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ウイリアム・J・オルバの死
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その部屋にいたのは、プラドー家の執事だった。
名をウイリアム・J・オルバという。プラドー家に仕える人間にしては、取り澄ました冷たさがなく、物腰穏やかな執事である。
エリックは一計を案じ、執事にお茶の相手を頼んだ。ダメもとだったが、意外なことに彼は応じた。にっこりと微笑み、エリックの向かいに腰かける。
よく見ると、まだ若い執事だ。自分とさほど変わらぬ年齢だと分かり、エリックは前のめりになる。
二人はしばらく、当たり障りのない世間話をしていたが、二杯目のお茶が注がれた頃、執事が目尻を下げてその話題を持ち出したのだ。
「実は今年の秋に、私の初めての子どもが生まれるのです」
嬉しくて堪らないという顔。誰でもいいから、聞いて欲しかったのだろう。
プラドー家の執事ともあろうものが、隙だらけだった。年の近いエリックだから、気を許したのだろうか。エリックは一緒になって喜んでみせたが、ある考えを浮べる。
(これはチャンス到来だ)
エリックは隙を見て、執事のカップに秘薬を落とした。
執事がお茶を口に含み、飲み込んだのを見とめた上で、プラドー家に伝わる面白い話はないかと質問を向けた。とても軽い気持ちで、尋ねたのだ。
窓の外は降りしきる雪。
執事は少し酔った目つきになり、話し出した。
それはエリックの求めていた、古典的で謎めいた伝承だった。プラドー家に伝わる秘宝、言い伝え……すべてを話し終えると、執事はふっと眠りに入る。
催眠の効果を持つ薬はよく効いた。
エリックは念願の特ダネを手に入れ、有頂天だった。喜び勇んでブリーズへと帰り、すぐに記事を起こした。
その記事が恐ろしい事件の発端になるとも知らずに……
ゴアドアが近付いてきたのは、風で分かった。緑の香りを含んだ、懐かしい風だ。
ルズの羽毛の温かさにウトウトしていたサキは、ふと上体を起こす。
もうすぐ、ラルフとミアの待つ暗黒の森が見えてくるだろう。
結局、黒のゴアについては、新たな情報は聞けなかった。ラルフに命じられたように、記者に伝承を話した人物を連れて来ることもできなかった。
だが、プラドー家の伝承がただの言い伝えではなく、何人もの人間が命を落とすほどの、残酷な現実であることが分かった。
「でも、これだけの情報で満足してもらえるかしら」
サキは今後、ラルフにどう扱われるのか不安だった。
だが、今更考えても仕方がない。
それよりも、サキはラルフの新妻……ミアのことを考えようとする。純白のデイジーのような、純粋な娘に再び逢える。彼女を思うと心が温かくなり、ラルフを恐れる気持ちも薄れるのだった。
「ミアさんの淹れた紅茶が飲みたいな……」
日暮れの風に髪を撫でられながら、独り言をつぶやく。
サキは自分の持ち帰る情報がどんな意味を持つのか知らぬまま、ミアの笑顔を心に浮かべた。
名をウイリアム・J・オルバという。プラドー家に仕える人間にしては、取り澄ました冷たさがなく、物腰穏やかな執事である。
エリックは一計を案じ、執事にお茶の相手を頼んだ。ダメもとだったが、意外なことに彼は応じた。にっこりと微笑み、エリックの向かいに腰かける。
よく見ると、まだ若い執事だ。自分とさほど変わらぬ年齢だと分かり、エリックは前のめりになる。
二人はしばらく、当たり障りのない世間話をしていたが、二杯目のお茶が注がれた頃、執事が目尻を下げてその話題を持ち出したのだ。
「実は今年の秋に、私の初めての子どもが生まれるのです」
嬉しくて堪らないという顔。誰でもいいから、聞いて欲しかったのだろう。
プラドー家の執事ともあろうものが、隙だらけだった。年の近いエリックだから、気を許したのだろうか。エリックは一緒になって喜んでみせたが、ある考えを浮べる。
(これはチャンス到来だ)
エリックは隙を見て、執事のカップに秘薬を落とした。
執事がお茶を口に含み、飲み込んだのを見とめた上で、プラドー家に伝わる面白い話はないかと質問を向けた。とても軽い気持ちで、尋ねたのだ。
窓の外は降りしきる雪。
執事は少し酔った目つきになり、話し出した。
それはエリックの求めていた、古典的で謎めいた伝承だった。プラドー家に伝わる秘宝、言い伝え……すべてを話し終えると、執事はふっと眠りに入る。
催眠の効果を持つ薬はよく効いた。
エリックは念願の特ダネを手に入れ、有頂天だった。喜び勇んでブリーズへと帰り、すぐに記事を起こした。
その記事が恐ろしい事件の発端になるとも知らずに……
ゴアドアが近付いてきたのは、風で分かった。緑の香りを含んだ、懐かしい風だ。
ルズの羽毛の温かさにウトウトしていたサキは、ふと上体を起こす。
もうすぐ、ラルフとミアの待つ暗黒の森が見えてくるだろう。
結局、黒のゴアについては、新たな情報は聞けなかった。ラルフに命じられたように、記者に伝承を話した人物を連れて来ることもできなかった。
だが、プラドー家の伝承がただの言い伝えではなく、何人もの人間が命を落とすほどの、残酷な現実であることが分かった。
「でも、これだけの情報で満足してもらえるかしら」
サキは今後、ラルフにどう扱われるのか不安だった。
だが、今更考えても仕方がない。
それよりも、サキはラルフの新妻……ミアのことを考えようとする。純白のデイジーのような、純粋な娘に再び逢える。彼女を思うと心が温かくなり、ラルフを恐れる気持ちも薄れるのだった。
「ミアさんの淹れた紅茶が飲みたいな……」
日暮れの風に髪を撫でられながら、独り言をつぶやく。
サキは自分の持ち帰る情報がどんな意味を持つのか知らぬまま、ミアの笑顔を心に浮かべた。
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