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炎の別れ
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火の玉がめらめらと火勢を増して、さらに辺りを明るく照らす。
「父王は私を許さなかった。ティナをトーマごと棄て、ここ、ゴアドアの地へ国を遷した。そして私に呪いをかけたのだ……」
王は腰を抜かしそうになった。火の玉が大きく燃え上がり、その炎が人間の顔になり、姿になり、自分達を見下ろしている。
見覚えのあるその姿は、ゴアドア城の王の間に掲げられた、初代王の肖像画そのものであった。ラルフは今、初代王と対峙している。
「父王、あなたは私をあの森に閉じ込めた。弟の直系が治める栄光のゴアドア王国を守り、その繁栄を脅かすものは皆殺しにするよう……負の役割を私に与えたのです。そしてティナとは真反対の女を愛するよう呪いをかけた」
炎の霊魂は、ラルフを燃やし尽くさんばかりに迫った。
そうだ ラルフ
お前は ティナを 私から 奪った
最愛の 女を 私の魂を……
恐ろしい声が頭の中に響き渡る。黒い霧の魔物と同じ、耳では聞き取れぬ声。
これは、初代王の思念である。
ラルフは苦しげな表情を浮かべ、それでも父王に立ち向かう。現王も震えながら、彼の背後についた。
「暗黒の森を支配する、すべてを貪欲に呑み込む霧の魔物は父王の思念だった。だから、あなたはミアを欲しがったのですね。ティナの清らかな魂を引き継ぐ、彼女の末裔であるミアを」
炎は両腕を広げ、猛り狂ったようにラルフに襲いかかる。
「おやめ下さい! お願いです、我らが偉大なる建国の王よ! もうお許しください。ラルフはじゅうぶんに苦しみました」
現王は涙を流し、懇願した。腰を抜かしそうになりながら、ラルフを庇おうとしている。
再び、恐ろしい声がこだまする。
そうとも お前は 苦しんだ
苦しんでいる自覚もないまま 1000年を生き続けた
だが やっと その永遠の命から 解放されるときが きたようだ
ようやく 自らの存在に 疑問を 持ち この部屋に 辿り着いたの だから
炎はふと火勢を弱め、等身大の人形となりラルフの前に降り立つ。
『ラルフ……』
「父王……」
ラルフの心は激しく揺さぶられた。
懐かしい声が呼びかけている。頼もしく、愛情深く、誰よりも偉大な存在であった父王が、1000年の時を越え向き合っている。
『私は、お前とティナが愛し合っているのを、いつしか気付いていた。それも肉体ではなく、精神で求め合っているのを本当は気付いていたのだ。だからこそ、お前達を許せなかった』
ラルフは息を呑んだ。初めて聞く父の心情だった。
『だが同時に、二人を愛してもいた。わかるか』
激しい憎しみと、狂おしい愛情に父王は苦しんでいたのだ。胸の内を誰にも気取られぬよう、王としての威厳を保ちながら。
『わかるか、ラルフ。私の息子よ』
「はい。そうでなければ、こんな大掛かりな贈りものを用意するわけがない」
ラルフは笑うが、視界がぼやけている。大国を築いた、偉大な父。この人は、どれほどの孤独を抱えていたのか――思いも寄らなかった。
『お前を苦しめて、最後には解放してやろうと決めていた。ティナもだ。彼女には闇の琥珀を贈った』
「え……」
ラルフは瞼をこすり、父王を見直す。
「父王は私を許さなかった。ティナをトーマごと棄て、ここ、ゴアドアの地へ国を遷した。そして私に呪いをかけたのだ……」
王は腰を抜かしそうになった。火の玉が大きく燃え上がり、その炎が人間の顔になり、姿になり、自分達を見下ろしている。
見覚えのあるその姿は、ゴアドア城の王の間に掲げられた、初代王の肖像画そのものであった。ラルフは今、初代王と対峙している。
「父王、あなたは私をあの森に閉じ込めた。弟の直系が治める栄光のゴアドア王国を守り、その繁栄を脅かすものは皆殺しにするよう……負の役割を私に与えたのです。そしてティナとは真反対の女を愛するよう呪いをかけた」
炎の霊魂は、ラルフを燃やし尽くさんばかりに迫った。
そうだ ラルフ
お前は ティナを 私から 奪った
最愛の 女を 私の魂を……
恐ろしい声が頭の中に響き渡る。黒い霧の魔物と同じ、耳では聞き取れぬ声。
これは、初代王の思念である。
ラルフは苦しげな表情を浮かべ、それでも父王に立ち向かう。現王も震えながら、彼の背後についた。
「暗黒の森を支配する、すべてを貪欲に呑み込む霧の魔物は父王の思念だった。だから、あなたはミアを欲しがったのですね。ティナの清らかな魂を引き継ぐ、彼女の末裔であるミアを」
炎は両腕を広げ、猛り狂ったようにラルフに襲いかかる。
「おやめ下さい! お願いです、我らが偉大なる建国の王よ! もうお許しください。ラルフはじゅうぶんに苦しみました」
現王は涙を流し、懇願した。腰を抜かしそうになりながら、ラルフを庇おうとしている。
再び、恐ろしい声がこだまする。
そうとも お前は 苦しんだ
苦しんでいる自覚もないまま 1000年を生き続けた
だが やっと その永遠の命から 解放されるときが きたようだ
ようやく 自らの存在に 疑問を 持ち この部屋に 辿り着いたの だから
炎はふと火勢を弱め、等身大の人形となりラルフの前に降り立つ。
『ラルフ……』
「父王……」
ラルフの心は激しく揺さぶられた。
懐かしい声が呼びかけている。頼もしく、愛情深く、誰よりも偉大な存在であった父王が、1000年の時を越え向き合っている。
『私は、お前とティナが愛し合っているのを、いつしか気付いていた。それも肉体ではなく、精神で求め合っているのを本当は気付いていたのだ。だからこそ、お前達を許せなかった』
ラルフは息を呑んだ。初めて聞く父の心情だった。
『だが同時に、二人を愛してもいた。わかるか』
激しい憎しみと、狂おしい愛情に父王は苦しんでいたのだ。胸の内を誰にも気取られぬよう、王としての威厳を保ちながら。
『わかるか、ラルフ。私の息子よ』
「はい。そうでなければ、こんな大掛かりな贈りものを用意するわけがない」
ラルフは笑うが、視界がぼやけている。大国を築いた、偉大な父。この人は、どれほどの孤独を抱えていたのか――思いも寄らなかった。
『お前を苦しめて、最後には解放してやろうと決めていた。ティナもだ。彼女には闇の琥珀を贈った』
「え……」
ラルフは瞼をこすり、父王を見直す。
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