琥珀色の花嫁

藤谷 郁

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 深夜。
 屋敷は冷たい森の空気に包まれ、部屋の温度は急激に下がっていく。四人は暖炉の前に集まり、身を寄せ合うようにして座った。 

「黒のゴアと、あの本のことを、父は知りませんでした。母と、娘の私……一族の女だけに受け継がれるものだからです」
 ミアは言うと、涙で濡れた瞼をこすった。そして二つのゴアと、【トーマクラシック百科】と箔押しされた本をラルフに手渡す。

 ラルフは表紙をサキに見せ、「どう思う」と意見を求めた。サキは首を傾げつつも、自分の考えを述べた。
「本の題名はカムフラージュだと思います。万が一他者に渡った場合、内容を示唆するタイトルでは、秘密の書になりませんから」 
「うむ、そうだな」 
「ですから【トーマクラシック百科】という、いかにも家政婦の仕事に役立ちそうな題名にしたのでしょう」 

 サキの意見に、ミアもルズも頷いている。 
「他には?」 
「あと、この箔押しの技術はまだ最近のものですね。古い本に見えないよう、加工したのでは? 
 ラルフは暖炉に息を吹きかけた。薪は勢いよく燃え上がり、部屋を赤く照らす。
「なるほど。ミアのご先祖も本を守るために、いろいろと工夫したのだな」 
 ラルフは柔らかな眼差しをミアに向けた。よく守ってくれたと、感謝の気持ちが伝わってくる。しかしミアが工夫したわけではないので、応えようがなかった。 

 ラルフは本をぱらぱらとめくり、中ほどのぺージを開く。何かを挿んだあとのような、微かな窪みを見つけた。青のゴアを、その窪みに当てはめてみる。
 ルズが横から覗きこみ、驚きの表情になった。 
「わっ、どうして?ぴったりはまったよ」 

「ティナの肖像に描かれていたとおりだ。このぺージに青のゴアが、栞がわりに挿まれていたのだ」 
 彼は三人を見回すと、薄く笑った。 
「ここにすべての秘密がある」 
 ラルフは言うなりその部分に指を差し挟んだまま、本を暖炉の火にくべた。 
「ラルフ様!」 
 ミアが悲鳴を上げた。慌てて止めようとするのを、サキが体で遮る。
「本が焼けてしまう!」 
「ミア、黙って見てろ」 
 ミアははっとして、炎に包まれる伝説の書に注目する。ラルフが開いているぺージに、文字が浮かび上がるのが分かった。 
 皆、瞬きするのも忘れ、見守っている。 
「古代の文字だ」 
 ラルフはゆっくりと、その五行を目でなぞる。解読し、ミアに教えた。 


 はじまりの地 

 太陽と月を重ね 

 愛のかいなに抱かれたなら 

 そのものの唇に唱えさせよ 

 お前の望みを 


 誰も言葉を発しなかった。 
 どう解釈すれば良いのか途方に暮れて、それでも何とか考えようとしている。 
「ミア、覚えたか」 
 ラルフは火の中から腕を戻すと本を閉じ、表紙を擦ってからミアに渡した。本は燃えなかった。これも魔法なのだろう。 
「はい、覚えました」 
 ミアは日頃から、いくつもの仕事の指示を記憶する術を身に付けている。覚えるのは簡単だった。 
 ただ、具体的な意味は謎のままである。 

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