琥珀色の花嫁

藤谷 郁

文字の大きさ
上 下
83 / 88
消えた温もり

しおりを挟む
 トーマの北側には海が広がっている。
 その海岸に、ラルフは静かに降下した。
 冬が近い海は空と同じ錫色に染まり、強い風に吹き付けられた砂浜も荒涼としている。風景は陰鬱で、寂しいものであった。
 ラルフは竜の変身を解くと、いつもの黒いマント姿に戻り、その中へミアを引き寄せ包み込んだ。
 二人は海のほうを向き、遠くを眺めた。
 いくつかの島影が見える。そして水平線。その彼方には、遥か昔……ゴアドアの民の遠い祖先が生まれたという北の大陸がある。

「ミア……あの言葉を言ってみなさい」 
 ラルフが彼女を後ろから抱き抱え、遠くへ目をやったまま命じる。 
「はい」 
 ミアは素直に応じると、風に負けぬよう声を大きくして暗誦した。 


 はじまりの地 

 太陽と月を重ね 

 愛のかいなに抱かれたなら 

 そのものの唇に唱えさせよ 

 お前の望みを


 ラルフは頷くとミアをこちらに向かせ、深い緑の瞳を、奥底まで覗くように見つめる。 
「はじまりの地とは、ここだ。父王はこの場所を始まりの岸と呼んでいた」 
 ミアもラルフの蒼い瞳を覗き込む。強い光を宿し、誰よりも澄んだ心を映している。 
「お前の胸にある二つの琥珀。それが太陽と月だ。黒のゴアが太陽。青のゴアが月」 
「はい」 
 ミアはブラウスの上から胸もとを確かめた。二つのゴアが重なっている。 

 ラルフは力をこめ、ミアを抱きしめた。そして愛しげに、唇を銀の髪に押し付けると、しばらく動かなかった。 
「ラルフ様……」 
 ミアの声は震えている。彼が泣いているような気がした。 
「これからお前の望みを叶える……父王が闇の琥珀に施した魔法のすべてを、解放する」 
「私の望みを……」 
 ミアはラルフを見上げた。 
「私の望みは一つです。ラルフ様……」 

 ラルフは優しくミアの髪を撫でると、頷いた。 
「分かっている。そんな顔をするな」 
 ミアは広い胸に顔を埋めた。 
(あなたと二人で、ずっと一緒に、生きてゆくのです。幸せに……)
 ラルフは北の大陸を望むように遠くへ視線を投げると、ミアに教えた。 

「潮が満ちてくる。見ろ、足もとを」 
 言われて、下に目を落とす。二人が立っている場所は砂が堆積して、小さな丘になっていた。その周囲を、満ちてきた海水が腕を伸ばし包むように囲んでいる。 
「愛のかいなに抱かれたなら……」 
 ラルフの言葉にミアははっとした。 
「愛のかいな。愛とは、海のことだ。我々命あるものは皆、海から生まれた」 

 ミアはラルフの視線をたどる。 
 雲が晴れてゆく。その向こうから夜明けの太陽と、そして月が同時に出現した。 
「太陽と月」 
 胸もとのゴアを取り出した。 
「ラルフ様……これは!」 
 二つの石が、光を発している。 
「こんなに明るいのに、光っています……っ」 
「静かに、ミア」 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

竜王の息子のお世話係なのですが、気付いたら正妻候補になっていました

七鳳
恋愛
竜王が治める王国で、落ちこぼれのエルフである主人公は、次代の竜王となる王子の乳母として仕えることになる。わがままで甘えん坊な彼に振り回されながらも、成長を見守る日々。しかし、王族の結婚制度が明かされるにつれ、彼女の立場は次第に変化していく。  「お前は俺のものだろ?」  次第に強まる独占欲、そして彼の真意に気づいたとき、主人公の運命は大きく動き出す。異種族の壁を超えたロマンスが紡ぐ、ほのぼのファンタジー! ※恋愛系、女主人公で書くのが初めてです。変な表現などがあったらコメント、感想で教えてください。 ※全60話程度で完結の予定です。 ※いいね&お気に入り登録励みになります!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

処理中です...