る荒々しさは、学生時代はスポーツなどで発散していましたが、CEOともなればそうもいきません。公私ともに品格を求められ、行儀よく振舞わねばならない立場は、過剰なストレスを彼に与えました。それゆえ彼は、日頃のうっぷんを解消するため、ある行動を起こしてしまいます」
「ある……行動?」
「はい。あれは、CEOに就任して間もなくの頃。織人様は、アクション動画を配信するウーチューバ―としてデビューしてしまったのです」
ウーチューバ―。
インターネットのウーチューブというサイトにチャンネル開設して、動画を公開する人のことだ。
「あの、えっと……アクション動画、というのは?」
関根さんがスマートフォンを取り出し、ササっと操作する。そして、私の手に持たせた。
彼女が見せたのは、ウーチューブのアプリ。表示されたチャンネルは――
【華麗なる一撃~最強『キング』のチャレンジ~世界一のアクションスターは俺だ!!】
「こ、これは、もしかして……由比さんの?」
「そうです。『キング』というのは、織人様のハンドルネームですね」
「ハンドルネーム……つまり由比さんは、ウーチューブで動画を公開する配信者だと」
「百聞は一見に如かず。どうぞ、ご覧になってください」
関根さんに促され、『キング』のチャンネルと向き合う。
指が震えている。何とも言えない、複雑な感情に襲われながら、一番上にある、最新の動画をタップした。
でかでかと表示されたタイトルは、『雪中鍛錬やってみた!寒さを感じない俺は無敵!!』
私が抱く由比さんのイメージからは想像もできないセンスのチャンネル名とタイトルに、眩暈がしそうになる。
「あっ……」
タイトルから切り替わった画面を見て、思わず声を上げた。
雪の降りしきる湖。見覚えのある景色の前でポーズを取るのは、猿のマスクを被った、体格の良い男。
黒のタイツを穿いているので全裸ではないが、間違いない。
雪の遊歩道で、私が遭遇した『変質者』だ。
慌てて動画を静止させて、関根さんに確認した。
「あ、あの時の変……マスクを被った男が、この人……由比さんだったのですね」
「はい。織人様はあの時、雪の中でこの動画を撮影していました。大月様とぶつかった際に全裸だったのは、ちょうど着替えの最中だったそうで……間が悪かったとはいえ、変質者と間違われるのも無理はありません」
関根さんは申しわけなさそうに言い、目を伏せた。
「動画を撮影……」
静止した画面を見下ろし、私はいろんなことに納得した。
気を失った私を介抱したのは、由比さん自身だろう。ホテルに運び、医者を呼んで診察し、私が目を覚ますと、関根さんや総支配人が代わりに謝罪した。
なぜなら、猿の全裸男が由比織人とバレたら、大変だから。
「だけど、なぜ由比さんはあんなところで動画撮影を? 天候が悪いとはいえ、遊歩道は観光客が往来して、誰に目撃されるか分からないのに」
実際、私に見られてしまった。もしマスクを被っていなかったらどうするのだろう。ていうか、遊歩道で着替えるのもどうかと思う。
そして、彼を変質者と思い込んだ私の『誤解』についても、明らかになる。
「織人様が三保コンフォートのCEOにして、創業家一族の御曹司であるのは、本人が自己紹介したとおりです。容姿端麗、頭脳明晰、経営の才覚に恵まれた、自他ともに認めるハイスペック。生まれ育ち、学歴、経歴に関しても、彼がお伝えした内容に嘘はありません。ただ……」
由比織人には、知られざる一面があった。
「いえ、一面というより真の姿です。それが露見すれば、三保コンフォートのイメージが大きく崩れる。絶対に、外部に漏れてはいけないのです」
「そ、そんなに……?」
「はい。外部ばかりではありません。織人様の実体については、社内でも一部の者だけが知る機密であり、取締役の他は、我々特務室のメンバーのみが把握しております。ちなみに、先ほどラウンジにいたのは、メンバーの者たちです」
ラウンジを貸し切り、そこに配置されたのは秘密を知るメンバーのみ。会社のイメージを守るために、そこまでする必要があるのだ。
いよいよ緊張してきた。
「織人様の本性は、わが社のトップシークレット。世界中がネットでつながるこの時代、もしSNSに流れでもしたら、グローバルな客層に支えられたホテル経営に、大打撃を与えるのは間違いございません」
完璧なCEOである由比さんの、真の姿とは。
私は固唾をのみ、答えを待つ。
「本当の織人様は、スマートな王子様とは違います。実際は、筋肉とパワー、並外れた運動神経が自慢の、野性の猿みたいな男性なのです」
「さ、猿……!?」
一瞬、悪寒が走った。
猿のマスクと、筋骨隆々の全裸が頭をよぎる。
「心身に滾る荒々しさは、学生時代はスポーツなどで発散していましたが、CEOともなればそうもいきません。公私ともに品格を求められ、行儀よく振舞わねばならない立場は、過剰なストレスを彼に与えました。それゆえ彼は、日頃のうっぷんを解消するため、ある行動を起こしてしまいます」
「ある……行動?」
「はい。あれは、CEOに就任して間もなくの頃。織人様は、アクション動画を配信するウーチューバ―としてデビューしてしまったのです」
ウーチューバ―。
インターネットのウーチューブというサイトにチャンネル開設して、動画を公開する人のことだ。
「あの、えっと……アクション動画、というのは?」
関根さんがスマートフォンを取り出し、ササっと操作する。そして、私の手に持たせた。
彼女が見せたのは、ウーチューブのアプリ。表示されたチャンネルは――
【華麗なる一撃~最強『キング』のチャレンジ~世界一のアクションスターは俺だ!!】
「こ、これは、もしかして……由比さんの?」
「そうです。『キング』というのは、織人様のハンドルネームですね」
「ハンドルネーム……つまり由比さんは、ウーチューブで動画を公開する配信者だと」
「百聞は一見に如かず。どうぞ、ご覧になってください」
関根さんに促され、『キング』のチャンネルと向き合う。
指が震えている。何とも言えない、複雑な感情に襲われながら、一番上にある、最新の動画をタップした。
でかでかと表示されたタイトルは、『雪中鍛錬やってみた!寒さを感じない俺は無敵!!』
私が抱く由比さんのイメージからは想像もできないセンスのチャンネル名とタイトルに、眩暈がしそうになる。
「あっ……」
タイトルから切り替わった画面を見て、思わず声を上げた。
雪の降りしきる湖。見覚えのある景色の前でポーズを取るのは、猿のマスクを被った、体格の良い男。
黒のタイツを穿いているので全裸ではないが、間違いない。
雪の遊歩道で、私が遭遇した『変質者』だ。
慌てて動画を静止させて、関根さんに確認した。
「あ、あの時の変……マスクを被った男が、この人……由比さんだったのですね」
「はい。織人様はあの時、雪の中でこの動画を撮影していました。大月様とぶつかった際に全裸だったのは、ちょうど着替えの最中だったそうで……間が悪かったとはいえ、変質者と間違われるのも無理はありません」
関根さんは申しわけなさそうに言い、目を伏せた。
「動画を撮影……」
静止した画面を見下ろし、私はいろんなことに納得した。
気を失った私を介抱したのは、由比さん自身だろう。ホテルに運び、医者を呼んで診察し、私が目を覚ますと、関根さんや総支配人が代わりに謝罪した。
なぜなら、猿の全裸男が由比織人とバレたら、大変だから。
「だけど、なぜ由比さんはあんなところで動画撮影を? 天候が悪いとはいえ、遊歩道は観光客が往来して、誰に目撃されるか分からないのに」
実際、私に見られてしまった。もしマスクを被っていなかったらどうするのだろう。ていうか、遊歩道で着替えるのもどうかと思う。
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