琥珀色の花嫁

藤谷 郁

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旅立ち

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 早朝。
 ラルフは物見櫓の上で作業している。
 豆の木から伸びた蔓をナイフで数本切り落とすと、それを丁寧に結い合わせ、踏んだりためしたりして、身長の三倍ほどの長さの鞭を作った。
「これほど有意義に使える材料を、なぜ今まで放っておいたのかな」
 彼は立ち上がると、屋敷と物見櫓を繋ぐ巨大な豆の木を、改めて眺め下ろす。

「翼がないと不便だよ」
 甲高い声がした。見ると、手すりの柵からルズがひょっこりと顔を出した。
 額に汗を浮かべている。梯子を上ってきたようで、痛そうに手のひらに息を吹きかけている。
「よく眠れたか」
 鞭の持ち手に革帯を巻き付けながら、ラルフが訊いた。
「まあね。おかげで元気復活した」
 ルズは胸を大きく広げて深呼吸する。乱れた呼吸はすぐにおさまったようだ。
「ふふ、それでなくては私の相棒は務まらん……」
 ラルフは目を細めると、しなやかな蔓のような少年を頼もしげに見つめる。

「懐かしいものを作ったねえ」
 ラルフは完成した鞭をいくつかに折ると、ビシビシと両手で引っ張り音を鳴らした。 
「ああ、子どもの頃を思い出す。豆の巨木はトーマの城にも何種類かあったな」
「うん。僕も鞭はいくつも作ったよ。使いこなせなかったけどさ」
「コツがある」
 ラルフはルズに向けて鞭を構えると、ほんの僅か手首を動かした。
 刹那、風を切る音が聞こえたかと思うと、まるで生きた蛇のように蔓はしなり、標的を何重にも巻いて拘束した。
「冗談はよしてよ!」
 身動きが取れなくなったルズは真っ赤になって抗議の声を上げる。
「うむ、使えそうだ」
 ラルフは軽く手首を返して、ルズを鞭から解放した。
「ほんとにもう! 性格は相変わらずなんだから」
 ふて腐れてぶつぶつ言う相棒にラルフは笑い、下へ行くぞと促した。



 朝食を済ませると、ラルフは旅立ちに必要なものを身に付けてから、庭で待っているサキ博士の側に歩み寄った。
「頼みたいことがある」
 ラルフは、知性的で行動力に溢れたこの鉱物学者に、いまや全幅の信頼を寄せている。
 サキのほうも、彼を恐ろしい化け物とは思わなくなっていた。それにはミアの存在が大きい。彼女がいなければ、とうに逃げ出していただろう。ミアの純真さがサキを引き止め、ラルフを理解させてくれたのだ。
「何でしょうか」
「エリックの行方は分かるか」
 思わぬ人物の名前が出て、サキはきょとんとする。
「元記者の、エリックですか?」

 ラルフは懐からそれを取り出し、サキの手に握らせた。
 ひんやりとした感触。ガラス製の小瓶である
「これは?」
 よく見ると、微量の液体が底に光っている。
「特製のエーテルだ」
 サキはぎょっとしてラルフを見た。
「彼には償いをしてもらう」
「償い……」
 意味を解りかねて、サキは復唱する。
「今のままでは奴も寝覚めが悪かろう。贖罪の機会を与えてやるのさ」
 ラルフは薄く笑うと、戸惑っているサキに指示を与えた。


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