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不安
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一体何のために。そして、どうやってあんな高い場所に上ったのか。
トーマの国は今、この噂でもちきりだ。
昨日の夕方、トーマ城の遺物である鳥籠の塔で、プラドー家の当主が倒れているのが発見された。
救出した衛兵によると、
「発見当時、小部屋の天窓からのろしが上がっていました。城壁から綱を張って塔に渡ってみると、プラドー伯爵が倒れていたのです。伯爵は泥酔しており、体の数箇所に火傷を負っていました。意識はしっかりしているが、塔に上る前後の記憶が消えており、何がなにやら分からない様子でしたね」
まったく不思議で、謎だらけのできごとです。
トーマ国 ◯◯新聞朝刊より――
ここはラルフの屋敷。ルズはサキ博士と一緒にお茶を飲んでいる。
二人とも、いましがたトーマから帰ってきたばかりである。ラルフにかけられた魔法は屋敷に着いたとたんに解け、無事人間の姿に戻ることができた。
「うーん。やっぱりミアさんの紅茶が飲みたいわ」
苦い顔でカップを置くサキに、ルズは肩をすくめる。この紅茶を淹れたのは彼女自身だ。
「ラルフとミアはトーマに残ったよね」
ルズが言うと、サキは静かに頷く。
「そう。あのゴア……闇の琥珀で、願いを叶えるのよ。ミアさんの願いを」
「ミアの願い……か」
考え込むルズを見て、サキは複雑な表情になった。
「あなた、帰りがけにラルフ様から何か言われてたわね。何だったの?」
サキが問うと、ルズは困ったように笑う。
「ミアを頼むって」
「やっぱり……」
サキは俯いた。カップの底に冷めた紅茶が残っている。
「ねえ、僕は確かにミアが好きだし、結婚したいと思っている。だけどさ、ミアが笑ってくれないなら、そんなのちっとも意味がないよ!」
サキは返事のしようがない。ラルフの考えていることが、彼女にも分からないのだ。
ミアの願いを叶えたあと、ラルフはどこへ行くつもりなのだろう。
彼は何も言わない。もし尋ねたとしても、
サキ、お前なら分かるだろう――
などと答え、いつものように微笑するのだ。
そう、いつものように……
ふと、不安がよぎる。
過去のすべてを知ったあとのラルフは、いつものラルフではなかった。
もしかしたら、遠くへ行ってしまうのではないか……もう二度と会えないような、遠くへ。
サキはかぶりを振ると、残った紅茶をひと息に飲み干す。
ミアの淹れた紅茶と違う。
あまりの渋さに哀しくなり、涙が滲んだ。
トーマの国は今、この噂でもちきりだ。
昨日の夕方、トーマ城の遺物である鳥籠の塔で、プラドー家の当主が倒れているのが発見された。
救出した衛兵によると、
「発見当時、小部屋の天窓からのろしが上がっていました。城壁から綱を張って塔に渡ってみると、プラドー伯爵が倒れていたのです。伯爵は泥酔しており、体の数箇所に火傷を負っていました。意識はしっかりしているが、塔に上る前後の記憶が消えており、何がなにやら分からない様子でしたね」
まったく不思議で、謎だらけのできごとです。
トーマ国 ◯◯新聞朝刊より――
ここはラルフの屋敷。ルズはサキ博士と一緒にお茶を飲んでいる。
二人とも、いましがたトーマから帰ってきたばかりである。ラルフにかけられた魔法は屋敷に着いたとたんに解け、無事人間の姿に戻ることができた。
「うーん。やっぱりミアさんの紅茶が飲みたいわ」
苦い顔でカップを置くサキに、ルズは肩をすくめる。この紅茶を淹れたのは彼女自身だ。
「ラルフとミアはトーマに残ったよね」
ルズが言うと、サキは静かに頷く。
「そう。あのゴア……闇の琥珀で、願いを叶えるのよ。ミアさんの願いを」
「ミアの願い……か」
考え込むルズを見て、サキは複雑な表情になった。
「あなた、帰りがけにラルフ様から何か言われてたわね。何だったの?」
サキが問うと、ルズは困ったように笑う。
「ミアを頼むって」
「やっぱり……」
サキは俯いた。カップの底に冷めた紅茶が残っている。
「ねえ、僕は確かにミアが好きだし、結婚したいと思っている。だけどさ、ミアが笑ってくれないなら、そんなのちっとも意味がないよ!」
サキは返事のしようがない。ラルフの考えていることが、彼女にも分からないのだ。
ミアの願いを叶えたあと、ラルフはどこへ行くつもりなのだろう。
彼は何も言わない。もし尋ねたとしても、
サキ、お前なら分かるだろう――
などと答え、いつものように微笑するのだ。
そう、いつものように……
ふと、不安がよぎる。
過去のすべてを知ったあとのラルフは、いつものラルフではなかった。
もしかしたら、遠くへ行ってしまうのではないか……もう二度と会えないような、遠くへ。
サキはかぶりを振ると、残った紅茶をひと息に飲み干す。
ミアの淹れた紅茶と違う。
あまりの渋さに哀しくなり、涙が滲んだ。
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