一億円の花嫁

藤谷 郁

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 由比さんは、私とのお見合いのために、食事の席を用意していた。というより彼は、最上階ラウンジとレストランそのものを、まるっと貸し切りで予約したらしい。

 一体いくらかかるのか……質素に生きる私には想像もつかない。
 彼は本物の、お金持ちなのだ。


 ◇ ◇ ◇


「大月様、どうぞお入りください」

 関根さんがドアを開けて、中へと促す。私は遠慮がちに、草履を進めた。

「わ……広いですね」

 ここは、ラウンジと同じフロアにある客室。『まゆき』の特別室に負けないくらい広々としたスイートルームである。

「海外VIP会員の部屋だそうです。奥に和室がありますので、そこでお直しいたしましょう」

 食事の前に、乱れた振袖を直すことになった。走ったり転んだり派手に着崩した私を、関根さんが気遣ってくれたのだ。
 由比さんには、レストランで待ってもらっている。

「あの、私……着物に慣れなくて」

 鏡の前に立ったはいいが、着崩れをどうやって直せばいいのか分からない。まごまごする私に関根さんがにこりと微笑み、胸を叩いてみせた。

「ご安心ください。私、ウエディング部門で花嫁様のお色直しを担当した経験がございます。着付けに関しては、ひととおりマスターしておりますので」
「そ、そうなんですね」

 彼女はきびきびとした動きで、ゆるんだ帯や、下がった裾を直してくれた。
 さすが、三保コンフォートの正社員。接客のみならず、様々な技術を身につけているようだ。

「お化粧直しも致しましょう。メイク道具をご用意させていただきますね」
「何から何まで、すみません」

 関根さんには、世話になりっぱなしである。申しわけなく思いながら、手際の良い仕事ぶりを鏡越しに見つめた。



 お直しの後、すっかり元どおりになった振袖姿を見て、関根さんが満足そうにうなずいた。

「我ながら、上手に出来ました。ブランクがあったので、ちょっと心配でしたが」
「ありがとうございます。本当に助かりました」

 私たちはホッとして、微笑み合う。そして……

「あの、関根さん」

 いろいろと訊ねたいことがあった。由比さんと対峙する前に、基本的なことだけでも知りたい。
 私が真顔になると、彼女も緊張の面持ちになった。

「大月様、承知しております。今回の件、とても驚かれたと思います。あらためて、申しわけございません!」

 深々と頭を下げられ、恐縮する。私は、彼女に詫びてほしいのではない。

「違うんです、関根さん。ただ、由比さんについて、知りたいだけなのです。彼の……真実の姿というか……多分、心構えが必要なので」
「……わかりました」

 関根さんはあらたまった様子になると、隣のリビングへと私をいざなった。
 ソファで向き合い、スマホケースのポケットから一枚のカードを抜いて、こちらに差し出す。

「?」

 受け取ったカードは、写真付きの名刺だった。今より少し短めのショートカットだが、確かに彼女である。

「関根凛子りんこさん。三保コンフォート本部、秘書課特務室……?」

 どういうことだろう。
 疑問の目を向けると、彼女は自身について補足した。

「私は三保コンフォートの社員ですが、『まゆき』のスタッフではありません。実は、CEO直属のアシスタントチームの一員で、監視役を担当しております」
「監視……」
「分かりやすく言うと、CEOがトラブルを起こさないよう見張る役目ですね」
「な、なるほど」

 専属秘書みたいなものだろうか。でも、ホテルでの接客は完璧だったし、専門のスタッフに見えたけれど。
 関根さんは、私の疑問に応えるように続けた。

「もともとはホテルスタッフとして採用されて、実際に都内のホテルで働いていました。しかし途中で秘書課から声がかかり、今の役割を与えられたのです。具体的には、CEOの視察や出張にアテンドし、行き先がまゆきのような自社ホテルの場合、スタッフに紛れたりします。そのほうが動きやすいことがありますので」

 例えば、私の時のようなトラブルだ。ホテルスタッフとして接する彼女は、相談相手として信用ができた。

「そうだったんですね。でもあの、由比さんは……たびたびトラブルを起こしているのですか?」

 監視役を付けられるCEOとは、一体……
 私の不安を感じ取ったのか、関根さんがいっそう真剣な様子になる。

「正直申し上げて、織人様の奇行には、私どもも頭を抱えております。真っ当な人間ならばショックを受けて当然でしょう。ただ、これだけはご理解いただきたいのです。少なくとも、変質者ではないという一点は!」
「は、はあ……」

 関根さんは大真面目だ。
 私も笑えない。

「その辺り、詳しくご説明いたします。どんな疑問にもお答えしますので、なんなりとおたずねください」



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