一億円の花嫁

藤谷 郁

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花ちゃんと私

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 玄関先でお土産を渡すと、花ちゃんは丁寧に受け取った。ホテルで買った、林檎の餅菓子である。

「ほう、信州を旅してきたのか。奈々子にしては、珍しくアグレッシブな週末を過ごしたようだな」
「うん。珍しく遠出して疲れちゃった。それで、ちょっと花ちゃんちで休憩してから、家に帰ろうと思って」
「ふうん……」

 幼なじみの彼女は、私と家族の関係をよく知っている。

「よし、茶でも飲んでいけ」
「ありがとう」

 私がブーツを脱ぐと、花ちゃんがスリッパを出してくれた。

「そなた、えらく厚着だな。信州は寒かったか」
「うん、かなり寒かったよ。雪が積もってた」
「さすが、山国は違うのう」

 そういう花ちゃんは黒の作務衣に裸足という、いつもの格好である。昔から寒さに強くて、うらやましい。

「誰もおらんから、遠慮するな」

 くるっと向きを変え、長い廊下をすたすたと進んでいく。組紐で結った髪が左右に揺れて、なんか可愛い。

「おじい様とおばあ様は?」
「俳句仲間と食事会だ。若者のネット会員が増えたようで、オフ会を提案されたらしい。いそいそと出かけて行ったわ」
「へえ。最近は俳句ブームだもんね」

 彼女の名前は岡崎おかざきはな。私と同じ25歳。
 ご近所のお屋敷に、祖父母と三人で暮らしている。ご両親は仕事の関係で、現在、上海に赴任中とのこと。

「お土産、おじい様たちにも食べてもらってね」
相分あいわかった。あの二人、奈々子を気に入っておるからのう。さぞ喜ぶだろうて」
「そう? 私もおじい様たちが大好きだから、嬉しいな」

 花ちゃんとは、幼稚園に入る前からの友達で、小中と同じ学校だった。高校は別れたけれど、たまには家におじゃましたり、一緒に出かけたりして遊んだ。私にとって彼女は、仲の良い幼なじみにして唯一の友達である。


 花ちゃんの――岡崎家のご先祖様はお武家さんだという。

 この屋敷は、花ちゃんが生まれる少し前に、古い見取り図をもとに再建したものだ。耐震性や耐火性、居住性を考慮するなど、現代の建築技術を取り入れてはいるが、間取りと庭の設えは図面どおり。
 ぱっと見、時代劇に登場する武家屋敷そのものである。
 
 世が世であれば、花ちゃんは武家のひとり娘。由緒ある家柄の、お姫様なのだ。

(なんて言うと、怒られるけど)

 彼女は子どもの頃から「男」として振舞っている。たとえるなら、少年剣士。武家の息子のように。

 事実、岡崎家の跡継ぎは花ちゃんしかおらず、そのように育てられたという事情もあるが、なにより彼女自身が「侍」を理想としていた。誇り高く、凛々しく、男らしくあれと。

「ゆっくりしていくがよい。ただし、今夜は大河ドラマを視聴するゆえ、午後8時には帰るようにな」
「あ、うん。分かった」

 中庭を囲む廊下の途中で花ちゃんが立ち止まり、引き戸を開ける。幼い頃から何度もおじゃましている、彼女の部屋だ。

 10畳の和室には、大きなテレビと座椅子が置かれ、壁一面に設えられた本棚には、時代劇関係の書籍、DVD、CD、VHSビデオなどがずらりと並んでいる。

「わあ、またコレクションが増えたんじゃない?」
「うむ。最近は、昭和の時代劇シリーズのDVDセットを購入したのだ。全部観るのに三日三晩徹夜したわ」
「相変わらずだなあ」

 花ちゃんは大河ドラマや時代劇が大好きだ。
 歴史好きのおじい様の影響らしく、物心つく前から毎日毎日、テレビやビデオで時代劇を見ていたらしい。
 小学一年で剣道を始めたのも、宮本武蔵の映画がきっかけだとか。

「DVDも良いが、リアルタイムで見る大河ドラマもまた最高なのだ。同好の士とSNSでわいわいやるのが楽しくてしょうがない。良い時代になったものよ」
「ブログも更新するんだよね」
「もちろん。仕事は仕事で、きっちりやる」

 花ちゃんは公式ブログの他、雑誌やサイトにコラムを執筆するライターである。ただの趣味ではなく、仕事にしてしまうのだからすごい。
 侍を理想とするのも、武士のような言葉遣いも、すべて彼女のアイデンティティであり、ライフワークなのだ。

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