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エリックの苦悩
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サキがふと見ると、いつの間にか暖炉の火が消えている。どうりで寒いと思った。
しかしエリックの話が終わるまで、はしばみ酒は飲めない。
「雑誌を回収したのはなぜです」
エリックは横を向いたまま、皮肉っぽく笑う。
「もう分かってるだろう。プラドーに脅されたんだ」
「勝手に『伝承』を載せたから?」
「ああ。記事を読んで、プラドー家にわざわざ問い合わせた読者がいたんだ。それであいつらは伝承がもれたことを知った。問い合わせた読者は、即座に始末されたそうだ」
「つまりそれは、消された……ってことかしら」
「ああ」
訊きたくないが、訊かねばならない。サキはますます寒気がしてきた。
「では、雑誌を所持していた、他の読者はどうなりました」
「一人一人、プラドー家が探し出したそうだ。読者だけではない。出版社の社員も、印刷に携わった職人までも、あの記事を知り得た人間はすべて、プラドーの奴らに消された。徹底的に!」
サキは愕然とした。あの胡散臭い、誰も本気にしないような迷信記事のために、プラドー家は人を殺め、出版社に火をつけて燃やした。
そこまでして守らねばならない『伝承』なのか――
「俺は雑誌さえ回収しちまえば、それで済むと思っていた。人殺しまでするとは想像もしなかった」
まったく異常な話だ。サキは理解できないし、理解したくもない。人間として。
「外国の取材から帰り、会社が全焼した場所で呆然としているのを、待ち伏せていたプラドーの連中に捕まった。この掘っ立て小屋に押し込められた俺は、その時初めて、奴らの常軌を逸した蛮行を知ったのさ」
エリックの頬に赤みが差してきた。話すうちに、段々と怒りがこみ上げてきたようだ。
「あいつらは言った。いつか、回収し損ねた残り1冊を持つ者が、お前を訪ねてくる。その時は迷わず、そいつを殺せと」
サキはテーブルに置かれた冷たいグラスを一瞥し、プラドーの予測に戦慄しながらも微笑する。残念でしたね……と。
「よく話してくれました。ずいぶんと苦しい歳月でしたね」
サキは慰めるが、エリックは激しくかぶりを振った。
「俺が書いた記事のせいで大勢の人間が消されたというのに、20年もこうして生きながらえている。どうしようもない人間だよ。あんたのことも殺そうとしたんだ」
「いいえ、エリック。あなたは私がここへ訪ねてきた時、追い返そうとしたわ。殺したくなかったんでしょう。あなたはずっと苦しんでいたのでしょう。仇をとりたい。このままでは死ねないと思って」
サキはエリックの肩に、そっと手を置く。
彼はテーブルに突っ伏すと、声を震わせ嗚咽した。
しかしエリックの話が終わるまで、はしばみ酒は飲めない。
「雑誌を回収したのはなぜです」
エリックは横を向いたまま、皮肉っぽく笑う。
「もう分かってるだろう。プラドーに脅されたんだ」
「勝手に『伝承』を載せたから?」
「ああ。記事を読んで、プラドー家にわざわざ問い合わせた読者がいたんだ。それであいつらは伝承がもれたことを知った。問い合わせた読者は、即座に始末されたそうだ」
「つまりそれは、消された……ってことかしら」
「ああ」
訊きたくないが、訊かねばならない。サキはますます寒気がしてきた。
「では、雑誌を所持していた、他の読者はどうなりました」
「一人一人、プラドー家が探し出したそうだ。読者だけではない。出版社の社員も、印刷に携わった職人までも、あの記事を知り得た人間はすべて、プラドーの奴らに消された。徹底的に!」
サキは愕然とした。あの胡散臭い、誰も本気にしないような迷信記事のために、プラドー家は人を殺め、出版社に火をつけて燃やした。
そこまでして守らねばならない『伝承』なのか――
「俺は雑誌さえ回収しちまえば、それで済むと思っていた。人殺しまでするとは想像もしなかった」
まったく異常な話だ。サキは理解できないし、理解したくもない。人間として。
「外国の取材から帰り、会社が全焼した場所で呆然としているのを、待ち伏せていたプラドーの連中に捕まった。この掘っ立て小屋に押し込められた俺は、その時初めて、奴らの常軌を逸した蛮行を知ったのさ」
エリックの頬に赤みが差してきた。話すうちに、段々と怒りがこみ上げてきたようだ。
「あいつらは言った。いつか、回収し損ねた残り1冊を持つ者が、お前を訪ねてくる。その時は迷わず、そいつを殺せと」
サキはテーブルに置かれた冷たいグラスを一瞥し、プラドーの予測に戦慄しながらも微笑する。残念でしたね……と。
「よく話してくれました。ずいぶんと苦しい歳月でしたね」
サキは慰めるが、エリックは激しくかぶりを振った。
「俺が書いた記事のせいで大勢の人間が消されたというのに、20年もこうして生きながらえている。どうしようもない人間だよ。あんたのことも殺そうとしたんだ」
「いいえ、エリック。あなたは私がここへ訪ねてきた時、追い返そうとしたわ。殺したくなかったんでしょう。あなたはずっと苦しんでいたのでしょう。仇をとりたい。このままでは死ねないと思って」
サキはエリックの肩に、そっと手を置く。
彼はテーブルに突っ伏すと、声を震わせ嗚咽した。
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