43 / 120
アクションスター
1
しおりを挟む
由比さんは、私とのお見合いのために、食事の席を用意していた。というより彼は、最上階ラウンジとレストランそのものを、まるっと貸し切りで予約したらしい。
一体いくらかかるのか……質素に生きる私には想像もつかない。
彼は本物の、お金持ちなのだ。
◇ ◇ ◇
「大月様、どうぞお入りください」
関根さんがドアを開けて、中へと促す。私は遠慮がちに、草履を進めた。
「わ……広いですね」
ここは、ラウンジと同じフロアにある客室。『まゆき』の特別室に負けないくらい広々としたスイートルームである。
「海外VIP会員の部屋だそうです。奥に和室がありますので、そこでお直しいたしましょう」
食事の前に、乱れた振袖を直すことになった。走ったり転んだり派手に着崩した私を、関根さんが気遣ってくれたのだ。
由比さんには、レストランで待ってもらっている。
「あの、私……着物に慣れなくて」
鏡の前に立ったはいいが、着崩れをどうやって直せばいいのか分からない。まごまごする私に関根さんがにこりと微笑み、胸を叩いてみせた。
「ご安心ください。私、ウエディング部門で花嫁様のお色直しを担当した経験がございます。着付けに関しては、ひととおりマスターしておりますので」
「そ、そうなんですね」
彼女はきびきびとした動きで、ゆるんだ帯や、下がった裾を直してくれた。
さすが、三保コンフォートの正社員。接客のみならず、様々な技術を身につけているようだ。
「お化粧直しも致しましょう。メイク道具をご用意させていただきますね」
「何から何まで、すみません」
関根さんには、世話になりっぱなしである。申しわけなく思いながら、手際の良い仕事ぶりを鏡越しに見つめた。
お直しの後、すっかり元どおりになった振袖姿を見て、関根さんが満足そうにうなずいた。
「我ながら、上手に出来ました。ブランクがあったので、ちょっと心配でしたが」
「ありがとうございます。本当に助かりました」
私たちはホッとして、微笑み合う。そして……
「あの、関根さん」
いろいろと訊ねたいことがあった。由比さんと対峙する前に、基本的なことだけでも知りたい。
私が真顔になると、彼女も緊張の面持ちになった。
「大月様、承知しております。今回の件、とても驚かれたと思います。あらためて、申しわけございません!」
深々と頭を下げられ、恐縮する。私は、彼女に詫びてほしいのではない。
「違うんです、関根さん。ただ、由比さんについて、知りたいだけなのです。彼の……真実の姿というか……多分、心構えが必要なので」
「……わかりました」
関根さんはあらたまった様子になると、隣のリビングへと私をいざなった。
ソファで向き合い、スマホケースのポケットから一枚のカードを抜いて、こちらに差し出す。
「?」
受け取ったカードは、写真付きの名刺だった。今より少し短めのショートカットだが、確かに彼女である。
「関根凛子さん。三保コンフォート本部、秘書課特務室……?」
どういうことだろう。
疑問の目を向けると、彼女は自身について補足した。
「私は三保コンフォートの社員ですが、『まゆき』のスタッフではありません。実は、CEO直属のアシスタントチームの一員で、監視役を担当しております」
「監視……」
「分かりやすく言うと、CEOがトラブルを起こさないよう見張る役目ですね」
「な、なるほど」
専属秘書みたいなものだろうか。でも、ホテルでの接客は完璧だったし、専門のスタッフに見えたけれど。
関根さんは、私の疑問に応えるように続けた。
「もともとはホテルスタッフとして採用されて、実際に都内のホテルで働いていました。しかし途中で秘書課から声がかかり、今の役割を与えられたのです。具体的には、CEOの視察や出張にアテンドし、行き先がまゆきのような自社ホテルの場合、スタッフに紛れたりします。そのほうが動きやすいことがありますので」
例えば、私の時のようなトラブルだ。ホテルスタッフとして接する彼女は、相談相手として信用ができた。
「そうだったんですね。でもあの、由比さんは……たびたびトラブルを起こしているのですか?」
監視役を付けられるCEOとは、一体……
私の不安を感じ取ったのか、関根さんがいっそう真剣な様子になる。
「正直申し上げて、織人様の奇行には、私どもも頭を抱えております。真っ当な人間ならばショックを受けて当然でしょう。ただ、これだけはご理解いただきたいのです。少なくとも、変質者ではないという一点は!」
「は、はあ……」
関根さんは大真面目だ。
私も笑えない。
「その辺り、詳しくご説明いたします。どんな疑問にもお答えしますので、なんなりとおたずねください」
一体いくらかかるのか……質素に生きる私には想像もつかない。
彼は本物の、お金持ちなのだ。
◇ ◇ ◇
「大月様、どうぞお入りください」
関根さんがドアを開けて、中へと促す。私は遠慮がちに、草履を進めた。
「わ……広いですね」
ここは、ラウンジと同じフロアにある客室。『まゆき』の特別室に負けないくらい広々としたスイートルームである。
「海外VIP会員の部屋だそうです。奥に和室がありますので、そこでお直しいたしましょう」
食事の前に、乱れた振袖を直すことになった。走ったり転んだり派手に着崩した私を、関根さんが気遣ってくれたのだ。
由比さんには、レストランで待ってもらっている。
「あの、私……着物に慣れなくて」
鏡の前に立ったはいいが、着崩れをどうやって直せばいいのか分からない。まごまごする私に関根さんがにこりと微笑み、胸を叩いてみせた。
「ご安心ください。私、ウエディング部門で花嫁様のお色直しを担当した経験がございます。着付けに関しては、ひととおりマスターしておりますので」
「そ、そうなんですね」
彼女はきびきびとした動きで、ゆるんだ帯や、下がった裾を直してくれた。
さすが、三保コンフォートの正社員。接客のみならず、様々な技術を身につけているようだ。
「お化粧直しも致しましょう。メイク道具をご用意させていただきますね」
「何から何まで、すみません」
関根さんには、世話になりっぱなしである。申しわけなく思いながら、手際の良い仕事ぶりを鏡越しに見つめた。
お直しの後、すっかり元どおりになった振袖姿を見て、関根さんが満足そうにうなずいた。
「我ながら、上手に出来ました。ブランクがあったので、ちょっと心配でしたが」
「ありがとうございます。本当に助かりました」
私たちはホッとして、微笑み合う。そして……
「あの、関根さん」
いろいろと訊ねたいことがあった。由比さんと対峙する前に、基本的なことだけでも知りたい。
私が真顔になると、彼女も緊張の面持ちになった。
「大月様、承知しております。今回の件、とても驚かれたと思います。あらためて、申しわけございません!」
深々と頭を下げられ、恐縮する。私は、彼女に詫びてほしいのではない。
「違うんです、関根さん。ただ、由比さんについて、知りたいだけなのです。彼の……真実の姿というか……多分、心構えが必要なので」
「……わかりました」
関根さんはあらたまった様子になると、隣のリビングへと私をいざなった。
ソファで向き合い、スマホケースのポケットから一枚のカードを抜いて、こちらに差し出す。
「?」
受け取ったカードは、写真付きの名刺だった。今より少し短めのショートカットだが、確かに彼女である。
「関根凛子さん。三保コンフォート本部、秘書課特務室……?」
どういうことだろう。
疑問の目を向けると、彼女は自身について補足した。
「私は三保コンフォートの社員ですが、『まゆき』のスタッフではありません。実は、CEO直属のアシスタントチームの一員で、監視役を担当しております」
「監視……」
「分かりやすく言うと、CEOがトラブルを起こさないよう見張る役目ですね」
「な、なるほど」
専属秘書みたいなものだろうか。でも、ホテルでの接客は完璧だったし、専門のスタッフに見えたけれど。
関根さんは、私の疑問に応えるように続けた。
「もともとはホテルスタッフとして採用されて、実際に都内のホテルで働いていました。しかし途中で秘書課から声がかかり、今の役割を与えられたのです。具体的には、CEOの視察や出張にアテンドし、行き先がまゆきのような自社ホテルの場合、スタッフに紛れたりします。そのほうが動きやすいことがありますので」
例えば、私の時のようなトラブルだ。ホテルスタッフとして接する彼女は、相談相手として信用ができた。
「そうだったんですね。でもあの、由比さんは……たびたびトラブルを起こしているのですか?」
監視役を付けられるCEOとは、一体……
私の不安を感じ取ったのか、関根さんがいっそう真剣な様子になる。
「正直申し上げて、織人様の奇行には、私どもも頭を抱えております。真っ当な人間ならばショックを受けて当然でしょう。ただ、これだけはご理解いただきたいのです。少なくとも、変質者ではないという一点は!」
「は、はあ……」
関根さんは大真面目だ。
私も笑えない。
「その辺り、詳しくご説明いたします。どんな疑問にもお答えしますので、なんなりとおたずねください」
4
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様


君の秘密
朝陽七彩
恋愛
「フン‼」
「うるせぇ‼」
「黙れ‼」
そんなことを言って周りから恐れられている、君。
……でも。
私は知ってしまった、君の秘密を。
**⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆*
佐伯 杏樹(さえき あんじゅ)
市野瀬大翔(いちのせ ひろと)
**⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆*

甘い支配の始まり~愛に従え 愛に身を委ねろ~【完結】
まぁ
恋愛
【失恋は甘い支配の始まり】
花園紫乃 Hanazono Shino 24歳
町田瑠璃子 Machida Ruriko 24歳
水戸征二 Mito Seiji 28歳
長谷川壱 Hasegawa Ichi 31歳
大垣誠 Ogaki Makoto 31歳
※作品中の個人、団体、街…全て架空のフィクションです

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】
まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と…
「Ninagawa Queen's Hotel」
若きホテル王 蜷川朱鷺
妹 蜷川美鳥
人気美容家 佐井友理奈
「オークワイナリー」
国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介
血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…?
華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる