23 / 110
夢の時間
10
しおりを挟む
ありのまま伝える私を、彼は静かに見守っている。
「あなたに知られたくなかった。きっと同情されるから。今どき何言ってるんだと、呆れますよね。親に逆らえず結婚なんて……そんなの惨めすぎて、言えなかったんです」
また涙がこぼれる。
由比さんが、無言でハンカチを渡してくれた。私はそれを受け取り、まぶたに押し当てる。夢の時間はお終い。12時の鐘が鳴るのが聞こえてきそう。
「ごめんなさい」
「……」
もう帰りましょうと言われるのを覚悟する。私はただの客なのに、事情を話されても困るだろう。めんどくさい女だと、嫌われてもしょうがない。
だけどそれでいい。
私たちはもう二度と、会わないのだから。
「謝らないでください」
涙を拭いて、顔を上げた。穏やかな微笑みと眼差しが、目の前にあった。
「大なり小なり、人は誰でも事情を抱えています。すべてを打ち明けるのが、誠実ではありません」
「え……」
思いがけない言葉だった。それに、由比さんの態度は、何一つ変わっていない。
「……許して、くれるのですか?」
恐る恐る、問いかけた。
「当然ですよ。許すも何も、あなたはただ、言えなかっただけ。私だって、言えないことがたくさんありますから。立場上……」
由比さんが真顔になった。
急に笑顔が消えたので、私は緊張する。
「大月さん」
「は、はいっ」
「私も打ち明けます。正直なところを」
彼が体を近づける。
ハンカチを握りしめる手が震えた。
「ボディガードというのは、口実でした。あなたを、放っておけなかった」
「……」
どういうことか分からず、うろたえるばかりの私を、彼がじっと見つめる。
美しすぎて、気を失ってしまいそう。
「実は、私は……」
由比さんは一旦言葉を止めて、睫毛を伏せた。
だがすぐに私を見つめ直すと、優しく、少し抑えた口調で打ち明けた。
「昨夜、食事をともにした時、あなたは元気そうに見えた。でも本当は違うと、感じていたのです」
「……?」
なぜ? 心の奥底の、悲しい気持ちが滲み出ていたのだろうか。思いがけない告白に戸惑いつつ、次の言葉を待つ。
「だから私は心配になって、観光地を巡るというあなたに、付いていくことにした。要するに、デートにお誘いしようと思ったわけです」
「デ、デート?」
またしても、思いがけない言葉だった。
でも由比さんは、大真面目。冗談を言うような態度でもなく、雰囲気でもない。
「だが、いきなりデートなんて言えば引かれると思い、ボディガードという口実を使ったわけです。……まあ、ボディガードになりたかったのは、本当ですが……」
「えっ?」
よく聞こえなくて耳を近づけると、彼は失言でもしたかのように、ぱっと口もとを押さえた。
「とにかく……ここはのぼせそうだから、外に出ましょう」
「あっ……」
由比さんが私の手を取り、湯気が漂う小屋から連れ出す。彼の頬は、湯あたりしたみたいに赤く染まっていた。
夜が深まり、冷え込みが強くなったようだ。凛とした空気が、雪の中で向き合う二人を包む。
外に出ても、由比さんは手を離さなかった。
「由比さん?」
「……」
なんだか様子がおかしい。というか、彼は頬だけでなく、耳まで真っ赤だった。
「ど、どうかされましたか。どこか具合でも……」
「いや、これは湯気で顔が熱くなっただけで」
由比さんが、ぎゅっと唇を結んだ。
手袋越しにも、彼の熱が伝わってくる。
絶対に変だと思った。
「由比さん、もう帰りましょう。ゴンドラ乗り場に……」
「駄目だ」
ビクッとした。
今のは、由比さんの声? 目の前にいるのだから当たり前なのに、どういうわけか、別人の声に聞こえた。
「あなたに知られたくなかった。きっと同情されるから。今どき何言ってるんだと、呆れますよね。親に逆らえず結婚なんて……そんなの惨めすぎて、言えなかったんです」
また涙がこぼれる。
由比さんが、無言でハンカチを渡してくれた。私はそれを受け取り、まぶたに押し当てる。夢の時間はお終い。12時の鐘が鳴るのが聞こえてきそう。
「ごめんなさい」
「……」
もう帰りましょうと言われるのを覚悟する。私はただの客なのに、事情を話されても困るだろう。めんどくさい女だと、嫌われてもしょうがない。
だけどそれでいい。
私たちはもう二度と、会わないのだから。
「謝らないでください」
涙を拭いて、顔を上げた。穏やかな微笑みと眼差しが、目の前にあった。
「大なり小なり、人は誰でも事情を抱えています。すべてを打ち明けるのが、誠実ではありません」
「え……」
思いがけない言葉だった。それに、由比さんの態度は、何一つ変わっていない。
「……許して、くれるのですか?」
恐る恐る、問いかけた。
「当然ですよ。許すも何も、あなたはただ、言えなかっただけ。私だって、言えないことがたくさんありますから。立場上……」
由比さんが真顔になった。
急に笑顔が消えたので、私は緊張する。
「大月さん」
「は、はいっ」
「私も打ち明けます。正直なところを」
彼が体を近づける。
ハンカチを握りしめる手が震えた。
「ボディガードというのは、口実でした。あなたを、放っておけなかった」
「……」
どういうことか分からず、うろたえるばかりの私を、彼がじっと見つめる。
美しすぎて、気を失ってしまいそう。
「実は、私は……」
由比さんは一旦言葉を止めて、睫毛を伏せた。
だがすぐに私を見つめ直すと、優しく、少し抑えた口調で打ち明けた。
「昨夜、食事をともにした時、あなたは元気そうに見えた。でも本当は違うと、感じていたのです」
「……?」
なぜ? 心の奥底の、悲しい気持ちが滲み出ていたのだろうか。思いがけない告白に戸惑いつつ、次の言葉を待つ。
「だから私は心配になって、観光地を巡るというあなたに、付いていくことにした。要するに、デートにお誘いしようと思ったわけです」
「デ、デート?」
またしても、思いがけない言葉だった。
でも由比さんは、大真面目。冗談を言うような態度でもなく、雰囲気でもない。
「だが、いきなりデートなんて言えば引かれると思い、ボディガードという口実を使ったわけです。……まあ、ボディガードになりたかったのは、本当ですが……」
「えっ?」
よく聞こえなくて耳を近づけると、彼は失言でもしたかのように、ぱっと口もとを押さえた。
「とにかく……ここはのぼせそうだから、外に出ましょう」
「あっ……」
由比さんが私の手を取り、湯気が漂う小屋から連れ出す。彼の頬は、湯あたりしたみたいに赤く染まっていた。
夜が深まり、冷え込みが強くなったようだ。凛とした空気が、雪の中で向き合う二人を包む。
外に出ても、由比さんは手を離さなかった。
「由比さん?」
「……」
なんだか様子がおかしい。というか、彼は頬だけでなく、耳まで真っ赤だった。
「ど、どうかされましたか。どこか具合でも……」
「いや、これは湯気で顔が熱くなっただけで」
由比さんが、ぎゅっと唇を結んだ。
手袋越しにも、彼の熱が伝わってくる。
絶対に変だと思った。
「由比さん、もう帰りましょう。ゴンドラ乗り場に……」
「駄目だ」
ビクッとした。
今のは、由比さんの声? 目の前にいるのだから当たり前なのに、どういうわけか、別人の声に聞こえた。
4
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる