87 / 88
聖なる光
1
しおりを挟む
信じられない景色が続いている。
ゴアドア王国の周囲には、今でも国を護るように樹海が広がるが、それはもう暗黒の森ではない。大地の幸が豊かに実り、小鳥がさえずり、生き物達が命を育む幸福の森へと生まれ変わっていた。
明るい木々の輝きに、ミアは泣くのも忘れて見惚れた。
「驚いたでしょ、ミア。暗かった森が一晩で様変わりしてるから、僕らもひっくり返ったよ」
ルズが陽気に話しかけた。いつもと変わらぬ活発な声は、ミアを元気付けようとしている。
「サキ博士が待ってるよ。ミアが淹れる美味しい紅茶を飲みたいって、お湯を沸かしてね」
「うん。ありがとう、ルズ」
彼らの思いやりが胸に沁みて、ミアは再び涙を零した。
もうすぐ屋敷が見えてくる。あの人の屋敷が。あの人のいない、空っぽの屋敷が……
「え……?」
絶望に苛まれながら前方を見つめるミアは、瞬きを止める。
屋敷の周囲の色が、いつもと違っていた。
ルズが降下を始める。だんだんと視界がはっきりしてきて、ミアは驚きのあまり声も出せなかった。
屋敷、物見櫓、豆の木、何も変わらない。
だけど、その周囲には、ピンク、白、黄、紫、オレンジ……色とりどりの花達が咲き乱れている。
「お花畑……」
ルズがふわりと、芝草の上に着地した。その瞬間、ぱっと変身して人間のルズになった。
「お帰りなさい、ミア」
ミアの手を取り、にこりと笑う。ミアも笑おうとするが、うまくできない。戸惑いと、哀しみと、様々な感情が押し寄せていた。
「ミアさん、お帰りなさい!」
食堂の窓を開けて、サキが走ってきた。両手を広げ、抱きしめてくる。
「無事だったのね。ああ、本当に、ほんとうによかった!」
サキの勢いに押され、ミアはよろけた。足に力が入らず、ふらついている。
「さあ、こっちへきて」
「は、はい」
屋敷へ入るよう促されたが、ミアは立ち止まる。
後ろを振り向き、明るい花畑を隅々まで眺めた。やはり、求める人の姿はどこにも見えない。
「さ、早く」
サキはミアの肩を抱いて、屋敷の中へ連れて行こうとする。しかしミアはかぶりを振った。
「いい……」
「えっ?」
「私は、いい。もう、この家には住まない」
サキもルズも目を瞬かせる。
「何を言っているの。あなたの家よ」
「違う。私の家は、ここじゃない。だって……」
再び視界が滲んできた。
どうしようもない絶望が、彼女の気力を奪ってゆく。ミアはがくりと膝をついた。
小さくなって、肩を震わせ泣いている。
サキはミアの背中を優しく撫でると、ゆっくりと言い聞かせた。
「あなたは何を望んだの、ミア。お花畑? それだけではないでしょう」
ミアはこくりと頷く。
「何を望んだの?」
サキは繰り返す。彼女の瞳もまた、濡れて光っていた。
「何にも……縛られないで、愛する家族に、囲まれて」
「うん」
「幸せに、暮らしたいと。愛する人と……一緒に」
「そうよ。そう願ったのよね」
サキの横にルズも座って、ミアを覗き込んだ。
ゴアドア王国の周囲には、今でも国を護るように樹海が広がるが、それはもう暗黒の森ではない。大地の幸が豊かに実り、小鳥がさえずり、生き物達が命を育む幸福の森へと生まれ変わっていた。
明るい木々の輝きに、ミアは泣くのも忘れて見惚れた。
「驚いたでしょ、ミア。暗かった森が一晩で様変わりしてるから、僕らもひっくり返ったよ」
ルズが陽気に話しかけた。いつもと変わらぬ活発な声は、ミアを元気付けようとしている。
「サキ博士が待ってるよ。ミアが淹れる美味しい紅茶を飲みたいって、お湯を沸かしてね」
「うん。ありがとう、ルズ」
彼らの思いやりが胸に沁みて、ミアは再び涙を零した。
もうすぐ屋敷が見えてくる。あの人の屋敷が。あの人のいない、空っぽの屋敷が……
「え……?」
絶望に苛まれながら前方を見つめるミアは、瞬きを止める。
屋敷の周囲の色が、いつもと違っていた。
ルズが降下を始める。だんだんと視界がはっきりしてきて、ミアは驚きのあまり声も出せなかった。
屋敷、物見櫓、豆の木、何も変わらない。
だけど、その周囲には、ピンク、白、黄、紫、オレンジ……色とりどりの花達が咲き乱れている。
「お花畑……」
ルズがふわりと、芝草の上に着地した。その瞬間、ぱっと変身して人間のルズになった。
「お帰りなさい、ミア」
ミアの手を取り、にこりと笑う。ミアも笑おうとするが、うまくできない。戸惑いと、哀しみと、様々な感情が押し寄せていた。
「ミアさん、お帰りなさい!」
食堂の窓を開けて、サキが走ってきた。両手を広げ、抱きしめてくる。
「無事だったのね。ああ、本当に、ほんとうによかった!」
サキの勢いに押され、ミアはよろけた。足に力が入らず、ふらついている。
「さあ、こっちへきて」
「は、はい」
屋敷へ入るよう促されたが、ミアは立ち止まる。
後ろを振り向き、明るい花畑を隅々まで眺めた。やはり、求める人の姿はどこにも見えない。
「さ、早く」
サキはミアの肩を抱いて、屋敷の中へ連れて行こうとする。しかしミアはかぶりを振った。
「いい……」
「えっ?」
「私は、いい。もう、この家には住まない」
サキもルズも目を瞬かせる。
「何を言っているの。あなたの家よ」
「違う。私の家は、ここじゃない。だって……」
再び視界が滲んできた。
どうしようもない絶望が、彼女の気力を奪ってゆく。ミアはがくりと膝をついた。
小さくなって、肩を震わせ泣いている。
サキはミアの背中を優しく撫でると、ゆっくりと言い聞かせた。
「あなたは何を望んだの、ミア。お花畑? それだけではないでしょう」
ミアはこくりと頷く。
「何を望んだの?」
サキは繰り返す。彼女の瞳もまた、濡れて光っていた。
「何にも……縛られないで、愛する家族に、囲まれて」
「うん」
「幸せに、暮らしたいと。愛する人と……一緒に」
「そうよ。そう願ったのよね」
サキの横にルズも座って、ミアを覗き込んだ。
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる