18 / 120
夢の時間
5
しおりを挟む
華やかで、キラキラとまばゆい世界。
もちろん由比さんのそばには恋人がいて、彼と同じく教養豊かで、なんらかの才能にあふれた女性に違いない。その上、美人でスタイルもよくて、立派な家柄のご出身で……
(ああ……そうよね。私、どうして考えなかったんだろう)
王子様とデートだなんて、浮かれた自分が恥ずかしい。
今の由比さんにも恋人がいるだろうし、もしかしたら既婚者かもしれない。薬指に指輪がなくても、その可能性はある。
由比さんは別世界の人。
私という人間は、親や姉妹からも疎んじられるような、落ちこぼれである。勉強もスポーツもダメで、容姿も性格も地味。
恋人はもちろんいないし、友達と呼べる人も、幼なじみの花ちゃんだけ。『あの日』以降、周りの子がみんなで遊んだり、笑ったりするのを、羨むばかりだった。
分かっているのに、なぜ考えなかったのだろう。
たぶん私は、都合よく解釈したかったのだ。
夢に酔いしれたくて。
彼に恋人がいてもいなくても、結果は変わらないけれど――
「おや、もうこんな時間だ」
由比さんが時計を確かめる。私もそっと時計を見ると、午後8時を過ぎていた。お店に入ってから2時間が経とうとしている。
「大月さんといると、ついお喋りになってしまうな。あなたは聞き上手ですね」
「そ、そんなこと、初めて言われました」
「そうですか? あなたと過ごす時間は豊かで、穏やかで、私はとても楽しいですよ」
また、楽しいと言った……
「な、なんだか照れてしまいます。誰からも、そんな風に言ってもらったことがないから」
「本当に?」
信じられないという顔。その反応も、お客に対するサービスなのだと冷静に考える。だって、私といて楽しいはずがない。
でも、やっぱり嬉しくなってしまう自分はどうかしている。
「遅くなると、関根さんに叱られてしまうな。そろそろ出ましょうか」
「あ、はい」
夢はいつまでも続かず、もうすぐ終わってしまう。
ロマンス小説はフィクション。シンデレラは、おとぎ話。
12時の鐘が鳴れば、私は現実に戻り、東京へと帰る。望まぬ相手と結婚する人生みちへと進むために。
現実を忘れてはいけないと、自分に言い聞かせた。
外に出ると寒さが身に沁みた。
気温は1度か2度だろうか。昼間はさほどでもないが、高原の夜は、かなり冷え込むのだ。
道路を挟んだ向こう側にスキー場の駐車場がある。ボードやスキー板を積んだ車が次々とゲートを出ていくのが見えた。観光バスや、ホテルの名前が入ったマイクロバスも多い。
人気のスキー場なんだなあと、賑やかな光景をぼんやりと眺めた。
ガイドブックによると、ゴールデンウィークの頃までオープンしているそうだ。
最近はスキーだけでなく、通年レジャーが楽しめるよう、アクティビティを工夫しているらしい。
例えば、今年の夏にスケートボードのエリアが増設されると書いてあった。
(ボード系スポーツって、カッコいいな。運動神経が良ければ挑戦してみたいけど……私には一生、縁のない世界だよね)
「大月さんの得意なスポーツはなんですか?」
びっくりして、由比さんを見上げた。心を読まれたのかと思った。
「わ、私はその、得意なスポーツがない、というより、運動神経がゼロなので、そもそもスポーツはやらないです」
我ながら情けない答えである。でも由比さんは呆れるでもなく、
「そうですか。大月さんは、運動が苦手なんですね」
「え、ええ」
なぜか嬉しそうにニコニコしている。よく分からないが、バカにされなくて良かったと思う。私の場合、苦手というレベルではないので、学校では男子たちによくからかわれたものだ。特に、中学生の頃……
「大月さん」
「あ、はい」
嫌なことを思い出してネガティブになるところだった。私は気を取り直し、由比さんと向き合う。
「もう少し、付き合っていただけますか」
「え……」
由比さんは真面目だった。
てっきりもう帰るものと思っていた私はすぐに反応できず、動揺する。
「お願いします。あなたに、見せたいものがあるのです」
「は、はい。私は大丈夫ですが……」
私に見せたいもの。
一体なんなのか見当もつかないが、夢の時間が延長されるのだ。
断る理由がない。
「良かった。では、参りましょう」
由比さんが歩きだす。車ではなく、徒歩で行くようだ。
「?」
ゆっくりと歩く彼に付いて行った先は、スキー場の入り口だった。
もちろん由比さんのそばには恋人がいて、彼と同じく教養豊かで、なんらかの才能にあふれた女性に違いない。その上、美人でスタイルもよくて、立派な家柄のご出身で……
(ああ……そうよね。私、どうして考えなかったんだろう)
王子様とデートだなんて、浮かれた自分が恥ずかしい。
今の由比さんにも恋人がいるだろうし、もしかしたら既婚者かもしれない。薬指に指輪がなくても、その可能性はある。
由比さんは別世界の人。
私という人間は、親や姉妹からも疎んじられるような、落ちこぼれである。勉強もスポーツもダメで、容姿も性格も地味。
恋人はもちろんいないし、友達と呼べる人も、幼なじみの花ちゃんだけ。『あの日』以降、周りの子がみんなで遊んだり、笑ったりするのを、羨むばかりだった。
分かっているのに、なぜ考えなかったのだろう。
たぶん私は、都合よく解釈したかったのだ。
夢に酔いしれたくて。
彼に恋人がいてもいなくても、結果は変わらないけれど――
「おや、もうこんな時間だ」
由比さんが時計を確かめる。私もそっと時計を見ると、午後8時を過ぎていた。お店に入ってから2時間が経とうとしている。
「大月さんといると、ついお喋りになってしまうな。あなたは聞き上手ですね」
「そ、そんなこと、初めて言われました」
「そうですか? あなたと過ごす時間は豊かで、穏やかで、私はとても楽しいですよ」
また、楽しいと言った……
「な、なんだか照れてしまいます。誰からも、そんな風に言ってもらったことがないから」
「本当に?」
信じられないという顔。その反応も、お客に対するサービスなのだと冷静に考える。だって、私といて楽しいはずがない。
でも、やっぱり嬉しくなってしまう自分はどうかしている。
「遅くなると、関根さんに叱られてしまうな。そろそろ出ましょうか」
「あ、はい」
夢はいつまでも続かず、もうすぐ終わってしまう。
ロマンス小説はフィクション。シンデレラは、おとぎ話。
12時の鐘が鳴れば、私は現実に戻り、東京へと帰る。望まぬ相手と結婚する人生みちへと進むために。
現実を忘れてはいけないと、自分に言い聞かせた。
外に出ると寒さが身に沁みた。
気温は1度か2度だろうか。昼間はさほどでもないが、高原の夜は、かなり冷え込むのだ。
道路を挟んだ向こう側にスキー場の駐車場がある。ボードやスキー板を積んだ車が次々とゲートを出ていくのが見えた。観光バスや、ホテルの名前が入ったマイクロバスも多い。
人気のスキー場なんだなあと、賑やかな光景をぼんやりと眺めた。
ガイドブックによると、ゴールデンウィークの頃までオープンしているそうだ。
最近はスキーだけでなく、通年レジャーが楽しめるよう、アクティビティを工夫しているらしい。
例えば、今年の夏にスケートボードのエリアが増設されると書いてあった。
(ボード系スポーツって、カッコいいな。運動神経が良ければ挑戦してみたいけど……私には一生、縁のない世界だよね)
「大月さんの得意なスポーツはなんですか?」
びっくりして、由比さんを見上げた。心を読まれたのかと思った。
「わ、私はその、得意なスポーツがない、というより、運動神経がゼロなので、そもそもスポーツはやらないです」
我ながら情けない答えである。でも由比さんは呆れるでもなく、
「そうですか。大月さんは、運動が苦手なんですね」
「え、ええ」
なぜか嬉しそうにニコニコしている。よく分からないが、バカにされなくて良かったと思う。私の場合、苦手というレベルではないので、学校では男子たちによくからかわれたものだ。特に、中学生の頃……
「大月さん」
「あ、はい」
嫌なことを思い出してネガティブになるところだった。私は気を取り直し、由比さんと向き合う。
「もう少し、付き合っていただけますか」
「え……」
由比さんは真面目だった。
てっきりもう帰るものと思っていた私はすぐに反応できず、動揺する。
「お願いします。あなたに、見せたいものがあるのです」
「は、はい。私は大丈夫ですが……」
私に見せたいもの。
一体なんなのか見当もつかないが、夢の時間が延長されるのだ。
断る理由がない。
「良かった。では、参りましょう」
由比さんが歩きだす。車ではなく、徒歩で行くようだ。
「?」
ゆっくりと歩く彼に付いて行った先は、スキー場の入り口だった。
4
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様


君の秘密
朝陽七彩
恋愛
「フン‼」
「うるせぇ‼」
「黙れ‼」
そんなことを言って周りから恐れられている、君。
……でも。
私は知ってしまった、君の秘密を。
**⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆*
佐伯 杏樹(さえき あんじゅ)
市野瀬大翔(いちのせ ひろと)
**⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆*

甘い支配の始まり~愛に従え 愛に身を委ねろ~【完結】
まぁ
恋愛
【失恋は甘い支配の始まり】
花園紫乃 Hanazono Shino 24歳
町田瑠璃子 Machida Ruriko 24歳
水戸征二 Mito Seiji 28歳
長谷川壱 Hasegawa Ichi 31歳
大垣誠 Ogaki Makoto 31歳
※作品中の個人、団体、街…全て架空のフィクションです

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】
まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と…
「Ninagawa Queen's Hotel」
若きホテル王 蜷川朱鷺
妹 蜷川美鳥
人気美容家 佐井友理奈
「オークワイナリー」
国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介
血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…?
華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる