一億円の花嫁

藤谷 郁

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夢の時間

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 翌朝。

 私は早く起きて……というより目が覚めてしまったので、朝食のルームサービスを頼んだ。

 豪華モーニングビュッフェも捨て難いが、レストランが開く時間まで待っていられず。まずはしっかりとご飯を食べて、早めに備えなければ。

 朝食が来るのは10分後。
 ベッドに仰向けに倒れ、天井をぼんやりと見つめた。

「まだ夢を見てるみたい」

 昨夜は三保コンフォートのCEO由比織人さんとディナーをともにし、そして今日は、彼に付き添われて観光の予定である。

「ボディガードか……」

 由比さんの真剣な表情を思い出す。
 ソワソワして落ち着かず、ベッドを降りて意味もなく歩き回った。

 カーテンを開けて窓を覗くと、まだ夜明け前なので山も湖も蒼く沈んでいる。今は晴れているが、雪が夜中に降り続いたらしく、外はかなり寒そうだ。

 思わずガウンの襟をかき合わせた。

「すごく積もってる。バスで観光地を回るつもりだけど、大丈夫かな」

 自分一人ならいいが、あの人に迷惑をかけたくない。やっぱり、ボディガードはお断りするべきだと思い始めた時、呼び鈴が鳴った。

「お待たせいたしました。ルームサービスでございます」
「ありがとうござ……えっ?」

 ドアの前に立っていたのは、関根さんだった。制服の上にエプロンを付けている。

「失礼してもよろしいでしょうか」
「え、ええ、もちろん」

 関根さんがワゴンを押して入室した。テキパキとした動作で、テーブルに朝食をセットしていく。
 彼女は接客係だが、ルームサービスも担当するようだ。

 そういえば、昨夜由比さんの部屋に案内してもらってから彼女を見ていない。あれこれ世話してもらったし、今日のことも報せておいたほうがいいだろう。

 そう思い、朝食がセットされたタイミングで声をかけようとした。

「あの、大月様!」
「は、はい?」

 彼女がいきなり振り向き、バッと頭を下げた。床にこすりつけんばかりの勢いに、私は面食らう。

「昨夜はCEOのわがままにお付き合いくださり、ありがとうございました。その上、本日も無理な要望をお受けしていただいたとのこと、まことに申し訳ございません」
「え……ご存知だったんですか!?」

 関根さんは「はい」と答え、頭を下げたまま続けた。

「大月様にはご迷惑をおかけしてばかりで、なんとお詫びをすれば良いのか分かりません。後ほど総支配人からも謝罪を……」
「ちょ、ちょっと待ってください」

 いくらなんでも大げさすぎる。彼女の肩に手を置き、頭を上げてもらった。

「そこまでしていただかなくても結構です。私は別に気にしてませんし、総支配人にも、そのようにお伝えください」
「しかし、CEOのやり方はあまりにも」
「本当に大丈夫です。確かに、ボディガードと言われて驚きましたが、ええと、その……観光案内をしてもらえるなら助かるなあ、なんて思ったりもするので」

 相手に気を使わせないよう、言葉をひねり出した。かなり苦しいが理に適っている。
 それに、まるっきり出まかせでもない。

「はあ……そのように言っていただけると、私共としては気が楽になりますが、無理をしていらっしゃるのでは」
「いえ、ホントウに、お気になさらず。それより、雪がすごく積もってるから移動が大変そうだし、かえって由比さんにご迷惑ではと考えたくらいなんですよ?」

 関根さんが私の目をじいっと見つめた。真意を確かめるかのように。

「……承知いたしました。ですが、もし途中で不愉快な思いをされたら、CEOをきっぱりと拒絶し、すぐホテルにご連絡ください。総支配人がお迎えに上がりますので」
「ええっ?」
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