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強引なお誘い
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楽しい時間はあっという間に過ぎる。
私はコーヒーを飲み終えると、名残惜しい気持ちでカップを置いた。
「とても美味しかったです。どのお料理も味わい深くて、特にソースが絶品で、ずっと食べていたいって思うほどでした」
「それは良かった。後ほど料理長にお伝えします。とても喜びますよ」
「ええ、ぜひ」
料理だけでなく、私はなにもかもに満足している。
食事の間、由比さんと私は会話に花を咲かせた。主な話題は、好きな食べ物とか、音楽とか、映画とか、小説などなど。
スタンダードなテーマでも、彼の豊かな知性とユーモアセンスによって興味が広がる。
読書一つ取っても、古典文学から流行りのネットコミックまで、彼は網羅していた。私が愛読するロマンス小説にも詳しいので、驚いてしまう。
「古今東西のあらゆる文化を理解し、吸収するのが私の基本姿勢です。それらは必ず仕事に生きてくる」
由比さんは経営者一族の御曹司だという。
だが、それだけでCEOに選任されたのではないと想像できた。
とにかく勉強熱心で努力家で、偏見を持たないのも大きな魅力。彼の人間力が、多くの人に支持されるのだろう。
しかも、まだ二十八歳という若さである。私と三つしか違わないのに、すごく大人に見える。
(さすが三保コンフォートのトップ。本物の王子様だ)
ひたすら感心する私だが、自分からも話題を振ることができた。
最初はかなり緊張したけれど、彼の柔らかな口調と明るい微笑みに心ほぐされ、いつになくお喋りになった。
ただし、プライベートについては最小限の公開に留めたけれど。
望まぬお見合いとか結婚とか、彼に知られたくない。たぶん呆れられるか、同情されるだろう。そんなの惨めすぎる。
だから詳細は省き、東京に住む普通の会社員ですと自己紹介した。深刻な悩みもなく、憧れのホテルに泊まるだけでドキドキしている、平凡な女子であると。
個人的な問題は打ち明けなくていい。王子様とは、これきりの関係なのだから。
身のほど知らずな望みは、頭から追いやった。独身最後の旅で、夢のような時間を過ごせたのだから私は幸せ者だ。
変態男との遭遇すら幸運に思える。
(なんて、そんなわけないか。私って単純)
由比さんもカップを置いた。
時計を見れば、午後9時半を回ったところ。夢の時間の、終了である。
「由比さん。今夜はありがとうございました。とても楽しかったです」
私はあらためてお礼を言い、席を立とうとした。いつまでも座っていたいけれど、そろそろ帰らなければ。
「大月さん、待ってください」
由比さんが私を呼びとめ、テーブルを回り込んで正面に立った。いや、立ち塞がったという距離感である。
「えっ、あの……?」
「大月さん」
「は、はい」
真面目な顔で私を見下ろす。
彼の眼差しは怖いくらいにまっすぐで、なにかこう、切羽詰まっているかのよう。
「先ほどあなたは、明日は観光すると言いましたね」
「え、ええ」
食事中に、明日の予定を彼に話した。バスであちこち回るつもりだと。
「あの、それが何か……」
おすすめの観光地を紹介してくれるのだろうか。しかし、そんな雰囲気ではないような。由比さんの言わんとすることを察しかね、オドオドした。
もしかして怒ってる?
知らぬ間に無礼を働いたのだろうか。分からない。どうしてこんなに、距離を詰めてくるの?
恐れつつ見上げる私に、彼は表情と同じ真面目な声で言った。
「ボディガードをさせてくれませんか」
私はコーヒーを飲み終えると、名残惜しい気持ちでカップを置いた。
「とても美味しかったです。どのお料理も味わい深くて、特にソースが絶品で、ずっと食べていたいって思うほどでした」
「それは良かった。後ほど料理長にお伝えします。とても喜びますよ」
「ええ、ぜひ」
料理だけでなく、私はなにもかもに満足している。
食事の間、由比さんと私は会話に花を咲かせた。主な話題は、好きな食べ物とか、音楽とか、映画とか、小説などなど。
スタンダードなテーマでも、彼の豊かな知性とユーモアセンスによって興味が広がる。
読書一つ取っても、古典文学から流行りのネットコミックまで、彼は網羅していた。私が愛読するロマンス小説にも詳しいので、驚いてしまう。
「古今東西のあらゆる文化を理解し、吸収するのが私の基本姿勢です。それらは必ず仕事に生きてくる」
由比さんは経営者一族の御曹司だという。
だが、それだけでCEOに選任されたのではないと想像できた。
とにかく勉強熱心で努力家で、偏見を持たないのも大きな魅力。彼の人間力が、多くの人に支持されるのだろう。
しかも、まだ二十八歳という若さである。私と三つしか違わないのに、すごく大人に見える。
(さすが三保コンフォートのトップ。本物の王子様だ)
ひたすら感心する私だが、自分からも話題を振ることができた。
最初はかなり緊張したけれど、彼の柔らかな口調と明るい微笑みに心ほぐされ、いつになくお喋りになった。
ただし、プライベートについては最小限の公開に留めたけれど。
望まぬお見合いとか結婚とか、彼に知られたくない。たぶん呆れられるか、同情されるだろう。そんなの惨めすぎる。
だから詳細は省き、東京に住む普通の会社員ですと自己紹介した。深刻な悩みもなく、憧れのホテルに泊まるだけでドキドキしている、平凡な女子であると。
個人的な問題は打ち明けなくていい。王子様とは、これきりの関係なのだから。
身のほど知らずな望みは、頭から追いやった。独身最後の旅で、夢のような時間を過ごせたのだから私は幸せ者だ。
変態男との遭遇すら幸運に思える。
(なんて、そんなわけないか。私って単純)
由比さんもカップを置いた。
時計を見れば、午後9時半を回ったところ。夢の時間の、終了である。
「由比さん。今夜はありがとうございました。とても楽しかったです」
私はあらためてお礼を言い、席を立とうとした。いつまでも座っていたいけれど、そろそろ帰らなければ。
「大月さん、待ってください」
由比さんが私を呼びとめ、テーブルを回り込んで正面に立った。いや、立ち塞がったという距離感である。
「えっ、あの……?」
「大月さん」
「は、はい」
真面目な顔で私を見下ろす。
彼の眼差しは怖いくらいにまっすぐで、なにかこう、切羽詰まっているかのよう。
「先ほどあなたは、明日は観光すると言いましたね」
「え、ええ」
食事中に、明日の予定を彼に話した。バスであちこち回るつもりだと。
「あの、それが何か……」
おすすめの観光地を紹介してくれるのだろうか。しかし、そんな雰囲気ではないような。由比さんの言わんとすることを察しかね、オドオドした。
もしかして怒ってる?
知らぬ間に無礼を働いたのだろうか。分からない。どうしてこんなに、距離を詰めてくるの?
恐れつつ見上げる私に、彼は表情と同じ真面目な声で言った。
「ボディガードをさせてくれませんか」
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