一億円の花嫁

藤谷 郁

文字の大きさ
上 下
10 / 120
強引なお誘い

しおりを挟む

  
  気を取り直して私は訊ねる。

「それで、デ、デ、デートとは何処に行くのでしょう、か?」
「街」
「……まち」

  思っていた場所と違ったので驚いた。
  でも、すぐに思い直した。

  (そうだった、ヴィンセント様は街によく出掛けていてそこでステラと出会ー……)

「……?」

  また、頭の中におかしな思考が流れた。
  本当に何かしら?

「アイリーン?  どうかした?」
「いえ、何でもないです」

  このたまに頭の中に過ぎるものが何なのか自分でもよく分かっていないので、今はそう答える事しか出来なかった。




  ガタゴトと街に向かう馬車の中。
  今、私にはどうしても気になっている事がある。
  やっぱり聞かずにはいられない!

「あの、ヴィンセント様」
「何かな?」
「えっと、ヴィンセント様の花嫁……の件は周囲にはどういうお話になっているのでしょうか?」

  大々的にパーティーを開いていたくらいだもの。
  アディルティス侯爵家としても花嫁が見つかったか否かは重要事項なはず。
  だけど心が決まっていないのに、正直、騒がれるのはちょっと……

「指輪の事を知っている家の者だけには話した」
「!」

  その発言に怯えた様子を見せた私にヴィンセント様が慌てて補足する。

「あぁぁ、でも安心して欲しい。今はアディルティス侯爵家からカドュエンヌ伯爵家に縁談の申し込みはいかないようにしているから」
「え?」

  私が何故?  という顔をするとヴィンセント様は苦笑いした。

「言ったじゃないか。今はお互いを知る期間にしようって。だから……」
「だから?」
「今、縁談の申し込みをしてしまったら、カドュエンヌ伯爵家からは断れないだろう?  それじゃ駄目なんだよ。肝心のアイリーンの気持ちが僕に向いてくれないと」
「……」

  すごく言っている事は誠実なのに、こう、どこかモヤッとするのは多分、指輪のせい。

「とは言っても、すぐに僕と君の事は噂になってしまうと思う」
「ですよね」

  お互いを知る為にこうして一緒に過ごす事が増えれば当然の事だった。

「ごめん」

  ヴィンセント様はまたしても項垂れた。
  そしてポツリと語る。

「僕は物心ついた時から、自分の花嫁となる人は指輪が教えてくれる。そう言われて育って来たんだよ」
「……」
「そうして、先日のパーティーであの指輪をはめている君を見て“本当だったんだ”と嬉しかったんだ」
「……そう言えば。何故、指輪は落ちていたのですか?」

  あの時のヴィンセント様は指輪を探している様子だった。
  つまり、故意にあそこに置いたわけではなかったはず。

「運命の相手には指輪によって導かれる。としか聞いてなかったからずっと手に持っていたんだけど、うっかり落としてしまっていたみたいで……自分が立ち寄った場所を探して走り回ってた」

  だから、息を切らしていたのね。あの時の彼の様子にようやく合点がいった。

「そうしたら、アイリーンが」
「私が指輪を拾っていて、更に指にはめていたんですね?」
「……か。そう思った」
「え?」
「うん。だって僕はー……」

  ヴィンセント様がそこまで言いかけた所で、馬車が止まった。

  (──今の、どういう意味?)

「着いたみたいだね」
「はい……」
「それじゃ、行こうか。アイリーン」

  何だか気になる言い回しだったけれど、聞き返すタイミングを失ってしまったまま、ヴィンセント様が手を差し出してくれたので、私はそっとその手に自分の手を重ねて馬車を降りた。




「ヴィンセント様は、よく街に行かれるんですよね?」
「うん……ってあれ?  僕、その話はアイリーンにしたっけ?」
「え?  いえ……あっ!」

  まただ。
  またやってしまった。
  よく分からない思考の影響を受けてしまっている……

「い、いえ、慣れているご様子だったからそう思っただけです」
「そっか。そんなに分かりやすいかなぁ」

  どうにか誤魔化すも、ヴィンセント様はあまり気にした様子もなく笑った。



  
  それから、ヴィンセント様は本当に慣れた様子で街を案内してくれた。
  あの店が美味しいとか、あそこの店の雑貨はきっと私の好みの物があるよ、とか言いながら。

  それが何故か本当に私の好みのど真ん中だったので驚いた。

「ヴィンセント様!  このお菓子、お、お土産に購入して来てもいいですか?」
「お土産?」
「……お父様がこういうお菓子を好きなのです。だからお土産にしたくて」
「そっか、そうなんだ。アイリーンらしいね」
「!」

  私がちょっと照れながらそう口にするとヴィンセント様が柔らかく笑ったので、その笑顔に胸がドキッとする。
  
  そしてそんな私は雑貨屋でも同様で……柄にもなくずっとはしゃいでいた。
  そんな私をヴィンセント様はずっと優しい目で見守ってくれていた。

「その様子だと、僕が贈ったクリームも喜んでもらえたのかな?」
「はい!  とても気に入りました。あれほどの貴重な物をありがとうございました!」
「そんなに?  アイリーンが好きそうだと思ってはいたけど、そこまで喜んで貰えたなら僕としても侯爵家としても嬉しいね」
「何をそんな呑気な!  あのクリームは本当に凄いのですよ!」

  そう言って私はヴィンセント様の手を取って私の頬に触れさせる。

「ほら、私の頬!  ぷるっぷるでしょう?」

  口で説明するよりも、実際に触ってもらった方が分かりやすいかと思って、思わずそうしてしまったのだけど──……

「ア、アイリーン……!!」
「?」

  ヴィンセント様のどこか焦ったような戸惑う声が聞こえて顔を上げると、何故かヴィンセント様の顔が真っ赤になっていた。
  そうして気付く。とんでもなく大胆な事をしている事に。

「え?  あ……すみません!!  私ったら!」

  私は慌てて自分の頬からヴィンセント様の手を離す。

「いや、違っ……!」
「っっ」

  つられて私の顔も赤くなる。
  そしてヴィンセント様は、今度は自ら優しい手付きで私の頬にそっと触れた。
  そんな彼の頬はまだほんのり赤い。

「うん……確かにぷるぷるだね……ずっと触っていたいくらい……」
「!?」

  その言葉と手付きに私の顔はますます赤くなった。






  (指輪に選ばれて花嫁に、だなんて困った事になったなぁ……と思っていたのに)

  不思議とヴィンセント様と一緒にいる事が苦痛じゃない事に気付いてしまった。
  むしろ、楽し……

  そんな事を考えていた時だった。

「お花、いかがですか~?」

  その声につられて振り返ると、キラキラ輝く金の髪と澄んだ空のような色の瞳を持つ美少女が笑顔で花を売っていた。

「……」
「アイリーン?  どうかした?」

  思わず足を止めた私にヴィンセント様が心配そうに声をかける。

  (私、知っている気がする……ううん、彼女を知っている!)

  あの美少女は──“ステラ”だ!

  ──ヒロイン!!

  突然、そんな言葉が私の頭の中を駆け巡った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

君の秘密

朝陽七彩
恋愛
「フン‼」 「うるせぇ‼」 「黙れ‼」 そんなことを言って周りから恐れられている、君。 ……でも。 私は知ってしまった、君の秘密を。 **⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆* 佐伯 杏樹(さえき あんじゅ) 市野瀬大翔(いちのせ ひろと) **⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆***⋆*

甘い支配の始まり~愛に従え 愛に身を委ねろ~【完結】

まぁ
恋愛
【失恋は甘い支配の始まり】 花園紫乃 Hanazono Shino 24歳 町田瑠璃子 Machida Ruriko 24歳 水戸征二 Mito Seiji 28歳 長谷川壱 Hasegawa Ichi 31歳 大垣誠 Ogaki Makoto 31歳 ※作品中の個人、団体、街…全て架空のフィクションです

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】

まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と… 「Ninagawa Queen's Hotel」 若きホテル王 蜷川朱鷺  妹     蜷川美鳥 人気美容家 佐井友理奈 「オークワイナリー」 国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介 血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…? 華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。

処理中です...