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炎の別れ
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「闇の琥珀……?」
父王は肖像画を指差す。彼の言葉は、ティナの胸もとを飾る、漆黒のペンダントを指している。
『北の大陸で採石されたものだ。厳密には琥珀ではないが、化石木から取り出されたそれを、北の民はそう名付けたのだ。この世ではもう、何処を探しても見つからないだろう……奇跡の……石だ』
炎が頼りなげに揺れている。
『黒と青のゴア……二つの琥珀に、私は魔法を施した。どんな望みでも叶えられると……いう魔法を……』
「父王……やはりあなたが、あの伝承の」
ラルフはうっすらと予想していた。偉大なる魔法使いという文言が誰を表すのか、ずっと考えていたのだ。
「しかし父王、ティナが身に着けているのは黒のゴアだけだ。青のゴアはどうしたのです。誰に渡したのです」
『よく見ろ……彼女の手もとを』
「手もと?」
ラルフは肖像画に目を凝らした。ティナが膝に置いた手の下に、小さな本が見える。
「あれは!」
ミアが持つ【トーマクラシック百科】と同じ大きさ。同じ厚みの本である。さらに目を凝らすと、本の中ほどに青のゴアが挿まれているのが分かった。
「だが、どういうことです。二つの石をティナに渡したのに、なぜ黒と青のゴアは別々の一族が持っているのか。それに、あの本の中身は白紙だった」
疑問をぶつけるラルフだが、炎は答えない。今にも燃え尽きそうに、小さくなっている。
「父王!」
『……ティナには勇気がなかった。勇気さえあれば、お前と、結ばれていたは……ずなの……に』
炎は苦しげに呻くとラルフから離れ、壁画に向かってよろよろと浮上した。
「お待ちください。私の疑問に答えてくれ、父王!」
ラルフを拒絶するように、炎は火勢を盛り返した。
「ううっ……」
熱風に煽られてラルフはあとずさった。物凄い火炎が、ティナの肖像を焼こうとしている。
「父王!!」
高熱とガスが充満し、巨大な部屋はいまにも爆発しそうだった。
壁面に手を伸ばしたラルフは、足にしがみついて引き止める現王に気付き、我に返る。
「ラルフ、早くここを出るのだ。死んでしまうぞ!」
「私はまだ残る。お前は先に出て行け!」
「ダメだ、ダメだ」
どうしても離れようとしない現王の頬を、ラルフは打った。そして、炎に焼かれぬようマントで包んでから突き飛ばした。
魔物の弱点は魔炎である。
ラルフの火の玉の魔力に父王は自ら飛び込み、魔物となった己の身を滅ぼすために燃え上がっているのだ。ティナとともに。
「ラルフ! 早く出るのだ。お願いだ、死なないでくれえ」
泣きながらしがみ付く現王を抱えると、ラルフは出口に走る。
(父王……ティナ!)
扉を閉める前に振り向くと、祭壇も壁画も、何もかも燃え上っていた。
父王とティナが、燃え尽きようとしている。1000年前のできごとをすべて呑み込み、彼らはようやく天に昇るのだ。
炎の中から、ティナが見つめていた。優しく、慈愛に満ちた聖女の微笑みを湛えながら。
――さようなら、ラルフ。どうか幸せに……
優しい風が頬を撫でた。
もう振り向かず、ラルフは駆けた。ミアのもとへ帰るために。
父王は肖像画を指差す。彼の言葉は、ティナの胸もとを飾る、漆黒のペンダントを指している。
『北の大陸で採石されたものだ。厳密には琥珀ではないが、化石木から取り出されたそれを、北の民はそう名付けたのだ。この世ではもう、何処を探しても見つからないだろう……奇跡の……石だ』
炎が頼りなげに揺れている。
『黒と青のゴア……二つの琥珀に、私は魔法を施した。どんな望みでも叶えられると……いう魔法を……』
「父王……やはりあなたが、あの伝承の」
ラルフはうっすらと予想していた。偉大なる魔法使いという文言が誰を表すのか、ずっと考えていたのだ。
「しかし父王、ティナが身に着けているのは黒のゴアだけだ。青のゴアはどうしたのです。誰に渡したのです」
『よく見ろ……彼女の手もとを』
「手もと?」
ラルフは肖像画に目を凝らした。ティナが膝に置いた手の下に、小さな本が見える。
「あれは!」
ミアが持つ【トーマクラシック百科】と同じ大きさ。同じ厚みの本である。さらに目を凝らすと、本の中ほどに青のゴアが挿まれているのが分かった。
「だが、どういうことです。二つの石をティナに渡したのに、なぜ黒と青のゴアは別々の一族が持っているのか。それに、あの本の中身は白紙だった」
疑問をぶつけるラルフだが、炎は答えない。今にも燃え尽きそうに、小さくなっている。
「父王!」
『……ティナには勇気がなかった。勇気さえあれば、お前と、結ばれていたは……ずなの……に』
炎は苦しげに呻くとラルフから離れ、壁画に向かってよろよろと浮上した。
「お待ちください。私の疑問に答えてくれ、父王!」
ラルフを拒絶するように、炎は火勢を盛り返した。
「ううっ……」
熱風に煽られてラルフはあとずさった。物凄い火炎が、ティナの肖像を焼こうとしている。
「父王!!」
高熱とガスが充満し、巨大な部屋はいまにも爆発しそうだった。
壁面に手を伸ばしたラルフは、足にしがみついて引き止める現王に気付き、我に返る。
「ラルフ、早くここを出るのだ。死んでしまうぞ!」
「私はまだ残る。お前は先に出て行け!」
「ダメだ、ダメだ」
どうしても離れようとしない現王の頬を、ラルフは打った。そして、炎に焼かれぬようマントで包んでから突き飛ばした。
魔物の弱点は魔炎である。
ラルフの火の玉の魔力に父王は自ら飛び込み、魔物となった己の身を滅ぼすために燃え上がっているのだ。ティナとともに。
「ラルフ! 早く出るのだ。お願いだ、死なないでくれえ」
泣きながらしがみ付く現王を抱えると、ラルフは出口に走る。
(父王……ティナ!)
扉を閉める前に振り向くと、祭壇も壁画も、何もかも燃え上っていた。
父王とティナが、燃え尽きようとしている。1000年前のできごとをすべて呑み込み、彼らはようやく天に昇るのだ。
炎の中から、ティナが見つめていた。優しく、慈愛に満ちた聖女の微笑みを湛えながら。
――さようなら、ラルフ。どうか幸せに……
優しい風が頬を撫でた。
もう振り向かず、ラルフは駆けた。ミアのもとへ帰るために。
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