一億円の花嫁

藤谷 郁

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ロマンス小説!?

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 由比さんは、三保コンフォート創業家一族の御曹司。彼と繋がりができるとしたら、不動産業を営む父にとって、大いなる幸運である。坂崎社長との縁談とは比べ物にならないほどの、良い話だ。

 電車を降りて自宅へと歩きながら、私はまだ考えている。考えれば考えるほど、そうであるような気がして、仕方なかった。
 だけどやっぱり、都合の良い妄想にも思える。
 ロマンス小説みたいなストーリーが、平凡な自分の人生に展開されるなんて、本当に信じてるの?

「お父さんに確かめてみようか……でも、万が一、違ってたら」

 きっと、これまで以上の絶望感に苛まれる。舞い上がったぶんだけ、叩き落された時の衝撃は、大きいだろう。
 というより、そもそも見合い相手については機密であり、絶対に教えてもらえない。

 私は、頭が混乱してきた。

 由比さんが再び目の前に現れる可能性など、これっぽちも、まったく、考えもしなかったのだ。父があんなに分かりやすいヒントをくれたというのに。

 ――長野だったかな。お前にしては遠出したじゃないか。まあ、一人旅っていうのが良かったのかな。

 私と面識がある人。
 旅先で出会った人。
 父が『良い話』と、喜ぶような相手。

 そうとも。由比さん以外、誰が当てはまる?
 だけど、だけど、もしも違っていたら……

「ああ、どうにかなりそう」

 今の状況を冷静に、客観的に、分析してくれる人の意見がほしい。
 私はいつの間にか、回れ右をしていた。



「それで、わしのところに来たわけか」

 花ちゃんは心底呆れた様子だった。
 無理もない。私自身、身勝手だと思うから。
 
「この前は、本当にごめんなさい。花ちゃんは、私のためを思って言ってくれたのに」
「……あれからずっと、気になっていたのだ。わしも、少し言い過ぎたかもしれぬと。だからまあ、お互い様じゃ」
「花ちゃん……」
「わしも謝る。きついことを言って、すまなかった」

 突然訪ねてきた私を、彼女はいつものように迎えてくれた。

 暖かい部屋で、温かいお茶と大福をいただきながら、心からありがたく思う。幼い頃から何度も喧嘩して、何度も仲直りしてきた。気まずくなっても、大らかに受け入れてくれる彼女は、本当に本当に、かけがえのない友達だ。

「それで、花ちゃん。どう思う?」
「うむ」

 新たな見合い話と、お相手の可能性について、花ちゃんに説明した。由比さんを『不埒な男』と決めてかかっていた花ちゃんだが、最後まで黙って聞いてくれた。

「父君のヒントがまことであれば、大いにありうる話じゃ」
「そ、そうだよね」

 花ちゃんの答えを聞き、私の心は喜びでいっぱいになる。

「不埒な男と思いきや、意外な展開じゃ。本気で奈々子を気に入り、手筈を整えていたというわけか……しかし、相手が由比殿だとして、なぜ秘密にするのだ。遠回しなやり方をせず、奈々子に直接求婚すれば良いだろう」

 求婚という言葉にドキッとする。見合いを申し込むのは、その意思があるからだ。
 でも、もしも相手が由比さんで、その意思を持っているとすれば、花ちゃんの疑問はもっともなこと。

「彼一人の問題じゃないから、慎重に進めたいのかも……あっ、それに、秘密にするのは、お見合いの情報が漏れたら株価に影響するからだって、お父さんが言ってたけど」
「株価? 芸能人じゃあるまいし」

 花ちゃんがタブレットを持ってきて、何やら操作した。

「ほう、この男か。なるほど、そなた好みの西洋面せいようづらじゃ」
「えっ?」

 テーブルを回って花ちゃんの隣に座り、タブレットを覗いた。なんとそこには、由比さんの写真が大きく載っている。

「えっ、どうして?」
「三保コンフォートの公式サイトだ。代表挨拶のページがあると思ってな。そなた、惚れた腫れたと騒ぎながら、サイトもチェックしておらんのか?」
「ぜ、全然思いつかなかったよ……ていうか、そんなに騒いでないし」

 大げさな花ちゃんに言い返しながら、写真をまじまじと見つめた。

 由比さんがスーツを着て、オフィスらしき部屋で微笑みを浮かべている。実物も素敵だけれど、画面越しの彼もすごくカッコいい。
 あふれるような魅力に、うっとりしてしまう。

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