一億円の花嫁

藤谷 郁

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夢の時間

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「まだ帰ることはできない。あなたに伝えなければ……そうとも、せめて肝心なことだけは……」
「??」

 由比さんの声に戻った。でも、なんだかやっぱり、様子がおかしい。手を握る力が強くなっている。

「大月さん、聞いてください」
「は、はい」
「私があなたを誘ったのは、愛しいからです」
「……い、いと……?」

 すぐに意味が分からず、頭の中に文字を書いてみる。
 いとしい――
 愛しい――

「な、なにを言って……!」

 もしかして、からかってる? いや、由比さんに限ってそれはない。でも、それならどうして、そんな嘘をつくの!?

「本当です。私は、あなたのことが可愛くて、愛しい」

 頬が熱い。由比さんと同じように、耳まで真っ赤になるのが自分でもわかった。

「も、もう帰ります。いくらなんでもそんなこと、信じられ……」

 あとずさりしかけた私を、強い力が阻止する。由比さんが思いきり手を引っ張ったのだ。
 次の瞬間、私は、彼に抱きしめられていた。

「……!!」

 あり得ない。あり得なさ過ぎて、バクハツしそう。だけど、彼の腕は逞しく、広い胸は頼もしくて、ドキドキした。

 押し返そうとする手から、力が抜ける。

 理解が追い付かないけれど、そんなのはもう、どうでもよくなってしまう。
 私は、あまりの心地よさに陥落し、気が付けば、彼に委ねていた。
 身も、心も。

「大月さん」

 低くて、甘い声。
 そっと顔を上げると、彼の瞳は、冬空に輝く星のように、きらめいていた。

「あなたが愛しくて、あなたの望みを叶えたいと思ったのです」
「のぞみ……?」

 どうにかなりそうだった。
 こんな状況、信じられなくて。

「あなたの望みです。王子様と恋を……」
「……」

 最後まで聞き取れなかった。
 彼が、唇を重ねたから。

「んっ……」

 反射的に抵抗するが、それは形だけ。そして彼も、しっかりと私をつかまえて逃さなかった。

(由比さん……)

 やわらかくて、温かくて、体の芯まで痺れるような感覚。私は無意識のうちに彼の首に腕を回し、応えていた。

 こんなにも大胆になる自分が信じられない。だけど、こんな自分もいたのだと、すべてを素直に受け入れ、悦びに浸る。

(由比さん……私の、王子様)

 初めての恋。初めてのキス。
 もう、死んでもいいと思った。

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