一億円の花嫁

藤谷 郁

文字の大きさ
上 下
16 / 120
夢の時間

しおりを挟む
 由比さんの後についてホテルの外に出た私は、思わず目を細めた。

 空は快晴。降り積もった雪に太陽の陽ざしが反射して、とてもまぶしい。

「素晴らしい天気ですねえ」

 景色よりもまぶしい由比さんが、話しかけてくる。

「ほ、本当に」
「しかし、まだ気温が低い。暖めておいたので、早く乗りましょう」
「はい……えっ?」

 由比さんがロータリーを歩きだした。彼の行く先には、一台の車が止まっている。

「さあ、どうぞ。大月さん」

 車の前に立ち、助手席のドアを開けた。状況を理解した私は慌てふためき、ぶんぶんと手を振った。

「そんな、結構です。私は今日、バスで観光するつもりなので」
「ご安心ください。私の運転は、超が付くほど安全です」
「えっ? いやいや、そうではなくて……」

 由比さんは困ったように笑うと、助手席のドアを閉め、後部席を指さす。

「助手席がお嫌ならば、後ろにしますか。ゆったりくつろげるし、なんなら横になっていただいても構いませんよ?」
「は、はい?」

 彼の解釈は若干ずれている。私は不満なのではなく、遠慮しているのだ。そもそも由比さんの助手席を嫌がる女性など、いるはずもなく。

 というより、CEOに運転させて後ろでくつろぐなんてとんでもない。

「そういうことではなくてですね、えっと……通りに出ればバスがあるし、私はもともと、公共交通機関を使う予定でいましたから」
「大月さん」

 由比さんが近づいてきて、体をかがめて私の足元を覗き込んだ。

「!?」
「バスで移動するとなると、雪道を歩かなければなりません。これだけ積もっていると、そのブーツでは厳しいでしょう」
「ブ、ブーツ?」

 由比さんの胸元から、ふわりと良い匂いがした。動揺しながら足元を見下ろす。

「あっ」

 私の靴はショートブーツだ。確かに、この短さでは雪に埋もれてしまう。

「そ、そうかもしれませんが……」
「冷たいだろうなあ。一日中歩き回ったら、どうなることか」
「うっ」

 どちらかといえば冷え性で、肌も弱い私はびくっとする。しもやけにでもなったら、後々大変だ。

 ああ、なぜもっとちゃんとした靴を履いてこなかったのだろう。雪が積もることは、予想できたのに。

「どうしますか?」

 由比さんが姿勢を戻し、私の表情かおに注目する。ちょっと意地悪な眼差しに感じるのは、気のせいだろうか。

「車で……お願いします」
「承知いたしました」

 彼の表情がパッと変わる。なぜこんなにも嬉しそうに? よく分からないが、彼は最初から車で移動するつもりだったようだ。

「さあさあ、どうぞ大月さん。お好きな席にお座りください」
「……は、はあ」

 ピカピカに磨き上げられた車は、ブロンズメタリックの立派なボディ。おそらく4WDの、雪道に強い車種なのだろう。

 私は少し迷った。

 隣に座るのは距離が近すぎて緊張する。かといって後部席に座れば、彼が運転手で私が社長みたいな構図になってしまう。

「じゃあ、助手席で」
「賢明なご判断です」

 ご機嫌な様子で、彼がドアを開けた。

 こうなったらもう、乗るしかない。コートとバッグは後ろに置かせてもらい、助手席に座った。

「安全運転に徹しますが、雪道は何が起きるかわかりません。ベルトをしっかり締めてください」
「はい」

 由比さんが隣に座り、サングラスをかけた。美しい鼻梁を目の当たりにして、胸の鼓動が激しく打ち始める。

(近い……近すぎるっ)

 緊張のあまり逃げ出したくなるが、それ以上に、この奇跡的な状況を喜ぶ自分もいる。楽しむ余裕は皆無でも、嬉しいのは確かだった。

「昨夜、周辺の観光地について、お話ししましたね。大月さんの希望を軸に、私のおすすめも盛り込みつつベストルートをご案内します」
「あ、ありがとうございます」

 思わず知らず声が震えた。
 緊張が伝わってしまいそうで、ますます鼓動が速くなる。

「……可愛い」
「えっ?」
「いいえ、なんでも。この先は、すべて私にお任せください」

(また、可愛いと聞こえたような……??)

 アクセルを踏み、由比さんがゆっくりと車を出す。
 キラキラと光る雪がまぶしくて、私はひたすら瞬きを繰り返すのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

君の秘密

朝陽七彩
恋愛
「フン‼」 「うるせぇ‼」 「黙れ‼」 そんなことを言って周りから恐れられている、君。 ……でも。 私は知ってしまった、君の秘密を。 **⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆* 佐伯 杏樹(さえき あんじゅ) 市野瀬大翔(いちのせ ひろと) **⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆*

甘い支配の始まり~愛に従え 愛に身を委ねろ~【完結】

まぁ
恋愛
【失恋は甘い支配の始まり】 花園紫乃 Hanazono Shino 24歳 町田瑠璃子 Machida Ruriko 24歳 水戸征二 Mito Seiji 28歳 長谷川壱 Hasegawa Ichi 31歳 大垣誠 Ogaki Makoto 31歳 ※作品中の個人、団体、街…全て架空のフィクションです

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】

まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と… 「Ninagawa Queen's Hotel」 若きホテル王 蜷川朱鷺  妹     蜷川美鳥 人気美容家 佐井友理奈 「オークワイナリー」 国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介 血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…? 華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。

処理中です...