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ウイリアム・J・オルバの死
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サキは新しいグラスにはしばみ酒を注ぐと、ひと息に飲む。じんわりと体に沁みる、素朴な味わいだった。
「では最後の質問です。あなたはプラドー家の『伝承』を誰から聞いたのです」
エリックは青ざめた顔を歪ませ、苦しげに答えた。
「ウイリアム・J・オルバ」
「プラドー家の人間ではない?」
「あの屋敷に代々仕えている執事だ」
「……執事? 執事が家の秘密を喋ったと言うの?」
サキは彼の肩をつかんで揺さぶる。
「どうしてまた。信じられない……どうやって訊き出したの? 一体、どうやって」
エリックは棚に並んだガラス瓶を指差す。大きさも形も様々で、中に液体が入っている。
「俺の実家は代々薬屋だ。俺自身も山野草や木の実、木の根を使って酒や薬を作ることができる。その中には人の脳に作用し、正常な判断力を低下させたり、催眠状態にしたり、自白させるものも……ある」
サキは眉をひそめた。
「一服盛って、喋らせたのね」
この男は記者であると同時に、薬草に通じた学者でもあった。
「それで、その執事は……どうなったのです」
エリックの表情がますます歪み、目に涙さえ浮かべている。
「ああ、許してくれ……彼は、彼は死んだ。プラドーに……殺された」
「……」
プラドー伯爵。何という思い上がり。
身勝手な理由で次々に人を殺めるとは、神をも恐れぬ所業である。ゴアのことなど関係ない。サキはいまやプラドーへの憎しみで、頭も心も膨れ上がっていた。
「19年前……あれは雪が降りしきる真冬だった」
エリックはぽつりぽつりと、話し始めた。
「俺はふと思い立ち、プラドー家に取材の申し込みをした。プラドー家といえば、長い歴史を持つトーマにおいて、由緒ある家柄だ。珍しい話が聞けるのではないかと、期待してね。『世界の伝承・神秘の伝説』などと言っては怪しまれると思い、雑誌のタイトルは伏せておいた。出版社の名前だけ告げて、文化部の取材という名目で、何とか取材許可を得たのさ」
エリックは貴族を取材するのに相応しい、きちんとした服装でプラドー家に乗り込んだ。絶対に手ぶらでは帰らない。いざという時のためにポケットに秘薬を忍ばせたのは、今から考えると間違いだったと、彼は肩を落とす。
「プラドー家の当主は、鼻持ちならない人間だったよ。もとをただせば王族と祖先を同じくするとか、国の政治も経済も、我々貴族の力で成り立っているとか……どうでもいい自慢話を聞かされた。雑誌のテーマに合う迷信や言い伝えなど何もない。いや、あるはずなのに隠していると、俺は直感した」
しかし、いくら話を向けても、ミステリアスな要素は一つも引き出せない。取材を終えてぐったりしていると、使用人がエリックに声をかけた。
『別室にお茶をご用意いたしました。よろしければ、どうぞ』
喉が渇いていたエリックは、ありがたくいただくことにする。それに、このまま帰るのはしゃくだった。そして彼は、ポケットに忍ばせておいた秘薬の存在を思い出したのだ。
「では最後の質問です。あなたはプラドー家の『伝承』を誰から聞いたのです」
エリックは青ざめた顔を歪ませ、苦しげに答えた。
「ウイリアム・J・オルバ」
「プラドー家の人間ではない?」
「あの屋敷に代々仕えている執事だ」
「……執事? 執事が家の秘密を喋ったと言うの?」
サキは彼の肩をつかんで揺さぶる。
「どうしてまた。信じられない……どうやって訊き出したの? 一体、どうやって」
エリックは棚に並んだガラス瓶を指差す。大きさも形も様々で、中に液体が入っている。
「俺の実家は代々薬屋だ。俺自身も山野草や木の実、木の根を使って酒や薬を作ることができる。その中には人の脳に作用し、正常な判断力を低下させたり、催眠状態にしたり、自白させるものも……ある」
サキは眉をひそめた。
「一服盛って、喋らせたのね」
この男は記者であると同時に、薬草に通じた学者でもあった。
「それで、その執事は……どうなったのです」
エリックの表情がますます歪み、目に涙さえ浮かべている。
「ああ、許してくれ……彼は、彼は死んだ。プラドーに……殺された」
「……」
プラドー伯爵。何という思い上がり。
身勝手な理由で次々に人を殺めるとは、神をも恐れぬ所業である。ゴアのことなど関係ない。サキはいまやプラドーへの憎しみで、頭も心も膨れ上がっていた。
「19年前……あれは雪が降りしきる真冬だった」
エリックはぽつりぽつりと、話し始めた。
「俺はふと思い立ち、プラドー家に取材の申し込みをした。プラドー家といえば、長い歴史を持つトーマにおいて、由緒ある家柄だ。珍しい話が聞けるのではないかと、期待してね。『世界の伝承・神秘の伝説』などと言っては怪しまれると思い、雑誌のタイトルは伏せておいた。出版社の名前だけ告げて、文化部の取材という名目で、何とか取材許可を得たのさ」
エリックは貴族を取材するのに相応しい、きちんとした服装でプラドー家に乗り込んだ。絶対に手ぶらでは帰らない。いざという時のためにポケットに秘薬を忍ばせたのは、今から考えると間違いだったと、彼は肩を落とす。
「プラドー家の当主は、鼻持ちならない人間だったよ。もとをただせば王族と祖先を同じくするとか、国の政治も経済も、我々貴族の力で成り立っているとか……どうでもいい自慢話を聞かされた。雑誌のテーマに合う迷信や言い伝えなど何もない。いや、あるはずなのに隠していると、俺は直感した」
しかし、いくら話を向けても、ミステリアスな要素は一つも引き出せない。取材を終えてぐったりしていると、使用人がエリックに声をかけた。
『別室にお茶をご用意いたしました。よろしければ、どうぞ』
喉が渇いていたエリックは、ありがたくいただくことにする。それに、このまま帰るのはしゃくだった。そして彼は、ポケットに忍ばせておいた秘薬の存在を思い出したのだ。
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