琥珀色の花嫁

藤谷 郁

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現れたディエゴ

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 プラドーはミアを掴んだまま起き上がると、猪首を回した。
 部屋にただ一つある天窓のもとに、ラルフが立っている。
 髪を後ろで束ね、白いシャツに黒いズボン。そして黒いマントを羽織り、あの頃と全く変わらない青年の姿で彼は見下ろしている。
「久しぶりだな、ディエゴ」
 静かだが、怒気の含んだ声で名前を呼んだ。
 プラドーだった男はもはや、プラド―ではない。ディエゴは口の端を上げると、相変わらずの生意気な若造を鼻で嗤ってみせる。

「ベルは……青のゴアはどうした。え? 盗人め!」
 狭い部屋のどこにもベルはいない。だがディエゴにそんなことはどうでも良かった。
 彼が求めるのは青のゴア、それのみである。
「私はティナのゴアを取り戻しただけだ。1000年ぶりにな」
 ディエゴは後退りした。ラルフの全身に殺気が漲っている。
「ティナのゴアと父王の言葉を、どうやって盗んだ。言え。つまびらかに、すべてを話すのだ」
 間を詰めるラルフを目で威嚇すると、ディエゴは片手で剣を抜き、ラルフではなくミアの首筋に切っ先を向けた。

「何をしている。それはお前の家政婦だろう」
 眉ひとつ動かさずラルフが言うのに、ディエゴは怒鳴る。
「とぼけるな! 全部分かっているのだろう。やはりミアをゴアドアへやってはいけなかった。初めから、わしが出向くべきだったのだ」
 掴まれた腕の痛みに堪えながら、ミアは天窓へそっと目を向けた。円形ガラスの向こうに、紅い影が見え隠れしている。
 ディエゴは何やら口の中で呟くと、ミアの耳元にふっと息を吹きつけた。
「ひっ」
 思わず首をすくめる。ミアは瞬く間に、銀の髪、薔薇色の頬の、ティナに生き写しの本来の姿に戻った。

「どうだ、ラルフ。お前が欲しくて堪らなかったティナの末裔だ。こやつの生命が惜しくば、さっさと青のゴアを渡せ!」
 ラルフは構わずディエゴに近付いて行く。ミアの首筋に刃先が触れそうに迫っている。
「切り刻むぞ!」
 ディエゴは剣を持つ手に力を入れた。
 その瞬間、ミアの目の前を緑の疾風がかすめる。
「……なにっ?」
 いきなり丸腰になったディエゴは、腕から脱出したミアを捕まえようともせず、蔓に柄をとられた剣が回転しながら宙を舞うのを呆然と眺めた。

 ラルフは逃げて来たミアを後ろに庇いながら鞭を操り、先端に捉えた剣を天窓の枠に突き刺す。
 窓は内側から外れ、その丸い穴からサキ博士が顔を出した。
「間に合ったようね」
 サキはガラスの小瓶をラルフに投げ、彼が受け取るのを見てホッと息をついた。
「おのれえ……っ」
 我に返ったディエゴは小声で呪文をとなえると、高く腕を振り上げる。そして、火の玉を空中にこしらえたかと思うと、ラルフに向けて一気に放った。
 炎の爆弾が猛烈な勢いで至近距離に立つ彼に襲いかかる。ミアは思わず目を閉じて、身をすくめた。

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