76 / 88
現れたディエゴ
1
しおりを挟む
「ご主人様! ミアが……ベル様の捜索隊に加わっていた家政婦のミアが帰ってきました」
プラドー伯爵は城の会議から戻ったばかりだった。執事の叫びを聞くと、着替えもそこそこに玄関広間への階段を駆け下りる。昼寝をしていた奥方も、転びそうになりながら飛び込んできた。
屋敷中の人間が集まった広間は、まるで集会場のようだ。その中心に、貧相な娘が体を震わせ立っている。灰色の髪、痩せた身体つき。
プラドー伯爵は彼女の前に立ちはだかると、まっ先に質問した。
「ミア! ゴアは見つかったのか!?」
使用人たちがざわめいた。プラドー様がお嬢様の名を間違えていると。
プラドーははっとした顔になり、慌てて言い直した。
「ベルはどうした。お前はゴアドアに辿り着けたのだろう。化け物に食われず戻ってきたのだからな」
ミアは上目遣いでプラド―を見ると、ひっそりと頷く。
「おお……そうか。それで、ベルはどこにいるのだ一体」
「ご主人様。暗黒の森のラルフをご存知でしょうか」
ミアの唐突な問いに、プラドーは肉付きがよすぎてふやけた顔を、ぎゅっと強張らせた。
「……森の番人の、ラルフか」
彼の目の色が変わったのを、ミアは見逃さなかった。
奥方は見物している屋敷の者を追い払うが、
「お前も向こうへ行ってろ」
プラドーは奥方をも退けると、ミアと広間で二人きりになった。
「その、ラルフがどうしたのだ」
固唾を呑む音が不気味に響く。プラドーは蒼ざめていた。
「ベル様は、ラルフに誘拐されたのです。ベルを返してほしくばトーマ城の鳥籠の塔に来いと……」
ミアの言葉に、プラドーは目を剥く。
「鳥籠の塔だと? あんな場所にラルフが来ていると言うのか。城の者でも近寄れぬ、梯子も何もない、入り口すらない部屋だぞ」
鳥籠の塔はトーマ城を囲む最も古い塔の一つで、入り口も階段も梯子もない、つまり鳥にしか近寄れぬ部屋が、その先端にぽつんと乗っている。
何のために造られたか分からぬ、国の遺物であった。
「ご主人様。ラルフから、これを渡すよう言われました」
ミアが差し出したものを見て、プラドーは一瞬息を止めた。
「本当にラルフなのか……」
それは黒くて硬質な、一枚の竜の鱗であった。
「これを空に放ると、鳥籠の塔までたちどころに移動できると」
「化け物め!」
プラドーは忌々しそうに怒鳴ると、執事を呼んだ。
そして、持ってこさせたひと振りを帯剣すると、ミアの腕を乱暴に掴んで表に出る。
プラドーの顔つきは変わっていた。
もはやこの男はプラドーではない。ミアにも確信できるほど、残忍で、恐ろしい、それこそ化け物のように見える表情(かお)だった。
「やはりわしが直接出向くべきであった」
プラドーは黒い鱗を空へぱっと放り投げた。
たちまちミアもろとも白い煙に巻かれて、気が付いた時には、地上よりはるかに高い塔のてっぺん。小さな部屋の中に放り出されていた。
プラドー伯爵は城の会議から戻ったばかりだった。執事の叫びを聞くと、着替えもそこそこに玄関広間への階段を駆け下りる。昼寝をしていた奥方も、転びそうになりながら飛び込んできた。
屋敷中の人間が集まった広間は、まるで集会場のようだ。その中心に、貧相な娘が体を震わせ立っている。灰色の髪、痩せた身体つき。
プラドー伯爵は彼女の前に立ちはだかると、まっ先に質問した。
「ミア! ゴアは見つかったのか!?」
使用人たちがざわめいた。プラドー様がお嬢様の名を間違えていると。
プラドーははっとした顔になり、慌てて言い直した。
「ベルはどうした。お前はゴアドアに辿り着けたのだろう。化け物に食われず戻ってきたのだからな」
ミアは上目遣いでプラド―を見ると、ひっそりと頷く。
「おお……そうか。それで、ベルはどこにいるのだ一体」
「ご主人様。暗黒の森のラルフをご存知でしょうか」
ミアの唐突な問いに、プラドーは肉付きがよすぎてふやけた顔を、ぎゅっと強張らせた。
「……森の番人の、ラルフか」
彼の目の色が変わったのを、ミアは見逃さなかった。
奥方は見物している屋敷の者を追い払うが、
「お前も向こうへ行ってろ」
プラドーは奥方をも退けると、ミアと広間で二人きりになった。
「その、ラルフがどうしたのだ」
固唾を呑む音が不気味に響く。プラドーは蒼ざめていた。
「ベル様は、ラルフに誘拐されたのです。ベルを返してほしくばトーマ城の鳥籠の塔に来いと……」
ミアの言葉に、プラドーは目を剥く。
「鳥籠の塔だと? あんな場所にラルフが来ていると言うのか。城の者でも近寄れぬ、梯子も何もない、入り口すらない部屋だぞ」
鳥籠の塔はトーマ城を囲む最も古い塔の一つで、入り口も階段も梯子もない、つまり鳥にしか近寄れぬ部屋が、その先端にぽつんと乗っている。
何のために造られたか分からぬ、国の遺物であった。
「ご主人様。ラルフから、これを渡すよう言われました」
ミアが差し出したものを見て、プラドーは一瞬息を止めた。
「本当にラルフなのか……」
それは黒くて硬質な、一枚の竜の鱗であった。
「これを空に放ると、鳥籠の塔までたちどころに移動できると」
「化け物め!」
プラドーは忌々しそうに怒鳴ると、執事を呼んだ。
そして、持ってこさせたひと振りを帯剣すると、ミアの腕を乱暴に掴んで表に出る。
プラドーの顔つきは変わっていた。
もはやこの男はプラドーではない。ミアにも確信できるほど、残忍で、恐ろしい、それこそ化け物のように見える表情(かお)だった。
「やはりわしが直接出向くべきであった」
プラドーは黒い鱗を空へぱっと放り投げた。
たちまちミアもろとも白い煙に巻かれて、気が付いた時には、地上よりはるかに高い塔のてっぺん。小さな部屋の中に放り出されていた。
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

竜王の息子のお世話係なのですが、気付いたら正妻候補になっていました
七鳳
恋愛
竜王が治める王国で、落ちこぼれのエルフである主人公は、次代の竜王となる王子の乳母として仕えることになる。わがままで甘えん坊な彼に振り回されながらも、成長を見守る日々。しかし、王族の結婚制度が明かされるにつれ、彼女の立場は次第に変化していく。
「お前は俺のものだろ?」
次第に強まる独占欲、そして彼の真意に気づいたとき、主人公の運命は大きく動き出す。異種族の壁を超えたロマンスが紡ぐ、ほのぼのファンタジー!
※恋愛系、女主人公で書くのが初めてです。変な表現などがあったらコメント、感想で教えてください。
※全60話程度で完結の予定です。
※いいね&お気に入り登録励みになります!

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる