琥珀色の花嫁

藤谷 郁

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二人の想い

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 ラルフはサキとルズを客間に通した。
 彼らが寝静まると、居間の暖炉の前でミアと二人きりで話をした。
「ディエゴは元々トーマ村の長であり、またティナの養父でもあった。性質は悪いが知恵者で、ティナが王の寵愛を受けたのをきっかけに城への足がかりを得ると、瞬く間に出世していった。根回しと、小賢しい立ち回りで」
 暖炉の火がパチッと音を立てる。ラルフは薪を手に、話を続ける。

「奴はとうとう大臣にまでのし上がった。財務の方面に能力が長けていたので、戦争に金が必要な城には重宝がられた。だがそれが間違いだったのだ」
 ミアは黙って聞いている。彼女は今、別のことに心を囚われている。
「あの男を父王は近付けすぎた。結果、王族でも一部の者しか知り得ない、魔法と魔力の知識を与えることになった」
 ラルフは暖炉に薪をくべると、ミアを抱き寄せてマントにくるんだ。
 身も心も凍えていたミアはホッとする。ラルフの胸は温かだった。

「ディエゴは、今も生きている」
「……まさか、プラドー伯爵がディエゴ?」
 恐る恐る訊くミアに、ラルフはかぶりを振った。
「念だけが生きているということだ。己の血筋の者に取り憑くとでも言おうか」
「プラドーの中に生きている……ということですか」
「そうだ。信じられるか」
 ミアは戸惑いつつも頷いた。ラルフが言うのだから、きっとそうなのだろう。
 ラルフのことは信じている。

 薪が赤く燃えるのを、ミアは虚しい気持ちで見つめる。こうしてラルフの胸にいても、どうしようもなく寂しかった。

「父王はトーマを離れる直前、トーマ王の座をもう一人の大臣に譲り、ディエゴは放逐した。何かにつけて政策に口出しするディエゴを嫌悪し、新国ゴアドアにも連れて行かなかった。本当は始末したかったのだろうが、ティナの養父であるからと生かしておいたのだ。まったく、妙なところで甘いお方だ」
 ラルフは悔しそうに言うと、唇を噛む。
「ゆえに、始末するどころか貴族の身分と広い屋敷を与えた。親子で暮らせるようはからったのだが、その中途半端な情愛が仇となる。ティナのゴアを盗んだのは、ディエゴだ!」
 興奮してきたのか、ミアを抱き寄せ、強く締め付けるようにした。

「ラルフ様……」
「ティナの望みが叶っていたなら、私は気の遠くなるような歳月を不死で過ごすこともなく、彼女と幸せに、人として生きられたのに」
 ミアはじっとして、ラルフが初めて漏らす辛い気持ちに耳を傾けた。
「ティナは迷っただろう。あの本を火にくべるなど、ほとんど生きるか死ぬかの賭けだ。唯一の手がかりを失うかもしれないのだから。彼女はそれでも火中に投じたのだ。死と同等の恐怖の中で……」

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