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夢の時間
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由比さんの後についてホテルの外に出た私は、思わず目を細めた。
空は快晴。降り積もった雪に太陽の陽ざしが反射して、とてもまぶしい。
「素晴らしい天気ですねえ」
景色よりもまぶしい由比さんが、話しかけてくる。
「ほ、本当に」
「しかし、まだ気温が低い。暖めておいたので、早く乗りましょう」
「はい……えっ?」
由比さんがロータリーを歩きだした。彼の行く先には、一台の車が止まっている。
「さあ、どうぞ。大月さん」
車の前に立ち、助手席のドアを開けた。状況を理解した私は慌てふためき、ぶんぶんと手を振った。
「そんな、結構です。私は今日、バスで観光するつもりなので」
「ご安心ください。私の運転は、超が付くほど安全です」
「えっ? いやいや、そうではなくて……」
由比さんは困ったように笑うと、助手席のドアを閉め、後部席を指さす。
「助手席がお嫌ならば、後ろにしますか。ゆったりくつろげるし、なんなら横になっていただいても構いませんよ?」
「は、はい?」
彼の解釈は若干ずれている。私は不満なのではなく、遠慮しているのだ。そもそも由比さんの助手席を嫌がる女性など、いるはずもなく。
というより、CEOに運転させて後ろでくつろぐなんてとんでもない。
「そういうことではなくてですね、えっと……通りに出ればバスがあるし、私はもともと、公共交通機関を使う予定でいましたから」
「大月さん」
由比さんが近づいてきて、体をかがめて私の足元を覗き込んだ。
「!?」
「バスで移動するとなると、雪道を歩かなければなりません。これだけ積もっていると、そのブーツでは厳しいでしょう」
「ブ、ブーツ?」
由比さんの胸元から、ふわりと良い匂いがした。動揺しながら足元を見下ろす。
「あっ」
私の靴はショートブーツだ。確かに、この短さでは雪に埋もれてしまう。
「そ、そうかもしれませんが……」
「冷たいだろうなあ。一日中歩き回ったら、どうなることか」
「うっ」
どちらかといえば冷え性で、肌も弱い私はびくっとする。しもやけにでもなったら、後々大変だ。
ああ、なぜもっとちゃんとした靴を履いてこなかったのだろう。雪が積もることは、予想できたのに。
「どうしますか?」
由比さんが姿勢を戻し、私の表情かおに注目する。ちょっと意地悪な眼差しに感じるのは、気のせいだろうか。
「車で……お願いします」
「承知いたしました」
彼の表情がパッと変わる。なぜこんなにも嬉しそうに? よく分からないが、彼は最初から車で移動するつもりだったようだ。
「さあさあ、どうぞ大月さん。お好きな席にお座りください」
「……は、はあ」
ピカピカに磨き上げられた車は、ブロンズメタリックの立派なボディ。おそらく4WDの、雪道に強い車種なのだろう。
私は少し迷った。
隣に座るのは距離が近すぎて緊張する。かといって後部席に座れば、彼が運転手で私が社長みたいな構図になってしまう。
「じゃあ、助手席で」
「賢明なご判断です」
ご機嫌な様子で、彼がドアを開けた。
こうなったらもう、乗るしかない。コートとバッグは後ろに置かせてもらい、助手席に座った。
「安全運転に徹しますが、雪道は何が起きるかわかりません。ベルトをしっかり締めてください」
「はい」
由比さんが隣に座り、サングラスをかけた。美しい鼻梁を目の当たりにして、胸の鼓動が激しく打ち始める。
(近い……近すぎるっ)
緊張のあまり逃げ出したくなるが、それ以上に、この奇跡的な状況を喜ぶ自分もいる。楽しむ余裕は皆無でも、嬉しいのは確かだった。
「昨夜、周辺の観光地について、お話ししましたね。大月さんの希望を軸に、私のおすすめも盛り込みつつベストルートをご案内します」
「あ、ありがとうございます」
思わず知らず声が震えた。
緊張が伝わってしまいそうで、ますます鼓動が速くなる。
「……可愛い」
「えっ?」
「いいえ、なんでも。この先は、すべて私にお任せください」
(また、可愛いと聞こえたような……??)
アクセルを踏み、由比さんがゆっくりと車を出す。
キラキラと光る雪がまぶしくて、私はひたすら瞬きを繰り返すのだった。
空は快晴。降り積もった雪に太陽の陽ざしが反射して、とてもまぶしい。
「素晴らしい天気ですねえ」
景色よりもまぶしい由比さんが、話しかけてくる。
「ほ、本当に」
「しかし、まだ気温が低い。暖めておいたので、早く乗りましょう」
「はい……えっ?」
由比さんがロータリーを歩きだした。彼の行く先には、一台の車が止まっている。
「さあ、どうぞ。大月さん」
車の前に立ち、助手席のドアを開けた。状況を理解した私は慌てふためき、ぶんぶんと手を振った。
「そんな、結構です。私は今日、バスで観光するつもりなので」
「ご安心ください。私の運転は、超が付くほど安全です」
「えっ? いやいや、そうではなくて……」
由比さんは困ったように笑うと、助手席のドアを閉め、後部席を指さす。
「助手席がお嫌ならば、後ろにしますか。ゆったりくつろげるし、なんなら横になっていただいても構いませんよ?」
「は、はい?」
彼の解釈は若干ずれている。私は不満なのではなく、遠慮しているのだ。そもそも由比さんの助手席を嫌がる女性など、いるはずもなく。
というより、CEOに運転させて後ろでくつろぐなんてとんでもない。
「そういうことではなくてですね、えっと……通りに出ればバスがあるし、私はもともと、公共交通機関を使う予定でいましたから」
「大月さん」
由比さんが近づいてきて、体をかがめて私の足元を覗き込んだ。
「!?」
「バスで移動するとなると、雪道を歩かなければなりません。これだけ積もっていると、そのブーツでは厳しいでしょう」
「ブ、ブーツ?」
由比さんの胸元から、ふわりと良い匂いがした。動揺しながら足元を見下ろす。
「あっ」
私の靴はショートブーツだ。確かに、この短さでは雪に埋もれてしまう。
「そ、そうかもしれませんが……」
「冷たいだろうなあ。一日中歩き回ったら、どうなることか」
「うっ」
どちらかといえば冷え性で、肌も弱い私はびくっとする。しもやけにでもなったら、後々大変だ。
ああ、なぜもっとちゃんとした靴を履いてこなかったのだろう。雪が積もることは、予想できたのに。
「どうしますか?」
由比さんが姿勢を戻し、私の表情かおに注目する。ちょっと意地悪な眼差しに感じるのは、気のせいだろうか。
「車で……お願いします」
「承知いたしました」
彼の表情がパッと変わる。なぜこんなにも嬉しそうに? よく分からないが、彼は最初から車で移動するつもりだったようだ。
「さあさあ、どうぞ大月さん。お好きな席にお座りください」
「……は、はあ」
ピカピカに磨き上げられた車は、ブロンズメタリックの立派なボディ。おそらく4WDの、雪道に強い車種なのだろう。
私は少し迷った。
隣に座るのは距離が近すぎて緊張する。かといって後部席に座れば、彼が運転手で私が社長みたいな構図になってしまう。
「じゃあ、助手席で」
「賢明なご判断です」
ご機嫌な様子で、彼がドアを開けた。
こうなったらもう、乗るしかない。コートとバッグは後ろに置かせてもらい、助手席に座った。
「安全運転に徹しますが、雪道は何が起きるかわかりません。ベルトをしっかり締めてください」
「はい」
由比さんが隣に座り、サングラスをかけた。美しい鼻梁を目の当たりにして、胸の鼓動が激しく打ち始める。
(近い……近すぎるっ)
緊張のあまり逃げ出したくなるが、それ以上に、この奇跡的な状況を喜ぶ自分もいる。楽しむ余裕は皆無でも、嬉しいのは確かだった。
「昨夜、周辺の観光地について、お話ししましたね。大月さんの希望を軸に、私のおすすめも盛り込みつつベストルートをご案内します」
「あ、ありがとうございます」
思わず知らず声が震えた。
緊張が伝わってしまいそうで、ますます鼓動が速くなる。
「……可愛い」
「えっ?」
「いいえ、なんでも。この先は、すべて私にお任せください」
(また、可愛いと聞こえたような……??)
アクセルを踏み、由比さんがゆっくりと車を出す。
キラキラと光る雪がまぶしくて、私はひたすら瞬きを繰り返すのだった。
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